5:アオイちゃんは襲われた
「若様、よくぞ、よくぞご無事で!!」
「やかましいぞ爺。というか俺は若様じゃねぇ、魔王アオイだ!」
「おおアオイ様! では、では……、見事に魔王と成られましたか!」
「ああ」
俺と三人の女の間に飛び込んで来た非常識な爺さんは、コバンという。
服装は、慌てふためく三人と同じ黒のスーツ姿。背丈は低く、白髪しわくちゃで両目を見開いているので、普通にヤバい奴。
五百年前に俺の腹心だった男だ。
「よく生きてたな、お前。あの頃でももう死にかけだったじゃねーか」
「若…アオイ様の晴れ姿を見るまでは死ねませんぞ。いやはや、性別まで変えられるとは我が魔王様は我らの想像を超えてくださる! ありがたいことじゃ」
「性別はどうでもいいだろ」
そもそも、フ○ナリは男女どっちなのか分からないし。
コバンは魔人と呼ばれる種族だった。
まぁ…、種族というのは嘘なんだが、どっちにしろ「長命」なのは間違いない。
とりあえず、こいつがいるってことは、かつて俺が支配した国とここにはつながりがあるのだろう。
「コバン様は我が国の生き字引として、代々の大公を補佐して来られた御方です」
「我々の名前も、コバン様より名づけていただいたものです」
「左様! 若様のご帰還に備えて、ふさわしい者たちを選び、ふさわしい名前をつけましたぞ!」
「ふさわしい?」
しわくちゃの顔でニヤリと笑ったコバン。
何かおかしい。いろいろおかしい。
「今すぐお前には説明を求めたいが、そうもいかないようだな」
「陛下?」
「爺。わざと連れて来ただろ」
「さ、さぁ…、何のことやら」
コバンが突入して空いた穴。
その向こうにはらせん階段が続いていることを思い出したが、さらに誰かの気配が近づいて来る。
向こうの世界では使っていなかったので、五百年ぶりに発動した探知魔法には、知らない名前が三人表示され、敵と判定されていた。
ちなみに、目の前の四人はいずれも味方。良かったね、俺。
「貴様が魔王か! 御神託に従い、その命もらい受ける!!」
そうして走り込んできたのは、革製の鎧を着用して、刀を構えた人間。兜に面具までつけているので顔はよく分からないが、声は男くさい。
後方にはさらに二人。
片方は金色のローブを着込んだ…、変態男?
もう一人は肌が赤っぽく、頭に出っ張りのある女。なぜかセパレートの水着。変態女?
「どういう組み合わせだよ」
「やかましい!」
唯一まともな格好の兜人間は、コバンの背後から俺に襲いかかり、レンたちは慌てて武器を手に取って、そしてコバンは―――――。
「そこで逃げるよなぁ、お前は」
「私では相手になりませぬゆえ」
「死ねぇぇぇええええええ!!!」
コバンが華麗に身を躱し、おかげでがら空きになった中央を兜人間は駆け抜け、そして刀を振るった。
「死ねえええええええ」
「ふむ」
兜人間は刀を振り回すが、結局俺には届かなかった。
攻撃を受ければ勝手に結界が発動するので、たかが人間程度では近づけない。
まぁこれでも俺は魔王だからな。
こいつ程度なら、五百年前の俺にすら傷一つつけられないだろう。
「こやつ、陛下に対して何たる所業!」
「死ねぇぇ!!」
「我らの悲願、今成就せりーーっ!!」
「成就するか、この三バカ」
金色ローブの変態男もギャーギャーうるさいし、兜人間はじたばたするので、軽くデコピンしてやる。
というか、手が届く距離じゃないのでエアデコピンだったが、兜人間はその瞬間に弾けて血煙になって消えた。
兜も消えた。魔力で強化されてないのか? そんな量産品で俺を襲うってバカだろ。
「残りは…って、やりすぎたか」
後ろにいた二人も一緒に消し飛ばしたらしい。
らせん階段も崩れ、壁に穴が開いて空が見えた。
何だか懐かしい気がした。
「さすがでございますな、魔王様。爺は血でむせてしまいましたぞ」
「主の前で敵に道を譲った上に苦情まで入れるとは、さすがだな爺。五百年の時を忘れそうだ」
「ははは、爺は嬉しくてたまりませんぞ」
どす黒い液体で汚された室内で、その液体をしたたらせながら笑うコバンにほっとする自分がいる。
ついさっきまでは平和なコンビニバイトだったのに、この光景に吐き気もしない。
「も、申し訳ありません! 陛下のお身体を穢してしまったこと、我らの責任でございます!」
「気にするなレン。あれは爺がわざと連れてきたのだ。君たちに俺の力を見せるためにな」
「え…」
三人は唖然とした表情でコバンの顔を見た。
さっさと浄化の魔法を使ったコバンは、何食わぬ顔。そういう奴だ。五百年もこんな爺を敬い続けたせいで、大公国は滅亡の淵に追い込まれたに違いない。
なお、俺の身体は別に汚れていない。結界は普通に機能したからな。
結界内には三人も入れて、コバンだけ腹立たしいから外した。吹っ飛んだら再生してやる予定だったが、長生きしているだけあって自分で結界を張ったようだ。
「とりあえず爺、言い訳の代わりに現状を説明しろ」
「はて、何の言い訳でしょうかの」
ともかく、乱入者は消えたのでコバンに話を聞く。
まず、三人の名前が、向こうの世界の名づけランキングに入っている点について。
元々俺とつながりのあったコバンは、こっちに俺が遺していた力の影響でたまに知識を得ていたらしい。
「どういう仕組みなんだ?」
「爺にもわかりませぬ」
俺は五百年前、異世界での修行にあたって自身の力を封じた。あくまで何もないただの生命体として修行するためだ。
封じた場所は…、確か王宮から遠くに見える山の頂だった。
その周辺は魔物の巣窟で、誰も近づく者はいない。俺の力をそのまま浴びたら普通の人間は即死するから、無駄に波風を立てないよう配慮したのだ。
「山というのは……、タイゾウ山でしょうか?」
「ああ、そんな名前だったか」
「陛下、誠に申し上げにくいのですが…」
「なんだ、レン」
レンたち三人は床に頭をつけたまま。非常に話しにくい。
まぁ…、その辺にあった椅子に座ってくつろぐコバンには見習って欲しいが。
「かの山はまさしく魔の山。年々我が国を圧迫し、その対応に追われております」
「えー」
「はははは、さすが魔王様ですな!」
「お前が笑うな!」
俺の力を封じたせいで、山頂付近の魔物は死滅した。
その代わり、麓の魔物が凶暴化してしまった…と。何だよ、大公国が滅びそうになったの、俺のせいじゃん。
「いろいろ迷惑をかけたんだな。すまない」
「何を仰せですか! 陛下のお力で、我が国は滅亡の淵から救われました!」
「いや…、まだ魔人がいるんだろ?」
「へ、陛下…」
そこで三人が一斉に頭を上げ、コバンもこっちを見た。
全員、明らかに困惑した表情だった。
「陛下。……先ほど血しぶきとなった者たちこそ、そのにっくき魔人でございます」
「え?」
何それ。
デコピンで死ぬような奴に負けたって、冗談きついぞ。
「ならば魔王様、かの者たちに直接お尋るのが良かろうて」
「今度は逃げるなよ、爺」
仕方ないな。
コバンの提案に乗って、軽く手をかざす。
ガラガラと音を立てながら、壊れた壁と階段が元の姿に戻って行く。
そして血しぶきが集まって、元の身体に戻って行った。
「………」
「なんだ、叫ばないのか?」
「ま、魔王…」
空間と時間の制御を極めた俺にとって、部分的に何かを復元する程度はたやすい。
こんなもの、五百年前だってできたぞ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
{ふふっ。……見つけたよ、ボクのアオイ}
その声は声にもならず。
しかし何かを始めようとしていた。
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