9:アオイちゃんはダンジョンを制圧する

 その後。

 右大臣ハルキを先頭に立てて奥へ進む。別に誰が先でもいいのだが、大将軍リオの戦いぶりを見て、彼女もやる気になったようだ。

 今さらのように肩書きをつけて説明すると、この非常識さがよく分かる。自分も護衛対象なのに護衛してどうするんだ。だいたい、護衛対象の俺より弱いのに。


 爺がダンジョンと名づけてしまった穴の中は、ほぼ蟻の巣だ。明確な階層は存在せず、ただある程度は立体的な構造になっている模様。

 あちこちに牢獄があり、それぞれに魔物が入っていて、その奥には宝箱。

 魔物は操られておらず、扉を開けてみたら普通に逃げ出した。というか、いくつかの牢は壊れていた。とんでもなく杜撰な管理状態である。

 まぁ、あの「女神」に管理なんて発想があるわけないが。


 何もかも適当で、ただ享楽的な思考で世界を滅茶苦茶にするだけ。

 そう。

 あれはこの世界の神ではない。

 どこか余所から暇つぶしにやって来た寄生虫でしかないのだ。



「どうやらあの四角いやつを壊せば終わりのようだが、壊していいのか?」

「爺はこのままが良いと愚考しますぞ」


 そうして最奥まで三時間で到達。

 言いたくないが、これをダンジョンと呼ぶのは禁止したい。

 牢獄を無視すれば、ただの長い洞窟。一度も戦わずにたどり着けてしまうなんておかしいだろ。


 もっとも、普通の人間では内部に充満する気に宛てられて完走不可能のようだ。


 山に封じた俺の力をくすねて造られたこの穴の場合、三バカでも途中で力尽きる。俺が「慈悲」を与えたレンたちも最奥では無理。

 鍛えられていない者は、牢獄の魔物が放つ気でも気絶する。当然誰も助け出せないので、近くには武装した人骨が転がっていた。

 まぁ、生き延びた三バカが自慢する気持ちも分からなくはないな。


「供養塔ぐらい建てたらどうだ? 人数もいるし、今なら運び出せるだろ」

「そ、それはすばらしいお考えです! さすがは陛下です!」


 思いつきを口にすると、大公は賛同したが、他の反応は微妙だ。


「身の程を知らぬ愚か者、見せしめにすれば良い」

「入口にそういうのがあると不安に…」


 向こうの世界なら、とりあえず何か建てるのが当たり前だった。行人じゃない一般人が山に入ってくるようになった後も、「●●君ここに眠る」とか、いつの間にか石に刻まれていた。

 まぁ、下手をすれば街中でも死体が転がってる世界だからな。たいして支障のない穴の中の死体なんてどうでもいいと考えるのも仕方ないのかも。


 とりあえず、今回はダンジョン前の広場から少し離れた所に供養塔を建てることで話がついた。

 この世界の普通がどうであれ、道端に死体があるような国は嫌だ。

 自分の影響力がある範囲だけでも、その辺は変えてほしい。



「じゃあ最後に三人であれを倒せ。後は適当に調整しよう」

「わ、私たちが!?」

「殺す! 殺す!!」

「フ、フハハハハハハ!!」


 ということで、四角い何か――ダンジョンの維持装置――を支配下に置くため、その前の魔物を倒させることにした。

 なんか不穏な台詞ばかりだけど。


 ハルキは辛うじて理性を保っているが、レンとリオは既に狂乱の貴公子状態。必要以上に能力が嵩上げされたせいで、バトルジャンキー化してしまった。

 戻った後のことは考えたくない。


「へ、陛下の御前で不敬であろう!」

「殺す! 殺す!」

「フハハハハハハッハア!!」


 隣で大公が頭を抱えているが、俺もたぶん同じポーズだ。


 なお、三人の前に立つ不敬な敵は、一つ首の赤黒い肌の巨体。コバンの命名によれば、龍である。

 ファンタジー生物の頂点といえば龍で、ここでもそのお約束通り。体長は30mぐらいあって、なるほど強そうに見える。


「たああああぁ!」

「ハルキ、来るよ!」

「な、なめるな!」


 牢の中で巨大怪獣と戦うコスプレ女三人。まるで出来の悪い特撮映画を眺めているようだ。

 龍は尻尾を振り回し、口からは火焰放射だけでなく、気そのものを空気砲のように吐き出してくる。

 その威力は、普通の人間なら一撃でバラバラになるレベル。自称魔人の三バカでも即死確実だ。

 まぁ、俺のエアデコピン程度の力しかないけどな。


「レン、のどを狙え!」

「承知!」

「死ねえ!!」


 レンたちは逃げ場のない牢の中で何度か直撃を喰らったが、余裕で耐えて次から次へと長い首を切り裂く。

 最後は背後に回ったリオが首を斬り落として終了。


「陛下にたてつくクソトカゲ、退治しましたっ!!」

「我らの前に立ち塞がるなど六千年早い!」

「お、お待たせして申し訳ありません」


 一名を除いて意味不明な内容を叫ぶ、返り血で赤黒く染まった美女たち。三人の雇用主である大公の顔は真っ青、今にも倒れそうだ。

 国の中枢がどんどん野性に還っていく様子を見たら、頭を抱えるのも仕方ないだろう。

 たった一度の「慈悲」でこの変化ってのに震えるけど。


 というか、六千年ってどういう数字だ?




「ふむ…」

「あの……魔王様、これは?」


 その後。

 ダンジョンの管理権限を奪ったことを確認するため、牢獄の中に龍を召喚してみる。

 召喚のシステムに問題はなく、牢獄の中央に召喚陣らしき紋様が浮かび、数秒でさっきの龍と同型の魔物が現れた。

 ただし、背丈は人間と変わらない。

 扉の前で注視しているレンが身長175cm、龍はそれよりわずかに低い。


「魔王様のお力が足りませんぞ」

「どこまで寄生すれば気が済むんだ」


 魔物をリポップさせるには魔力が必要。

 しかし、このダンジョンのエネルギー源だった俺の力はほとんど回収したので、残る力では小さな魔物しか生み出せないのだった。


「レン。戦ってみろ」

「はっ」


 身体の大きさだけでなく、体内魔力量も少ないのでその力は分かりきっている。

 それでも実験は必要なので、レンに任せてみる。

 見た感じ、レン、ハルキ、リオの中ではリオが一番戦い慣れている。ただし、他の二人も決して弱くはない。大臣が戦えるってのも不思議な話だ。三人とも血筋ではなくコバンの推薦だというから、爺の趣味なのかも知れない。

 ―――などとどうでもいいことを考えているうちに、危なげなくレンはリポップ龍を倒した。

 というか、しばらくにらみ合っていただけで勝負は一瞬。わざわざ剥製にしやすいように、横っ腹を刺して内臓をぶちまけたのには、正直ドン引きだよ。


「陛下! 我はお役に立てましたでしょうか」

「あ、ああ」


 だから血まみれの顔で笑うなって。可愛いけどさ。

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