第13話 王女は勇者の妻と画策する。

 勇者一行が魔王討伐の旅に出発する直前、王女と勇者は王宮にて簡単な婚約式を挙げた。豪華な結婚式は魔王討伐の旅が終わってから、国民へのお披露目も兼ねて盛大に行う予定らしい。


 婚約式の際に神官長から祝福を授けられたものの、未来の花嫁は終始無言で俯いていた。とはいえ、それは初心な王女の恥じらいとして好意的に受け止められたようだ。一方の勇者はというと、結婚前にもかかわらず王女に対して非常に心を砕いているらしいとこれまた評判になっていた。緊張する王女を気遣う様子からは深い愛情が感じられたと、大切な末王女の降嫁を許した国王陛下もご満悦だったとか。


 王族と一部の上位貴族のみが参加した婚約式だが、その様子は精緻な絵もつけられた状態で広く、事細かに知らしめられることになった。平民たちの間では、劇団や吟遊詩人たちによって婚約式の様子を再現したものが人気を博している。


 特に別れを惜しむ際のふたりの姿に、涙を誘われる女性陣は多いようだ。面紗を被って顔を隠していた王女だったが、小さく震える指先から涙を堪えていることは明白だった。目立たず、国民の人気が高いとは言えない末王女だったが、愛するひとの無事を願うそのいじらしさに胸を打たれる人々が続出している。王家への求心力は高まる一方だ。


 また、そんな王女を離れがたいといいたげに無言のまま王女を抱き寄せる勇者の姿には、多くの女性たちが胸をときめかせたという。もともと身分違いの恋だった王女と勇者の恋物語に憧れる者は多い。


 魔王の復活により暗い雰囲気を漂わせていた国々がほとんどだったが、例外的に水の国は、王女と勇者の婚約式によりちょっとした好景気に沸いていた。婚約式で末王女が着用していたドレスは、生糸の産地が注文に追われることになり、デザイナーたちは社交界でも引っ張りだこになった。


 勇者と王女が交換した指輪は王家の秘宝とも言われているが、公開された絵画から緻密な模様がうつしとられ、彼らの指輪を模倣したものが平民から貴族に至るまで大変な人気となった。


 また婚約式の話とともに、勇者の元妻についての噂もちらほらと聞こえるようになった。王女と勇者の婚約後、彼女は妾として王女と共に離宮に暮らすことになったらしい。勇者は元妻を王女の側に置くことを嫌がったが、同じ男に心を寄せた者同士、邪険にしないでやってくれと王女が元妻を慮ったからだという。


 それにもかかわらず、勇者の元妻は現状に不満を抱いているような言動を繰り返しているのだとか。かしずかれないことに腹を立て、用意された侍女たちに手を上げた挙げ句ことごとく追い出しているのだとまことしやかに囁かれた。王女と勇者の評判が高まれば高まるほど、元妻の悪い話ばかりが漏れ聞こえるようになりどんどんと嫌われていく。


 勇者と王女の恋物語に湧きたつ純粋な人々ほど、勇者の元妻に対して「身の程を知らない恥知らず」という感情をごく自然に持つようになっていくのだった。



 ***



「結婚式、お疲れさまでした」

「本当にありがとうございます」

「どうしてお礼を言うの? もともと、あなたの旦那さまでしょう。勇者さまは」


 どんちゃん騒ぎが聞こえる王宮から離れた、飾り気のない離宮の中で、水の国の末王女マルグリットと、勇者の元妻であるエマはぐったりとどこか疲れたように話をしていた。


「緊張して、口から心臓が飛び出しそうでした。無言で押し通しましたが、どうなることかと」

「もともと、必要最低限の会話しか許されなかったことがここでいい方向に働きましたね」


 マルグリットと勇者で交わした「女神の誓約」を元に、彼らは堂々と国王たちを謀ってみせたのだ。企みに気づかれれば一巻の終わりなのだから、ことが無事に済んで気が抜けてしまうのも仕方がなかった。


「エマ、指輪を見せてもらえるかしら?」

「はい。あら、この指輪、抜けません」


 慌てるエマに、わかっているとマルグリットがうなずいた。


「そうでしょうね。婚約式で指輪の交換をすると言われたときから、魔道具……下手をすれば神具を持ち出すであろうことは予想がつきましたから」

「……神具であれば、水の国にも数点しかないはず……。そんな貴重なものをどうして持ち出したのでしょうか?」

「国王陛下は、勇者さまとエマの関係を知っているわ。無理矢理末王女との婚約を結んでも、白い結婚で通されたら意味がないと考えたのでしょう。ですから、王女と勇者さまの関係を強固にすることができるなら、どんな手段でも使うでしょうね。例えば、貞操を誓わせる指輪だとか」

「だから姫さまは、婚約式の段階から入れ替わりを実行したのですか?」


 にこりとマルグリットが微笑んだ。面紗を被っていたことで、大人になったマルグリットの顔は周囲の誰にも知られていない。面紗を被ったエマが王女の振りをして婚約式に参加しても、マルグリットが勇者の元妻として控室にひとり残っていても気が付かれることはなかったのだ。


 清楚な白いドレスを着たままのエマがかぶっていた呪い付きの面紗をゆっくりと外してやる。離宮の外で脱ごうとすれば指先を火傷させる面紗も、離宮の中であれば魔力を解放させる必要もなく、するりと外れる。目を真っ赤にさせたエマが、また瞳を潤ませながらマルグリットを見上げていた。


「勇者さまの信用を得るために、出発前に私たちの入れ替わりを実行してみせる必要もありました。もちろん、これからしばらく会えなくなるからこそ、少しでもふたりの時間を過ごさせてあげたいという気持ちがあったこともまた事実です」

「でも、それは姫さまだって同じはず。ディランさまのお近くにいたかったのではありませんか!」


 婚約式の最中、マルグリットはディランが見える場所にはいなかった。意図的に姿を隠したと言ってもいい。マルグリットは申し訳ないと頭を下げるエマに、小さく首を横に振った。


「でもね、婚約式で入れ替わった一番の理由はもっと単純なのです。例え形だけの婚約式であっても、ディランさまに勇者さまとの婚約をお祝いされたくなんてありませんから」


 ほんのりと寂しげな笑みを浮かべたマルグリットのことを、エマがたまらず抱きしめた。


「姫さま、わたしが姫さまのことをお守りしますから」

「ふふふ、エマ、期待していますよ。これから、勇者の元妻として過ごす私は、かなり苦しい立場になりますから」

「それは、どういう意味ですか? 確かに姫さまのお立場はもともと苦しいものでしたが、入れ替わった結果、危ない目に遭うのはわたしになるのではありませんか?」


 戸惑うエマに、マルグリットが何でもないような顔で説明をする。


「彼らの中の順位が変わってしまったからです。今まで王族の中では、末王女マルグリットの立ち位置が最も低かったのです。だから、死なない程度の嫌がらせがずっと行われてきました。でも、これからは違います。末王女は勇者さまと婚約をしました。魔王を倒す勇者の未来の花嫁に嫌がらせなんてできるでしょうか? あれだけ、愛おしそうに振舞っていたのです。お飾りの妻と軽く見るのは危険だと彼らも考えるはず」

「おっしゃる通りです」

「とはいえ、今まで弱い者いじめをして日々の鬱憤を晴らしていた彼らが、急に品行方正に暮らしていけるようになるはずがありません。だから」

「だから?」

「彼らの次の獲物は、『勇者の元妻』つまり私になります」


 あくまで淡々と、何でもないことのようにマルグリットは言ってのけた。

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