6:アオイちゃんは魔王
「なるほど、お前らは唯一神とやらの御託宣で、俺を殺せと命じられた、と」
「そ、そうだ。我らが尊き御方のご尊命に従い、邪悪なる魔王を討伐するのだ」
「そして失敗した」
「う…」
事情聴取のために、消し飛ばした身体を血しぶきから復活させた三人の魔人。
別にこちらからは何もしていないが、俺に対する敵意は消えている。
「わ、我らが陛下を捕えたのも神託か!?」
「貴様らのせいで我が国は滅茶苦茶にされた!」
大公を拉致されたレンたちは、魔人に激しい恨みをぶつける。
しかし、魔人たちは反応しない。というか、まだ呆けているように見える……ん?
「死んだ?」
「魔王様、気絶しただけですぞ。彼奴らはここにいる資格のない者たちだったのでしょうな」
「なら爺でも倒せただろ?」
「爺は虫も殺せぬ男ですぞ。お忘れですかな?」
「覚える価値ないだろ、それ」
三人はあっさり気絶してしまい、事情聴取は中断。
なおレンたち三人も、最初は気絶寸前だったという。しかし俺がアレしてドロドロになった後は問題ない模様。
「慈悲」って言葉の意味はともかく、あれで彼女らが強化されたのは事実のようだ。
コバンは元から俺の側近なので問題ない。
というか、問題があったら嫌だ。爺に挿入する趣味はないぞ。いや、三人への挿入だって自分の意志ではなかったけど。
「う…」
「起きたか。面倒かけさせるな、お前ら」
このままでは埒があかないので、俺は自分の周囲を厚い結界で覆った。三バカが気絶しないための配慮だ。
もちろん、結界は防御魔法の一種だが、こいつらごときに防御は要らないだろう。
そこからは軽く尋問する。
面倒くさいから記憶を抜き取ろうとも思ったけど、素直に答えるのでやめた。まぁ、本気であれやると廃人になるからな。
「ダンジョン? なんだそれは」
「尊き御方によって創造された。我らはそこで鍛えられ、国をも滅ぼす魔人となったのだ」
「爺は知ってるのか?」
「魔王様。彼奴は魔王様が留守の間に、封じた力を奪おうとしたのですぞ。ダンジョンには、あの山の力も使われておりますのぢゃ」
「はぁ?」
五百年前には存在しなかった「ダンジョン」。
それは多くの魔物を生み出すが、一方で人類を強化するアイテムを手に入れることもできる。
三バカはそうして力を得て、自分たちこそ魔王を倒すと言って人民を苦しめたわけだ。
「俺を倒してどうする気だ。侵略して大公国を滅茶苦茶にして、次は自分たちが魔王になるのか?」
「ば…バカな!」
「魔人なんて名乗ってるんだろ? 自分が倒そうとする奴の手下みたいな名前を」
「そ、それは!」
「尊き御方に与えられた…」
今さらのように動揺する三バカを眺めながら、とりあえず溜息をつく。
尊き御方。
大公国に攻め込んだ国々は、どれもそいつを信奉して、その神託に従って俺を敵視しているという。
まぁ――――――。
心当たりはある。
俺が真の最強になるため五百年の修行に出たのは、その正体、自称「女神」を倒すためだったからな。
「なんだこの惨状は」
「魔王様の寝覚めを妨げた愚か者に鉄槌が下されたのですぞ」
その後。
捕虜の三バカを連れたまま、俺たちは塔を降りて外に出た。
久々にみるこっちの世界は、陥没した地面が広がる荒涼とした景色。俺が塔に帰った時、なぜか周囲に力があふれ、攻め込んで来た敵兵ごとすべて消滅させたらしい。
目をこらしても死体の一つもない。王宮は山の中腹なので多少は吹き飛ばしたかも知れないが、ほぼ全員が蒸発したのだろう。
塔の中にいたレンたちは無傷って辺りがよく分からない。少なくとも自分が用意した罠じゃないぞ。
「へ、陛下。……誠に心苦しい申し出ではございますが、その…、敵兵を生き返らせていただけないでしょうか」
「その理由はなんだ、レン」
「ははっ。そ、その…、陛下の御名声を……」
レンたち三人は、蒸発させた敵兵を生き返らせろと頼んできた。
俺が暴虐な魔王ではなく慈愛の王だと示すためだというが、元々俺は暴虐の限りを尽くした魔王だぞ? バカなことを言う。
昔を知るコバンも、呆れた表情で三人を見つめている。
「しょうがねぇなぁ。その代わり、二度と俺に反逆はできない身体になるだろうが」
「へ、陛下の御厚情に深く、深く感謝申し上げます!」
「そういう面倒くさい言い回しもやめろ」
結局、三人に言われるまま周囲の時を操り、千名の敵兵を蘇生させた。
霧が集まって人体や宮殿が生えてくる光景。さっきまでバイトしていた世界でやれば大騒ぎになるだろうが、特に何の感慨もない。
死者の蘇生などありふれたこと。
だいたい、この世界の連中は命を複数持っていて、殺してもそれで終わらないのが普通だった。
「意外でございますな」
「そうか?」
「はい。爺の知る若様は、自らが評価した者にしかこのような措置はなさりませんでしたぞ」
「………そう言えばそうだな」
自分でも違和感はある。
魔王の俺にとって、同格といえる相手は神だけだ。それ以外の連中など、足手まとい。ただ、神を倒した後に廃墟しか残らないのも困る……、そう考えていた。
今だって、目の前で動き出す敵兵たちには何の感情もわかない。レンたちの要望にも価値は感じなかった…のに、どういうわけか蘇生してしまった。
「若様が魔王様になられた。そこで変わられたのでございましょう」
「変わった…か?」
「誰もが目を奪われる美貌を手に入れられたではありませぬか! 爺もあと少し若ければ大剣が天を衝きましたぞ」
「爺の下ネタは生々しいからやめろ」
何が大剣だと口には出さない。その昔、爺の裸体はざんざん見ているし、八百年は生きていながら未経験の枯れた奴だったが、全くどうでもいい。
なお、俺も向こうでは五百年間未使用だった。むしろ頑張って未使用を貫いた。さんざん誘惑されたからなぁ…。
もしかして、使わなかったから女になった?
いや、それなら聖剣はなくなってる…って、どうでもいいんだよ。
「わ、私は夢を見ていたのか…?」
「今から我らが指揮を執る。皆は本国に戻って休むが良い」
「あ、ああ」
結局、三バカが敵兵を引き取って帰って行った。
蘇生させた千人の中には連合軍のトップもいたらしい。ただし三バカは別格の扱いだったようで、彼らは「魔王の復活は確認できない」とか適当に言いくるめた。
敵兵の指導者たちは半信半疑ながら従った。
あれでも三バカは、三人で千人を相手にできる実力らしかった。
なので指導者たちも強くは出られなかったようだ。
「ま、魔王様のご帰還、感慨無量でございます! このザワートを何卒、何卒陛下の僕の末席にお加えください!」
数日後には、囚われていたザワート大公も送り返されてきた。
大公国の宮殿で俺に跪いた大公は、ひげ面の普通のオッサンだ。配下の三人はまあまあ戦えそうだったが、こいつ自身には特に力もなさそうに見える。
なぜこの男が俺を待っていたのか…と、その時、ふと気がついた。
「あー、お前、もしかしてモクの子孫か」
「は、はい! ザワート家初代はモクチュー・ザワート、魔王様の下僕であったと…」
「おい」
大公の素性が分かって良かった…と、無意識に辺りを威圧してしまった。
顔をあげたまま、大公は白目を剥いている。ああ、やりすぎだ。
だが、それは仕方ないのだ。
「子孫よ。お前には正しく伝わっていないようだから教えてやる。モクは俺の
「は……」
「爺の教育が足らんぞ」
「申し訳ありません。ワシもモクの話はしたのですが」
モクは六百年前に拾ったガキだった。
たまたま通りがかった街で、死にかけたガキを助けた。
それは、あいつが何の力もないガキのくせに、俺を襲ってきた暴漢の前に躍り出て、俺を助けようとしたからだった。
当然、モクは暴漢に叩き切られたが、面白いので下僕として拾ってやった。ああ、確かに最初は下僕だったな。
子孫を遺し、自らの希望で老いて死んだあいつ。
五百年間生死の輪廻に委ねようと思ったのは、その死に顔を見た時だった。
それにしても不思議なものだ。
モクの死は、俺にとって別に悲しくはなかった。長命を得てしまった自分は、無数の知り合いの死をいちいち気にすることなどなかったのだ。
なのに今は、過去を思い出すと淋しさを感じる。
どうやら俺は、五百年の間にいろいろ変わったらしい。
魔王としての力がどう変わったのかはまだ分からないが、この肉体だけではなく、中身にも変化があったのは間違いない。
「た、大変でございます陛下! タイゾウ山の魔物があふれ出しました!」
そこに駆け込んで来たのは、大将軍のリオ。
どういうわけか今日は、あっちの世界が戦国の世だった頃の鎧兜姿。別世界なのにどうなってるんだとツッコミを入れたかったが、それどころではなさそうだ。
「よし、俺が対応してやる。ダンジョンってやつがどんなものか見てみたいからな」
「はは! 陛下直々の御親征、さっそく兵を集めて…」
「いらん」
思わず即答したら、また大公が気絶した。頼むからそんな程度で倒れるな…と言いたいが、かつてのモクも同じだったので少しだけ懐かしい。
とりあえず、あんな雑兵を追い払えなかった奴らが何人いても無意味だ。
「戦うだけなら俺一人いればいい。リオには案内を頼む。他は…」
その時の自分の顔は、間違いなくにやついていた。
「俺の力が見たい奴がいたら連れて来い」
「ははっ!」
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