7:アオイちゃんは山へ行く
「陛下。あの山でございます」
「知ってる」
タイゾウ山のダンジョンから魔物があふれ出た。
仕方ないので処理してやることにした。
まぁ、大公国がモクの国ならやむを得ない。
五百年前。ザワート大公国と隣接するタチマ王国を含めて、東大陸の大半は俺の支配下にあった。
といっても、俺自身はその辺は無頓着だったから、モクたちがどうにかしていたはず。
タチマ王家などの五ヶ国連合も、幾つかはあの頃からあったらしい。
ザワート大公国の都アオハから南東に約150Km。標高3000m近い山が連なる山脈があり、その手前に藪山が点在する。タイゾウ山はそんな藪山の一つで、街や街道からは他の山に隠れて見えないため、誰も登ろうとする者もなかった。
自分の力を封じる場所は、人跡未踏であった方がいい。
それは別に、人間に見つかると困るわけではない。封じた力に近寄れば死ぬからだ。
念には念を入れて、爺にすら場所を教えなかった。
しかし俺の敵、「女神」はすぐに嗅ぎつけたらしい。
ザワート大公と大将軍リオが厳選したらしい三十名ほどを連れて、転移魔法でさっさと山頂に移動する。
花崗岩の岩肌が露出して、木々のすき間にわずかに眺望の開けるタイゾウ山の頂上部。この世界に観光登山など存在しないが、見晴らしが悪く登る価値がないのもここを選んだ理由の一つだ。
その直下に封じた力は、俺の帰還時に大半が吸収されたが、まだ一割程度は残っている。
「魔王様何とかしてくだされ。爺に迎えがやって来そうですぞ」
「地獄の使者なら会ってみたいものだな」
で。
厳選された三十名は、倒れてもがき苦しんでいる。
俺は自分の力が外に漏れ出ないように封じたが、封じた真上にいると、まだ山中に残っている力が少しずつ身体に吸い上げられていく。その力の奔流に耐えられないようだ。
「慈悲」を与えた三人や爺までもがくのはおかしいと思うのだが。
「しょうがないから一時的に強化してやる。この程度の力で倒れることはなくなるだろう」
「陛下の御叡慮に感謝申し上げます」
「叡慮なんてしてないし、そもそもこれのどこが厳選なんだ? 大公よ」
「へ、陛下の御勇姿を拝謁できる機会を逃す者がおりましょうか!」
いちいち結界で覆うのも面倒なので、全員を身体強化してやる。ただし山頂にいる間だけで、下手に動くなと命じた。
既に強化済みのレンたちの場合は、せいぜい倍にする程度だが、全く鍛えられていない文官では数千倍。素人に指先で岩を砕くレベルの力を与えてしまうことになる。
なお、厳選された三十名の中には大公本人、重臣三人、爺、他に主要な武官文官が全員含まれている。「女神」を信奉する教会の神官までいる。
まだ国内が混乱しているのに、国の中枢が全員参加。さすがに呆れたが、まぁ突然現れた自称魔王の力を疑う奴がいても不思議ではないか。
「じゃあ移動するぞ。用意はいいか?」
「陛下。近くの木や草を少し採集してよろしいでしょうか。この環境で生き抜けるとは驚きです」
「確かに、ヌシら三重臣より役に立つやも知れぬの」
「爺は鏡で自分の顔を見た方がいいぞ」
レンの希望で数種の植物を採集して、直接王宮の塔に転送する。他の文官からは石や土もと頼まれたので、そっちも転送。
一応、魔力は一部の生物にしか影響を及ぼさないと、五百年前の時点で研究されていた気がする。
そうじゃないと、俺が歩いただけでハゲ山になるからな。
その後、ダンジョンの入口へと転移。探知魔法で場所は分かったので、リオの案内は既に必要ないが、一応彼女の仕事なので案内させる。
というか、俺は普段着…というか赤いドレスを着せられているのに、絵に描いたような戦国女武将と一緒に歩くってどうなんだよ。ツッコミも入れられないのが地味に辛い。
リオが着用しているのは、向こうの世界の戦国時代の鎧兜。コバンを通じて伝わったという。
爺がそんな能力者だったなんて初耳だし、俺自身は伝えようとも思ってないので謎は尽きない。
一番の謎は、伝わったからといって造って着込んでしまう所なんだけどな。魔法で戦う世界に、物理特化の武装って役に立つのか?
結局、脳内でツッコミを入れまくってしまった。
「こちらがダンジョンです。我々はタイゾウダンジョンと呼んでおります」
「国内ではここだけなのか? リオ」
「はい。ダンジョンは数が少なく、中に入れるのは五箇所しかありません」
ガチャガチャと草ずりを鳴らしながら、なぜか誇らしげに説明するリオ。
現状では俺よりリオはデカいので、見下ろされる形なのもヤバい。どうにか笑いをこらえた自分を褒めてあげたい。
そこは山頂からはかなり離れていて、身体強化も不要。
むしろ封印した力の影響があるのか怪しい地点だ。
「魔王様。ここが一番古いダンジョンのはずですぞ。若がいなくなって五十年後ぐらいにはありましたからな」
「見つけたなら潰しておけよ。爺は魔人なんだろ?」
「はははは。ワシは自称魔人、やつらと一緒にされては困りますなぁ」
コバンは本当に変わってないな。悪い意味で。
こいつの自称「魔人」と、三バカが託宣で得た称号「魔人」は確かに違うが、自称の方が古いのだ。
本物が偽物に劣るって時点でみっともないとは思わないのか? まぁ思わないだろうな。
ともかく「女神」はここに、魔物とお宝の出る穴を作った。
それから四百五十年。今は周囲に我々以外の気配はないが、穴の手前は広場になっていて、馬車が通れるだけの道もついている。
「申し訳ありません陛下。ここへ道を造ったのはタチマの連中です」
「大公。例の三バカもここに来ていたのか?」
「はい。囚われた先でもそのように自慢されました」
ダンジョンの近くに人工的な施設はないので、年中人々が出入りしていたわけではないだろう。
魔人を名乗る三バカは、塔に押し寄せた千人の敵兵とはレベルの違う者たちだ。ある程度の実力がないと潜れないというわけだな。
まぁ、三バカの実力なんて大したことはなかった。ダンジョンも同じく、期待はしないでおく。
「ところで森の中に五つほど怪しい奴がいるが、爺、逃げ出した魔物で間違いないな?」
「はて。爺には三つしかわかりませぬ」
魔物が溢れたというから、周辺にわんさといるのかと思ったが、探知で見つかるのは片手でおさまる数だ。
強さは…、三バカが束になればいい勝負って程度だ。大したことはない…とは言えないか。三バカに勝てない連中ってことは、普通に大公国が滅亡する。
「レン。お前ら三人で倒してみろ」
「ええっ?」
銀色の金属鎧姿のレン、なぜか頭巾で顔を隠したハルキ、そして戦国武将リオ。三人揃って長身巨乳美脚、モデルがいいのでコスプレ撮影会にしかみえないが、せっかくなので実力を試してみよう。
五つの魔物をその場で拘束、うち一体をダンジョン前に転移させた。
大臣たちと大将軍の前に現れたのは、身長5mぐらいある二足歩行の豚だった。
「ひ、ひぃっ!」
「わ、我には無理です!」
レンたち三人は、その巨体を見た瞬間に震えだした。
まぁ確かに、この巨大豚は人間には厳しい相手だろう…が、別に嫌がらせではない。
「君たち三人は、あの時に強化されたらしい。その力を試せ」
「は、………はい」
あの「慈悲」という名の遠隔●●●が何だったのかは知らないけど、今の三人は決して弱くはない。少なくとも、三バカよりずっと上だ。
最初からこの強さだったら、大公が捕虜になることもなかったはずだ。
「我の剣が通る!」
「行けます!」
「もう一息でございますわ!」
そうしてわずか五分後。巨大豚は首を飛ばされ、大の字に倒れた。
巨大豚は結界魔法を使い、また相手の攻撃を遅らせる力もあったから、時間制御もできた。結界の強さ次第では、向こうの世界の兵器でも倒せない可能性がある強敵だった。
「や、やりました魔王様!」
「信じられない!」
「わ、我らにこんな力が!」
そんな敵を危なげなく倒した三人ははしゃいでいるし、大公たちも驚いているが、この結果は当然だ。
現在の彼女たちの体内魔力は、巨大豚の数十倍はある。負ける方が難しい。
向こうの世界に三人が送り込まれたら、世界征服してしまいそうだ。
ちなみにこの世界では、向こうのゲームのように強さは数値化されない。まぁ、仮に数値化されるとしたら、俺を敵視する「女神」がそれを定めるわけだが。
その瞬間だった。
突然の暴風。巨大豚が空に舞い上がるほどの風に、俺以外の全員が吹き飛ばされそうになった。
とりあえず結界を張って、そして―――――。
「あ、あれは…」
ダンジョンとその周囲の山全体が陰に覆われる。
見上げた空の上には、今の俺には劣るが人間離れした美貌の女が浮かび、憎悪の瞳を向けていたのだ。
「妾の邪魔をするつまらぬ虫め!」
「俺が虫ならお前は羽虫だな、クソ女神」
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