第2話
「お水のお代わりを、お持ち致ししました」
俺は、水の入れられたウォーターピッチャーを見て身体を強ばらせた。
「お客様? 大丈夫ですか? お顔の色が、優れないようですが…」
仕事の打ち合わせで、訪れた仕事場近くの喫茶店。
ウッド系の店内は、明るくモダンで懐かしいような…
でも、古い映画やドラマにでも出できそうな物静かな雰囲気にクラシックのBGMが、気持ち落ち着かせてくれている。
でも、俺の気分までは落ち着かせてはくれなかった。
「で…あのデザインの方なんですけど、話し合った結果、最初のデザイン案で…この間、お渡しした石をはめ込んください」
「分かりました」
優しく愛想を振り撒く様にしてみる。
正直に言って、今の状況は辛すぎる。
顔色が悪いのは、俺が全部悪かったからだ。
今更、思い出しては悔やんでいる。
でも職業柄、スケッチブックにシルバーアクセのデザイン案を描き出して選んでもらい。それを元に試作し仕上げたモノが、誰かの手に渡っていく。
そしてまた…
新しいモノを、作り上げる。
アイディアや良い案を練る。
日々、その繰返し。
この仕事が、性に合っているし夢でもあったから学業の傍らら続けられている。
元々、こう言う作り上げる過程や工程が、好きなんだと思う。
仕事柄人と話したりするのは、ホントに簡単で…
街中で別な店を偵察がてら見に行ったりすると、どれを買うか迷ってそうな子に…
さりげなく。
アドバイスなんかして、それに返してくれるとか子は、大抵は警戒心なんってなく近づけて、その気にさせられれば、こちらのもんだって、分かっててやってきた。
ってか、恋人居るのに俺最低な事してきたよな…
「そりゃ…飽きられるわなぁ…」
別れて、くっついて、また別れてを幾度となく繰返してきた俺とアイツ。
そんな感じで、手元に残ったのは…
俺が、アイツに贈ろうと作った。
この世にって言うのは、大袈裟だけど…
たった1つになるはずの指輪だった。
当たり前だけど、持ち主の手に渡ることもなく俺同様に拒否られた指輪。
小箱に入れられた赤いガーネットが、埋め込まれたソレを、あの日から俺は、上着やズボンのポケットに入れて持ち歩くことが、習慣化してきている。
惨めったらしい。
俺も、そう思う。
そう思われても、当然だ。
でも、そうなる様に仕向けたのは俺だって事は、自覚している。
後悔も、今更だ。
約1ヶ月前のあの日、昼頃まで通じていたアイツのスマホから。急に返信も来なくなり。
いつの間にかに、電話も繋がらなくなっていて…
散々、街中を探し回った俺は疲れ果てて、2人で住んでいたような俺の部屋にフラフラになりながら辿り着いた。
マンションの部屋の鍵は、掛けられていて室内も、外から見る範囲は真っ暗。
一目で誰も居ない事が、分かった。
「ったく。どこに行ったんだよ」
そんな呟きが、虚しく秋風に薄まった。
相変わらず繋がらないスマホの呼び出し音にイラつきながら。
例の指輪が、入れられた小箱を、上着のポケットから取り出した。
鍵を開けて室内に入る。
「…なぁ…? 居ないのか?」
声を張上げたけど、他に人の気配はなく。
電化製品の微妙に響く音が、低く鳴っていた。
電気を付けるよりも先に喉が、カラカラな俺は、何でもいいから飲みたくて…
やっとの思いで冷蔵庫の前に立った。
確か…冷蔵庫の中には、連絡の繋がらないアイツのお手製のレモングラスとミントで作られた水が入っていたはず。
今朝も、
『…新しく作って置いたから。飲んでね…』
「うん…」
『でも、材料ないから。これが、最後だからね…』
って、言ってた。
冷蔵庫を開けた瞬間、俺の目に入ったのは、レモングラスとミントで作られた水が入れられた。
ウォーターピッチャー…
その中に沈められたアイツのスマホ。
喉の渇きなんって、瞬時に忘れ慌ててシンクにピッチャーの水を投げ捨てスマホを拾い上げた。
水没したスマホは、よく見ると叩き付けたのか、高いところから落としたのか、強い衝撃を受けたかのような画面は、ひび割れ電源も入らなかった。
防水のスマホでも、これたけひび割れていたら。
入れられる前から壊れていたんだろう…
愕然とするそんな言葉じゃなくて、突き落とされた…
そんな言葉が、胸にグサリと突き刺さる。
その場にしゃがみ込みんでから。どれぐらい時間が経ったのか…
喉の渇きを、また思い出した。
何でもいいから飲みたい。
立っている感覚が、上手くつかめず2人掛けのテーブルに片手を付きながら冷蔵庫の扉を開ける。
なんの変哲もない水の味しかしない水を浴びるように飲み干す。
目に留まるのは、空のウォーターピッチャー。
『でも、材料ないから。これが、最後だからね…』
空耳に近い声が、聞こえた。
壊れたスマホに、水に濡れたシンク。
戻らない。
何もかも、全部。
床に転がった指輪の入った小箱を、投げ付けてやろうかと思うものの。
それは何か違う気がして、崩れ落ちるしか出来なかった。
何で、こうなった?
俺が、そうなる様に仕向けたんだ。
俺が、アイツを傷付けて…
アイツが、待ってるって勝手に思い込んで…
勝手に全部、失って…
自業自得じゃねぇーか!
それから俺は、少し休んだ。
けど…
全く寝れなくて、目を閉じると幻影みたいにアイツの姿が見えて、微かに声も聞こえてくる気がして休めなかった。
そして、夜が明けたと同時にアイツを探した。
丸1日走り回って、分かった事があった。
俺は、アイツがバイト先を変えたこも、1週間前にそれをも、辞めたこと…
大学に顔を出したら。
「1週間に来てたけど、なんでも…しばらく休むって、聞いた」と、返ってきたこと…
しかも、それ以降ドコで何をしにがら昨日を迎えたのか…
何も、知らない。
気付かなかった。
それこそ…
毎日、ドコで何をしているのかも…
この期に及んで、何も知らないことに気付いた。
一緒に居るから。
何となく知った気で居たんだ。
普段から。いい加減な俺は、アイツの事なら何でも知っている気になって居たらしい。
だから最初、繋がらないって分かった時点でも、大丈夫。部屋に居るとか、バイト先に居るんだろうとか…
安易に考えてた。
それに昨日は、やっと仕上げることが出来たシルバーの指輪を、いつもよりも慎重に叮嚀に磨き上げて渡せるって、朝からソワソワと落ち着かなかった。
それもあって朝は、アイツの姿を認識してもアイツの顔までは、認識できなかった。
今にして思えば、アイツの顔しばらく見てなかったような気もする……
実を言えば、あの時一緒だった女性は、俺の描いたデザイン案を見極めに来てもらった昔ながらの常連さん。
高校生の頃に初めて作ったシルバーアクセを、皆に拡めてくれた友達の一人だ。
抱き付いて見えたのは、単なる彼女が、根っからのビビリで少し離れたコインパーキングにその子の彼氏が、車停めて来る途中だった。
俺は、俺であの時指輪の事を、悟られないようにしたくて…
あんな態度をとってしまった。
数カ月後。仕事場にて。
「そうね…」
俺が、シルバーアクセの装飾品として使っている石やカットガラスを、仕入れさせてくれる業者の彼女に業務内容とは別に、その事を話し掛けられていた。
例の指輪にはめ込んだ赤い石のガーネットを、進めてくれたのは彼女だ。
彼女とは、自分で仕入れた石を加工したりそれらをパーツてして、取り引きさせてもらっている。
「…そりゃ~っ、アンタが悪いわ…いつまでも、待ってくれてる? 今の世の中、バカやったら親でも、待ってくれねぇーっうの!」
「…………」
「探さないで、あげたら?」
「無理だ…」
「えっ~っ…即答かよ! あぁ…アンタみたいなタイプの輩が、ストーカーになるよ! 諦めろ…」
「別に、俺は…」
業者の女は、鼻で笑う。
美人だから余計に鼻に付く。
「直接会って、別れ話でもすんの? 振られる理由並べられたら。アンタ帰って来る途中で、病んで死にそうよ。カレも、それを察して何も言わず。自分には、その気がないって意思表示だったんじゃないの?」
「俺の気持ちは!」
「そんなの知ったこっちゃねぇーわ! 言っとくけど、アンタを養護する気はない!」
ガラスケースのカウンターと商品棚にコンクリート打ちっぱなしの内装の中に業者の女が、吸う外国製だと言うチョコのような甘い香りのするタバコの煙が、店内に白く漂う。
小さなフロアーだけど、通りに面していて横断歩道寄りの為かショーウィンドウって程に広くはないけど、店の雰囲気を覗いて行く人も多い。
「アンタさぁ…今、ドコで寝泊まりしてるの?」
「ここ…店の奥が、小さいけど居住スペースになっているから。今はそこで暮らしてる…」
「マンションは?」
「解約した…」
意外そうな顔の業者の女は、目を大きく見開く。
別に住めないこともなかった。
でも、アイツの気配を探そうとしている自分に対して、待ったを掛けたのも、また自分だ…
そこに居れば、あの時のままだから。
側に居なくても、側に居てくれそうな気がして…
何日も、寝られなかった。
それが祟って、この仕事場で倒れた。
それを、見付けてくれたのが…
「本当その時は、ビビったわ…カウンターの裏でひっくり返っているんだもん…精神的な過労? だっけ? 生言ってるわ…」
「うん…」
「未練なかったの? その部屋に?」
「あったに決まってんだろ?」
でも俺は、あの部屋からアイツの荷物が無くなっていることにも、気付かなかったんだ。
「自分の事だけで、手一杯だけ?…」
「……自覚してる…」
業者の女は、ニヤニヤと笑いながら。
2本目のタバコのフィルターを軽く歯で噛みながら火を付ける。
商品類が、入れられたバッグではなく。いつも持ち歩いている方のバッグから石を取り出した。
ガラスケースのカウンターにコツンと置いたのは、丸く磨かれた。
「ガーデンクォーツ?」
「和名、庭園水晶…」
透明な水晶の中に様々な鉱物が内包されたモノを、大雑把にガーデンクォーツと表現される。
緑泥石が見られるクォーツは、主にモスアゲードや苔水晶や草入り水晶などと、呼ばれている。
神秘的と言うか、本当にそこには庭のような草原のような光景が、広がって見えていている…
「本当不思議よね。これ私の私物でお気に入りのモノよ。それに結構、人気あるのよね…ガーデンクォーツって…」
「手に…取っていいの?」
「どうぞ…」
「私には、ガーデンクォーツって、箱庭に見えるのよね…アナタは、無意識にこのガーデンクォーツみたいな透明な目には、見えない敷居で、カレを囲って閉じ込めていたのかもね…」
そんな事はないと、言おうとした時。
俺は、たまに寂しそうに笑っていたアイツの顔が重なった。
「今までは、カレがアナタを許していたのよ。傷付きながらも、自分が我慢をすれば、アナタは戻ってくるって…」
「俺が、戻って…」
業者の女は、薄く笑い煙草の煙を細く長く吐き出した。
「傷付かない石なんってないわ。そうね。私の見た目で言うと、カレは、このデザートローズって所かしら?」
そう言って業者の女は、またバッグから布に包んだ何かを取り出した。
俺は、耳慣れない石の名に業者の女の手元を見た。
手の平に乗せられた石を、テーブルに優しく置く。
「…これ。砂漠の薔薇だろ?」
花の蕾が咲ききる途中…と、言うか。
咲いた後と言うか、うす茶色やモノによっては、くすんだピンク掛かった色味で丸くて小さい。世界中の砂漠で採れる鉱物とされている。
加工に向かないからか、その鉱物名に俺は、ピンと来なかった。
デザートローズの石言葉は、願いを叶える。
「モース硬度は、知ってる?」
「確か…2」
加工に向かないと言ったように、少しの衝撃でも、粉になってしまう程々、とても繊細でもろい石だ。
「アイツが?」
「何驚いてんのよ? カレの持ってる感情が、ダイヤモンド並みの固さだとも、思ってた?」
業者の女は、1粒のダイヤモンドが、あしらわれた首元のネックレスのチェーンごと指先に絡め取った。
「思ってた…って言われても…」
もっとも、固い硬度を持つとされるダイヤモンドも、間違った圧の掛け方をすれば、簡単に割れる! これは常識だと叫んだ。
「割れても、ダイヤモンドには変わりはなくて、キラキラ光ることはできるけど、人を輝かせる元のダイヤモンドになれない」
俺は、言葉を見失う。
「ダイヤモンドの石言葉、知ってる?」
純潔、純愛、永遠の絆
「どれも、アンタには足りなかったわね。それとアンタが、贈ろうとした指輪のガーネットは、真実。どのみち上手くいかなかったと思うわ…」
俺、アイツに指輪を、受け取って欲しくて全員のそう言うヤツらと別れた。
「そっちの方とは、後腐れなく終われたって、どっかで聞いた。それで誠実に見せれた? 動く不誠実め!」
業者の女は、笑い転げる勢いで大笑いする。
「それも、アレも、これも、カレは、見透かしていたのね」
「えっ?」
「だって、何回も何回も、ダブルブッキングやら、街中で堂々とイチャツキながら。そう言う所に入って行くとことか、目撃されていたんでしょ? このサイテイ男が…少しは、反省しなさい!」
「…………俺は……」
「何? 愚痴れば、慰めてくれるとか思った? その考えから改めな。苦しみなさいよ。カレが苦しんだ分。それ以上に苦しみなさい。カレは、ひたすら1人で苦しんだはずなんだから…」
何も言い返せない。
「結局、アンタは…他人から。恋人に、出ていかれてしまった可哀想な自分って、思われたいんじゃないの?」
「…そんなことは…」
「私は、アンタらには同情なんってしない。アンタは、カレにずっと不誠実だったし。カレは、アンタにきちんと、別れを告げなかった…グダグタ言ってても、アンタら2人のことは、こうやって簡単に説明できるのよ」
2本目タバコを吸い終え灰皿にそのタバコを押し付けて火を消した。
「じゃ…他にも周らないとならないから。行くわね……って、そうそう今度の模様しものアンタも参加してくれない?」
「あぁ…考えとく…」
業者の女は、商品の入れられた大きめのバッグを背負い店を出て行く準備をする。
痛い所を、突かれまくっている感覚だ。
俺は、このままアイツを忘れるべきなのか…
探すべきなのか…
いや、
忘れるべきって何だよ。
探すべきって何?
俺は、アイツを探してどうしたいんだ?
この指輪を、渡すつもりなのか?
それともきっぱりと、別れた方が、いいのか?
俺は、どうすればいい。
夕暮れの街並みが、これ程までに寂しく目に写るのが、苦しい。
「ねぇ…最後に1つ良い?」
「…なんだよ…」
「ガーネットの指輪、何のために作って贈ろうとしたの?」
店の入口に立ちのドアノブに手を掛けた業者の女は、スーッと静かに振り返る。
「何のって…」
「指輪って、そう簡単に贈るモノじゃないし…」
店の窓ガラス越しに見える交差点に止まって居た人の波みが、慌ただしく歩き出す。
「…一緒に…居たかった…」
「そう…」
ドアが、少し開く。
「少し遅すぎたのかもね…」
1人取り残されシーンとなる店内。
そんなのは、分かってる。
分かってるんだ。
だから。ドコに…
行ったんだよ。
そのフレーズを、ただ繰返している。
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