8:アオイちゃんは「女神」に襲われる
明確な悪意とともに、俺たちの前に現れた「女神」。
コバンを除く全員が、その状況に慌てふためいている。
「め、め、女神様!?」
「魔王様と女神様…、我は夢を見ているのか」
「おお、何と神々しいお姿!!」
上空高く、黒雲をバックに純白の衣装に身を包んだ「女神」。それは各地の教会に鎮座する人形によく似ている。
三十名の中に混じっていた教会の神官は、涙を流しながら五体投地だ。
上空高く…なのにはっきり見えるのだから、巨大な身体だ。身長100m以上、そんなのが真上にいるのにパンチラはなし。別に見たくもないが、役に立たない奴だ。
俺にとっては、常に理不尽に頭を抑えつけられ続けた不倶戴天の敵でしかない。しかし、その頃を知るコバン以外は平伏している。どうやら大公国では普通に信仰されているらしい。
というか、アレを信仰しているのに俺を敬うってどういう頭してるんだ?
「久しいなクソ羽虫! ようやくお前を倒せると思うと胸が高鳴るぜ」
「黙れウジ虫め! 妾の世界の異物、今すぐ処分してやる!」
「できるものならやってみろ。お前如きに頭を下げるバカどもに見せてやれ」
「クッ、い、言わせておけば!!」
白装束の巨体は、デカい以外は人間の姿なので羽根はない。単に空中に現れるので羽虫と呼んでいる。
何というか、五百年ぶりでも懐かしくなったりはしないものだな。
ブランクを感じないまま、流れるように煽り倒すと、「女神」は両手をかざす。その手の先からは、どんどん光が漏れ始めていく。
「魔王様、爺の命は預けましたぞ」
「いらねぇ」
大公国の連中が青ざめた顔で空を見上げて十秒ほど。
「滅びよ、魔王」
視界が真っ白になる。
何も見えなくなって、そしてまた十秒ほどすると、元の景色に戻った。
結界の外はえぐれただけでなく、木々は消え、地面は熱せられて溶岩に覆われていた。うむ、ダンジョン入口も消滅した。
タイゾウ山の山体は無事だ。封じた力が結界みたいに働いたのだろう。
「逃げたな」
「魔王様、爺は信じておりましたぞ」
「やかましい」
上空にアレはもういない。
こっちは何もしていないのに、勝手に攻撃して勝手に逃げた。少し変だな。
「女神様のお力がこれほどのものとは」
「ああ何と尊いお姿」
厳選三十名のうち、気絶十名、呆然とした顔十名、あとは……、何名かはまだ空を拝んでいる。
あのまま自分の身体が消し飛んでも喜びそうだ。
それにしても、今の一撃は五百年前と大差なかった。
だから俺を倒す力はないが、かと言って俺が勝てるかどうかはまだ分からない。
五百年前は互いに攻撃を受け止めて、効いてませんアピールの応酬だった。
普通ならば、五百年ぶりに現れた俺の力を確認してから逃げるはずなんだが、まさか本能で勝てないと悟った? あり得ないな。
「魔王様! お助けいただき、あ、ありがとうございます!」
「お前らには言いたいことがある。教会の奴は仕方ないが、それ以外で今後もアレを敬う気がある奴は帰れ」
「左様、あのクソ女は魔王様の敵、人々を焚きつけて我が国を滅ぼそうとした大罪人ですぞ」
「わ、分かりました陛下」
「仰せのままに」
五百年も経てば、俺とアレの関係すらねじ曲がってしまう。コバンに偉そうなことを言われると腹が立つが、間違った歴史は正しておきたい。
ちなみに、「女神」は魔王の邪悪な本性を正すために人々に力を与えたらしい。要するに、俺に対する「慈悲」なんだそうだ。何がだよ。
「おお、元に戻っていく」
「何というお力!」
結局、「女神」の邪魔はあの一撃で終わった。
周囲が溶岩のままでは視察もできないので、すべて元に戻しておく。
正確にいえば、攻撃直前の状態に復元するだけで、時間を戻したわけではない。なので、巻き込まれて蒸発した森の中の魔物たちは、自分たちが死ぬ瞬間を記憶している。
仮に記憶できるだけの知能があったとしても、一瞬で蒸発したら何も分からなかっただろうが。
「それにしても、あの羽虫にダンジョンを作るなんて知能があったのに驚きだな」
「め、め……あれ、ですか」
「呼び方まですぐに直せとは言わないぞ、レン。態度を改めればいい」
「ははっ。ありがたき仰せ」
その時代がかった言い回しもいらないけど、まぁ今は魔王の威厳が必要だから仕方ないか。
すると大公がおずおずと前に出た。
「魔王様。ダンジョンと呼ぶようになったのは最近です。それまでは洞窟と呼ばれておりました。魔人どもは、ただ穴と呼んでいましたが」
「左様。ダンジョンという呼び方は、不肖、この爺が広めましたぞ」
「お前かよ」
コバンは向こうの世界で俺が得た知識を元に広めたわけだから、要するにこの名前は俺が由来。
何だろう、急に視察するのが億劫になってきたぞ。
で。
「これがダンジョンだと?」
「はい! 我が国の猛者も挑んだ記録があります!」
形だけでも俺を護衛したいというリオと並んで、ダンジョンと呼ばれる穴に踏み込んだ。
そこから歩いて五分。
俺はもう帰りたい。
「この魔物の名前は?」
「はっ! コバン様の御叡智により、今はオークと呼んでおります。これに傷をつけて生還できれば、我が軍では一目置かれる相手でございます」
「そうか…なるほど」
洞窟はまるっきりの洞窟で、ダンジョンっぽい仕掛けは何もない。
そして、奥に少し広い空間があり、そこにはまさかの牢獄があった。
頑丈な鉄格子の向こうにいたのが、オークという名の二足歩行の豚である。
「リオ、倒して来い」
「えっ?」
どうやらこの二足歩行豚は、訓練された兵士がやっと傷をつけられるという強敵扱いらしい。
だが、「女神」乱入直前にリオたち三人が倒した巨大豚は、目の前の豚よりずっと強い。それを難なく倒せたのだから、今さら恐れる必要などあるはずがなかった。
「わ、我が臣下がオークと戦えるとは!」
「魔王様! わ、私めにも戦えますでしょうか!?」
「ハルキが負ける要素があるか? たかが豚だろ」
檻の扉は勝手に開く仕様で、逃げたい時も勝手に開くという。「女神」はどういうつもりでこれを作ったのか、聞いてみたい気もするが話す機会はなさそうだ。
ともかく、各地に出現したダンジョンでは、「女神」が魔力を与えて生みだしたと推定されている。
そして、オークなどの魔物も、ダンジョンの魔力によって強化された特異体だ。
なお、オークと呼ぶ二足歩行豚は他のダンジョンでも確認されているが、ここの豚が特に強いという。
タイゾウ山に封じていた俺の力で変質したということだ。
まぁ「女神」はバカではない。
変質してより強くなるのは分かっていただろうし、そうやって封印された力を奪い、俺の弱体化を図った可能性も高い。
…などと無駄に解説している間に、リオはオークを討ち取った。当然の結果だ。
オークは確かに野生の豚とは違った。何せ火を吐いたし、致命傷から何度か再生したので、立派なファンタジー生物である。
「見てください陛下! こ、これを飲めば強くなれる薬です!」
「そ、そうか」
討ち取ったことで、牢獄の奥に設置された宝箱を開けることができる。
リオが嬉々とした様子で見せてくれたのは、濃縮した魔力が込められた小瓶だった。
「三バカはこういうので強くなったってことか」
「ははっ。……我に、我に力があればあのような真似はさせなかったものを」
鎧兜のコスプレ姿で「力がほしい」とか、目の前でやられると笑ってしまうのでやめてほしい。
まぁそれはさておき、小瓶一つには普通の人間の数倍の魔力が入っている。そのすべては定着しなくとも、何度か摂取すれば人類平均の十倍以上の魔力を得ることは可能。
魔力に満ちた者だから「魔人」。
これもたぶん、コバンが自称していたものだから、ダンジョンと合わせて広めたんだろう。
実際には「魔人」なんて人種はいない。
「魔王」だって人種じゃない。俺だって親は人間だったんだ。
体内魔力が増せば、強い魔法を使えるだけでなく、魔力によって老化が抑えられて長命になる。
三バカがどの程度の長命になったかは知らないが、「慈悲」を与えたレンたちは五百年以上余裕だと思う。
だから、今さら小瓶の魔力程度では何も変わらない。
喜んでいるリオに、わざわざ教えたりするほど野暮じゃないけどな。
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