4:アオイちゃんは思い出した

 かつて、俺はこの世界で魔王を自称していた。

 その頃の名前は…、オーリン。

 自慢じゃないが、一人で国を滅ぼすくらいには最強だった。



 そんな俺は、五百年の旅に出た。

 アンチエイジングの極意とは、ただ長生きしたかった…というわけじゃない。真の最強になるためには、長い時間が必要だった。


 真の最強となって、この世界に巣食う「女神」という邪悪を滅ぼそう。……なのに五百年も留守にするのはおかしい?

 それはその通りだが、居残ったままでは勝てないし、もしかしたら邪悪がパワーアップする可能性もある。

 修行して限界を超えて決着をつける。自分にはそれ以外の選択肢はなかった。



 そうして転移した先は、最初はあまり違いを感じなかったが、最終的にはここよりも圧倒的に文明の発達した世界だった。

 文明が発達した理由は、魔王や自称「女神」のような人智を超えた力がなかったからだ。表向きは魔法も何もなく、表向きは超人など存在しない。だから変化が早かったと思う。


 五百年間の最後には、自分もそんな社会の歯車となった。コンビニバイトで学費を払う貧乏大学生、その名はスズキ・アオイだ。

 単に、どこにでもいそうな平凡な名前を選んだだけだ。

 何しろ、向こうの世界の人間はみんな短命だ。その上に文化、文明の変化も目まぐるしかったから、同じ姿で同じ名前を名乗るのは不自然過ぎた。

 だから人間と同じように数十年おきに死んで、別の人間に生まれ変わる。もちろん、その都度名前も変えていた。


 まぁ――――。

 何をしても、あいつにはバレてたが。



 どっちにしろ、人間の社会とまともに交わった時間なんて百年にも満たない。

 俺は向こうの世界でのほとんどを「修行」に費やした。

 学生もコンビニバイトも、異常そのものだった「修行」から社会復帰するためのイニシエーションだった。



「君たちと改めて顔合わせしたい。まず、俺は魔王だ。名前は……、そうだな、もう以前の名前は名乗りたくないからアオイとする」

「ははっ。アオイ様、すばらしい御名でございます」

「世辞はいい。普段は適当に呼べばいい。それで…、皆の紹介も頼む」

「ははっ!」


 とりあえず、俺の記憶はだいたい戻った。

 戻ったけど、こっちの世界は五百年ぶり、ザワート大公国なんて当時はなかった。


 五百年前も男だった…という問題はさておく。



「我はザワート大公国の左大臣、レン・カイクと申します」

「同じく右大臣、ハルキ・デンテーです」

「同じく天威大将軍、リオ・サカイでございます」

「そ、そうか」


 公国の体制がどうなっているのか知らないが、肩書きを聞く限りは国のトップとしか思えない三人だったらしい。

 ただ、いろいろ違和感がある。


「君たちはどうやら大公国の重臣のようだが、重臣にしては若くないか? 全員が女なのも気になる」


 三人の名前が、妙に今風なのも引っかかる。

 そう、あっちの世界の今風だ。俺のアオイがそうだったように。


 すると、レンが代表して答えた。

 男装の麗人という黒いスーツ姿のレンは、俺には劣るがかなりの美形でスタイルもいい。

 中出ししてから確認することじゃないと思うが。


「ザワート大公国は、あらゆる種族の差別を許さず、奴隷も禁止、そして言うまでもなく男女の違いは考慮されません」

「その結果がこれだということか? 女三人が固まったのは偶然なんだな?」

「いえ、それが…その……」


 なぜか口籠るレン。困った表情は普通に可愛いので眺める分には悪くないが、返答が難しい質問ではないはず。

 まさか世襲の無能とバレるのがマズい? 言いたくないが、かつての俺は王としては無能の極みだったんだぞ?



 その時、別の誰かの気配が近づいて来た。

 気配はどんどん近くなって、そして―――――。


「若様ああああああああああ!!!」

「お前かよ!」


 ダミーのドアが壁ごと破壊され、飛び込んで来たのは血走った目の白髪ジジイ。

 悲しいことに、この場で一番非常識な不審者の顔を、俺は知っていた。

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