第8話 王女は魔王復活の知らせを聞く。
その日、魔王復活の知らせに世界は混乱に陥った。四王国のそれぞれの神殿に、女神たちからの神託が下りたのだ。
――かつて封印されていた魔王が目覚める。四王国の勇者よ、魔王討伐の旅に出よ。四つの力を合わせれば、再び魔王を封じ、世界の平和を取り戻すことができるだろう――
魔王による世界崩壊の危機は今回が初めてではない。歴史を紐解けば、数百年おきに魔王は復活している。そのたびに四王国――水、火、風、土の四大女神を信仰する四つの大国――はそれぞれ勇者一行を派遣し、ともに戦うことで魔王を封印してきた。勇者たちがいるなら、今回もきっと大丈夫だ。そんな希望があったおかげで、国民たちが恐慌に陥ることもなかったのは不幸中の幸いともいえた。
身分が高い人間は総じて魔力が高い。火の国、風の国、地の国では各国の王太子たちが勇者として選ばれ、魔王討伐の旅に出発したそうだ。当然、水の国もまた王太子が勇者として旅に出ることになるのだろう。とはいえ、勇者と名乗ることができるのは宝物殿に保管されている各国の聖剣を抜いた者のみ。そのため水の国の王族たちは、急遽勇者選定のために全員で儀式の間に集まることになったのである。それはもちろん、家族から爪弾きに遭っているマルグリットもまた例外ではなかった。
(ああ、今回の儀式ではディランさまが指揮を執られるのね)
異例の出世を遂げたディランは、周囲の注目を一身に浴びながらも平然とした態度で指示を行っている。魔法の制御を習得してからのマルグリットは、少しずつ神殿に行く時間を減らしていた。満月の夜の儀式の後のおしゃべりもとんとご無沙汰だ。足枷にしかならない自分が彼に近づくのは迷惑にしかならないと自制した結果がだが、そのことに彼は気が付いているのだろうか。マルグリットは、確かめる気も起きなかった。
ぼんやりとディランを眺めていたマルグリットの背中に強い衝撃が走った。たたらを踏みつつ、ぎりぎりで踏みとどまる。後ろを振り返れば、見覚えのある顔がこちらを嘲笑っていた。
「あら、魔法も使えず、譲渡するほどの魔力も持っていないというのに、勇者選定の儀に参加するなんて図々しいこと」
「おかしな布を被った女がいると思ったら、マルグリットじゃない。なあに、その布。あなたによく似合っているわよ」
わざわざマルグリットに絡んできたのは、腹違いの姉たちだ。彼女たち同士も取り立てて仲が良い関係ではないというのに、マルグリットへの嫌がらせに関しては結託してくるらしい。マルグリットは分厚すぎる紗に感謝しながら、密かに苦笑した
(これは、あなた方の生母である賢妃さまと楽妃さまが私に被るように命じたもの。彼女たちにとっては、私が変な格好をしていて、自分たちの脅威にならなければそれでいいってことなのかしら。母も、両妃からの贈り物だから仕方がないと思っているようだし、能力を下げるための嫌がらせのような呪いが入っているおかげで魔力量も隠匿できてちょうどよかったわ)
かつてディランの師とディランの会話を耳にしたマルグリットは、自分の身を守るためにあえてその才を隠すことにしていた。自分なりの生き方を見つけるために力をつけようと神殿内で努力していたはずが、どうしてこんなことになったのか。
その上、王族として恥ずかしくないように女性に求められる教養を必死になって身に着けたおかげで、ずいぶんと賢妃と楽妃の不興を買っている。揉め事を起こすことは極力避けなくてはならないだろう。
(彼女たちが満足するのなら、私の頭くらいいくらでも下げましょう)
恭順の意を示すかのように、マルグリットは姉王女たちに向かって丁寧すぎるほどの礼をとった。
***
「それでは、王太子殿下。どうぞ、こちらに」
傲慢なほど堂々とした足取りで、王太子が前へ出てきた。満月の夜に行われる水の女神へ祈りを捧げる儀式とは異なる、どこか浮足立った雰囲気が辺りに満ちている。王太子が歩み寄った先にあるのは巨大な聖剣。ただしそれは青い水晶に深々と突き刺さっている聖なる剣は、選ばれし勇者が触れればいとも簡単に抜けるのだとか。
(あれが、水の国の勇者にのみ許された青の聖剣。王太子殿下は、とても勇者に相応しい倫理観を持っているとは言えないけれど、それでも魔力量だけなら王族の中でも抜きん出ているし……)
口に出したなら不敬罪としてその場で切り倒されてしまいそうなことを考えながら、マルグリットは勇者任命の儀式を見守った。そう、この瞬間まで王太子が聖剣を抜き、旅立つはずだと何の疑いもなく誰もが信じていたのだ。しかし聖なる剣の判定は違ったらしい。
「聖剣が抜けない、だと? そんな馬鹿な」
「兄上、これは、王太子は勇者として旅立つことなくよく国を治めよという女神さまによるお達しではありませんか」
「あるいは、お前は王太子に相応しくないという女神さまのご判断かもしれぬな」
「たわけどもが。俺を愚弄する気か!」
同腹だけではなく、異母兄弟たちまで一緒になって血みどろの喧嘩を始めそうになっている。どんな因果で八つ当たりされるかわからない。慌てて後ろに下がったマルグリットは、呼吸まで最低限にして自分の存在を薄くしようと必死だ。
「やめぬか。まったく見苦しい。それで、これは一体どういうことか。神官長の意見を聞こう」
「恐れながら、陛下。王太子殿下が勇者になるのが慣例というだけで、そうでなければならないという決まりはございません」
「つまり、王太子以外が勇者である可能性が高いと?」
「さようでございます。まずは、王族男子の皆さまにひとりずつ剣を抜いていただきましょう。ふたり以上、剣を抜くことができる人間が存在したという記録は残っておりませんので、それで問題は解決するのではありませんか」
あわや一触即発という事態になりつつ、お互いに睨みあう兄王子たち。神官長であるディランの介入により勇者選定の儀は続行することになったが、誰もが納得する結果は結局得ることができなかった。王太子以外の王族男子は国王まで含めてみなが聖剣を引き抜こうと努力した。それにも関わらず、青の聖剣はただのひとりも、勇者に相応しいと認めることはなかったのである。
「……これは、一体?」
「わかりません。ただ、このままでは魔王の封印を成すことはできないでしょう。国王陛下、ここは剣の心得がある者すべてに、広く聖剣に触れる機会を設けるべきではないでしょうか」
「だがそれでは、我が国のみ王太子が勇者になれなかったということになるであろう。そのような特例は許されぬ。何より、国の威信に傷がつく」
実の父の言葉に、マルグリットは心底あきれ果てた。
(なんて愚かなのかしら、国王陛下は。あなたが嫌なのは、王家の誇りが地に落ちることでしょう。どうして気が付かないのかしら。ディーンさまだって言っているじゃない。このまま勇者を選定できなければ、世界が滅んでしまうのに。そうなってしまっては、王族の誇りなんてなんの役にも立ちはしないのよ)
「それでは、陛下。これではいかがでしょう。今回は水の女神さまが、水の国の国民が自分事として魔王討伐を考えるようにあえて王家以外の人間に勇者の役割を与えることにしたのだという噂を流してみては? 神殿はこの件に関して、沈黙を守りましょう」
(嘘はつかないけれど、本当のことを言うわけでもない。昔のディランさまなら怒ってしまいそうな内容だけれど。すっかり腹黒い行動が板についてこられたみたい)
まるでマルグリットの声が聞こえたかのように、ディランがこちらを見たような気がした。目があったとどきりとしたが、周囲の女性陣が自分に流し目をくれたのだともめるのを聞いて気が抜ける。そうだ、彼がわざわざ自分に意味ありげな視線を送ってくるはずがないではないか。
結局さまざまな要素を天秤にかけた国王のもとで急遽お触れが出され、剣の心得があるものはすべて勇者選抜の儀を受けることになった。
(嘘でしょう。こんなことって、ありうるの?)
そして、彼女はとんでもない事実を知らされることになる。聖なる剣を青い水晶の中から取り出してみせたのは、彼女の数少ない友人の夫だったのだから。
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