【一幕 第一話 新たな心臓】

(ここは、どこだ……?)


 水の中を揺蕩うクラゲのような感覚で、イサリは見知らぬ空間にいた。


(そうだ。俺は確か、死んだはず)


 断片的な記憶が脳裏に浮かんでくる。

 誰も守れなかった。自分だけが最後まで生き残ってしまった。

 なのに、結局は恨みを晴らすこともできず、返り討ちに遭って自分も死んだ。


(これが死後の世界なら、みんないるのかな)


 そう思って周囲を見回すも、どこまでも何もない空間が広がるだけだった。

 イサリはあることを思い出す。


(みんなを守れなかっただけじゃない。俺は姉ちゃんも悲しませてしまった)


 彼には姉がいる。

 姉の知らないところで自分が死に、後々警察から報告がいったらさぞかし悲しむだろうと。

 そんな姉の姿を思い浮かべると、イサリは申し訳なくて仕方がなかった。

 姉は両親が死んでからイサリの親代わりとしても育ててきた。


(何も恩返しもできていないのに……。俺はいったい何をやってるんだ)


 目の前が真っ暗になる。

 このまま意識がなくなっていくのだろう。

 そう思っていた時だ。

 どくん、どくんと心臓が熱い。


(なんだ、これ。胸が熱い)


 胸の熱さと同時に光が空間に現れた。

 ゆっくりと目を開くと、目の前には巨大な太陽のような光があった。

 熱く、力強い光にイサリは思わず手を伸ばす。

 光は筋を伸ばしてイサリの腕を伝い、彼の心臓へと流れ込んでいく。

 心臓を起点にして、全身に何かとんでもなく強力なものが巡る感覚、火照る体に力を込めてイサリは叫ぶ。


「くっ、うあああああああっ!」


 そうして、イサリは光に包まれた。


 ◆


「う、うぅ……」

「良かった! 気がついたんだね!」


 イサリが目を覚ますと、木にもたれかかっている状態だった。

 そばにいたのはエマンと呼ばれていた青年だ。


「俺、死んだんじゃ……」


 そういうイサリにエマンがある場所を指差した。

 心臓の部分を指さしていたので、視線をそこへやると橙色に輝く鉱石が埋め込まれていた。


「な、なんだこれぇー!」


 驚くイサリ。

 勢い余って立ち上がるも目眩でふらつく。


「危ない」


 すかさずエマンがイサリを支えた。

 ゆっくりとエマンに誘導されながら再び地面に座る。

 イサリは、自分の身体によく分からないものが埋め込まれている事実を、気にせずにはいられないが、それよりも友人たちがどうなったか思い出す。


「みんなは? 俺の友達はどうなったんですか?」


 エマンが悲しい表情で自分の背後をイサリに見せた。

 そこにはエマンが移動させたのであろう。

 イサリの友人たちの遺体が並べられていた。


「あ、あぁ……。あぁぁぁああぁぁぁっ!」


 イサリは涙を流して絶叫する。

 自分だけが生き残った負い目もあった。


「すまない。僕の力が及ばなかったばかりに」

「あんたたちは何なんだ? いきなり現れてこんな……」

「説明させてくれるかい?」


 イサリは友人たち一人一人に触れていき、ごめんと謝罪した。

 そして、涙の痕を残しながらエマンを見据えた。


「僕は、君も見たあの男。コーバックという敵を追って《この世界》にやってきた」

「この世界にって、まさか、あなたは異星人ってこと?」

「厳密には違うけど、そういう解釈で構わないよ」


 エマンは説明を続ける。

 先ほどの戦闘で、コーバックの攻撃はイサリの心臓を貫いた。

 別の星の人間を巻き込んでしまい、自分の目の前で誰かに死んでほしくない。

 本当なら全員を救いたかった。

 けれど、他の三人は既に絶命していて手の施しようがなかった。

 唯一、まだ息が合ったイサリだけ可能性があった。

 そう思ったエマンは、自分の武器である《スターブランド》から、とても大切な核を取り出して、イサリの心臓のあった位置に埋め込んだのだ。


「俺に、武器の核を埋め込んだ? そんなことで生き返るの?」

「僕の武器である星槍スターブランドは、僕のいた世界の星が生み出した武器なんだ。核には星が誕生してから蓄えられてきたエネルギーを凝縮した鉱石――《マヴェディーシ》が使われている。途方もないエネルギーだ。もしかすればと賭けに出たが、無事賭けに勝てて良かったよ」


 エマンの話を聞いていて、イサリはさっきまで見ていた夢のことを思い出す。

 夢の中で見た太陽のような力強い、温かな光。

 あれはもしかすると、マヴェディーシの光だったのかもしれない。

 そう思いながらイサリは自分の胸に埋まっている鉱石に手を当てる。

 どくん、どくんと心臓のように脈打つ。

 もう人じゃなくなってしまったのかとなんとも言えない気持ちになる。

 が、とりあえず、イサリはエマンに感謝を述べた。


「感謝されることなんてないよ。巻き込んでしまって本当にすまない」

「助けてくれたことには感謝します。ただ、自分だけが生き残ったのが許せない」

「それは君のせいじゃない。すべてコーバックが悪いんだ」


 エマンの口から発せられたコーバックという名前。

 それが、自分たちを悲惨な目に遭わせた存在なのだと認識すると、イサリの心に沸々と怒りと憎しみの感情が湧き上がってくるのだった。

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