3:アオイちゃんはアンチエイジングを知った

 俺は踊る○タ○リ人間になって、側に控えていた名前も知らない謎の男装美女三人組を、抱くこともなく遠隔でアレした。

 股間の聖剣の性能はすばらしく、三人の中に同時に放った…と思う。

 三人とも着衣のままだったから、現物は確認できなかった。


 確認しようとは思ったぞ。

 ゴムもつけていないし、いろいろ責任とかあるし。

 三人はぐったりしながら、事後なのに俺に向かって頭を下げていた。さすがに気まずくなって、枕はないけどピロートークに励もうとしたんだぞ?


 しかし。


 答えを聞く前に三人の身体の周囲は、どろりとした液体に包まれる。

 血が混じったような赤黒い液体は、どこから流れて来たのか分からないけど三人の身体をあっという間に覆い尽くしてしまった。


 で。

 目の前には、赤茶けた巨大な塊が三つ並んでいる。

 いやぁ、もう既に理解したさ。

 ここ、どうやら俺の知る世界ではない。




 それから数分の間は、瞬きも忘れて赤黒い塊を見つめた。

 控え目に言って、そのビジュアルは死を連想させた。

 あるいはエイリアン? 物体X? スライムも本当はこれぐらいグロくて恐ろしいって話だよな?


「あのー……、げ、元気ですかー………?」


 居たたまれなくなって物真似したが、返事はない。

 ただ、三人…だった塊は今もわずかに動いている。たぶん死んではいないのだろう…と考えることにした。

 こっちに襲ってきたりもしない。



「仕方ないな。部屋の中を見せてもらうぞ? いいだろ?」


 いきなり説明役が消えて手持ち無沙汰になったので、部屋の中を探索することにした。

 ちゃんと断りを入れた自分は偉いと思う。

 もちろん返事はない。


 まず、改めて自分の姿を鏡で確認。

 部屋には手鏡とは別に全身鏡があった。その周りにも高そうな調度品が並んでいて、ここが少なくとも金持ちの屋敷っぽいとは分かる。

 ただし、どれも埃をかぶっている。この部屋の主は居住していなかったようだ…と、何度も現実逃避してしまう自分。

 だって、なぁ。


 鏡に映る俺を見て、ため息しかない。

 せめてもの抵抗でズボンを履いた状態だが、絶対に男だったはずの自分の見た目は、脚長爆乳の美女である。

 そう。自分で言うのもバカバカしいけど、とんでもない美女。クールビューティ?、そしてマンガみたいなスタイル。

 カップの中でメダカが飼えそうなブラを装備して、ようやくおさまる双丘。自分なら声をかけるのもためらわれるような姿だけど俺自身。まるで理解できない。


 そう。

 俺は男。

 絶対に男だった…のに、思い出そうとするとあちこち記憶が曖昧になっている。


 昼寝をしていた。

 どこで?


 本当の姿はどうだった? 通っていた大学は? コンビニの名前は?

 自分の名前は…アオイ。それは間違いない。



 あの「慈悲」の辺りから、過去の記憶が薄れてきている。気を抜くと、自分が男だったことすら忘れそうだ。

 絶対にここではないどこかに生きていた。

 というか、塊になってる三人の言い方でも、俺は今までここにいなかったらしいし。


 恐らくは記憶喪失…ではないだろう。

 自分は別の世界から確かにやって来た。そのくせ、三人とは普通に会話ができるし、奇妙なほどにここになじんでいる。

 もしかして、自分はこの世界を知っているのか?

 今にして思えば、俺が本当に昼寝していたのかも自信がなくなってきた。だけどやっぱり、長い昼寝の後に寝ぼけてるのかも知れない。



 気を取りなおして、部屋の調度品を確認してみる。

 装飾過多な机を発見したので、引き出しを開けてみたら、ノートが入っている。


 ………。


 謎の文字が並んでいる。

 なるほど、ここはきっと俺の知る世界じゃなかった。


 でも読めるんだな。何でだよ。



 読めるから読んで情報を得たい、それは当然なのだが、いったん引き出しを閉めた。

 ここがどんな場所なのか把握したい。

 俺はまだ、一つの部屋の中しか知らないのだ。


 この部屋には窓らしきものはなく、高価そうな金属の取っ手がついた扉だけが外に通じているらしい。

 さっそく扉を開けようとしたが、取っ手を握っていろいろ動かそうとしても、びくともしなかった。


「………ダミーかよ」


 じっくり観察して見れば、扉っぽく見せてるだけでただの壁。

 そして、他に出口らしきものはない。どういう部屋なのか分からないが、三人に聞かない限り外に出ることは無理そうだ。

 三人はまだ塊のままだけど。

 さっきと比べて、色が澄んできた。



 仕方がないので、見つけたばかりのノートをめくってみた。


「魔王と呼ばれてしまった男の悔恨の日々…? いきなり直球で嫌なタイトルだな」


 魔王。

 三人が俺を呼んだ名。

 ということは、これを読めば三人が俺を何だと誤解しているのか分かるかも知れない。


「クレーの煮付け。今日で五日連続となった。私はもうあの顔を二度と見たくない」


 しかし、ノートに書かれた内容のほとんどは、彼が食べたもののメモ。それも、同じ魚料理が並んでいて、いちいち不満気に書かれている。

 分かったのは、クレーとかいう魚はまずいというだけ。まるで役に立たないことばかりだ。

 他人に読ませる気がなかったのだろう。日記を盗み読みする自分が悪いと心に言い聞かせながら、さらに引き出しの中を漁る。

 今度は…、皮張りの小さな本が見つかった。

 表には何も書かれていないのでめくってみると、そこには「アンチエイジングの極意」とある。

 とりあえず投げ捨てた。


 ………。

 …………。

 ……………。


 しかし、三つの塊はまだ塊のまま。

 赤茶けた色は完全に消えて、今は巨大な寒天菓子のようにみえる。まさか人体を消化した?

 不安になった俺は、放り投げた本を拾って手に取った。

 とんでもない美貌を誇る――誇ってない――自分にとって、役に立つ内容かのかも知れないから…とページをめくった俺は、すぐに後悔した。


 アンチエイジング。

 なぜか知っている謎の単語は、老化の進行を抑えるという意味だ。

 そして、この本の最初の数ページには、食事の改善などといったそれらしい内容が書かれている。

 クレーという単語もあったから、まずい魚を食べると長生きできると考えていたのかも知れない。


 しかし。


 これはただの隠語でしかなかった。


「アンチエイジングの極意とは、対象の時間を制御することである」


 控え目に言って、狂ってる。


 中央付近の白紙を挟んで、後半にはただひたすらに時間と空間を制御する魔法のことが記されている。

 複雑な計算式がいくつも並んでいて、魔法というより数学だ。

 自分のような人間にはとても理解できない領域だと………思うつもりだったのに、なぜか分かる。頭にすっと入ってくる。

 そう。

 まるで、これを記したのが自分自身であったかのように。


「う…」

「こ、これは……」


 その時、背後から声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこにはドロドロの液体が流れ落ち、全身ローションまみれのような三人が現れていた。

 とりあえず、さっきと同じ服装で、顔つきなどにも変化はない。


「お前ら、食われたんじゃなかったのか」

「……へ、陛下。その……、何が起こったのかは」

「自分が自分でなくなる、そんな気分でした」

「そ、そうか」


 一番奥にいた女が、恍惚とした表情でポエムを口にした。

 相変わらず欲しい情報を語らない奴らだ………と。


 妙な感覚が。



「………お、俺はコンビニ帰りだったはずだ」

「陛下?」


 激しい頭痛とともに蘇ってくる記憶。

 そのあまりに膨大な量に気絶しかかるが、すぐに意識を取り戻す。


 そうだ。

 これはトリガーだった。

 信頼できる配下を得た時、俺は預けていたすべての力を取り戻すのだ、と。


「陛下。………改めまして、御復活おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「いや…」


 「昼寝」前の記憶は確かにコンビニバイト。

 だが、それはあの世界での長い旅路の果てでしかない。


「俺は今ようやく成ったんだ。間違えるな」

「はは! ご、ご誕生おめでとうございます、我らが魔王様!!」






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 かつての城跡に作られたキャンパス。学生が行き交う西門前の通り、その建物の前には、数日の間は人だかりができていた。


「誰も気づかないんだー」


 前衛芸術のように、中央がえぐれた奇妙なアパート。

 無数の人間が目撃していたはずなのに、誰もその光景がいつ出現したかも、以前はどうだったのかも覚えていないという、二重三重の怪奇現象。

 近くの大学生たちも、面白がって撮影しては拡散した。


 とは言え、慣れてしまえば、ただのボロアパートだ。

 急速に人々の興味を失い、今はもう話題に出す者もいない。



 ――――――ただ一人だけを除いては。




「ボクももう、我慢しなくていいんだよね?」



 過去の記録すら消し去った「怪奇」現象。

 すぐにもう一つの現象が生じたが、二度目は誰一人気づくこともなかった。







※冒頭のみ微修正

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