星烙スターブランド

うとなぴ/あしゆ

【序幕/星降る夜に命は散った】

(ああ、死んだな。これ……)


 意識が遠のいていく。

 世界にスローモーションがかかったみたいにゆっくりと時間が流れている。

 誰かの言葉が俺の耳に届く。

 けれど、まるで水の中にいる時のように音がこもって聞き取れない。

 誰かが近づいて来る。

 腕に触れられているようだが、その感触も曖昧なものだった。

 だが――。


(熱い、熱い、熱い……胸が。なんだ、これ。熱くて、痛くて――)


 それ以上の思考をしようにも、俺の意識は保たず、暗闇の中へと溶けていった。


 ◆

 遡ること三十分前――。

 奈良都塩名市。東台山。


「ねえー、まだなの?」


 ピンク色の髪に薄着姿の理恵が手で顔を扇ぎながら悪態をつく。


「あと少しや。な、イサリ」


 言って、タンクトップ姿の少年吉良が俺に笑顔を向けてきた。


「うん」


 俺は手で合図しながら山道をしっかりと踏みしめていく。


「大丈夫?」


 自分の少し後ろを歩いている黒髪の少女――法子に声をかけながら手を差し出した。


「こんなところに本当にイサリ君の言う場所があるの?」

「ああ。みんなに一番綺麗な光景を見てほしくて」

「それって今日だけなのよね?」

「百年に一度だって言われてるから。これを逃せばたぶん、もう二度と見られないはずだ」

「オレらも来年には卒業だし、いい記念になるわな! ほれほれ、へばってへんで、ちゃきちゃき歩き!」


 ピョンピョンと跳ねながら吉良が言う。まったく元気なもんだ。


「なんでそんな元気なのか意味不明すぎ……」


 そんな彼を見て、理恵はやれやれと、首を振った。


「ふふふ。確かにしんどいけど、私はみんなで一緒にこうしてるの好きだな」


 俺たちは談笑しながらついに、目的地のスポットにたどり着いた。

 そこは、本来の登山道からは外れた場所にあり、俺が天体観測をしていた中で見つけた穴場だった。


「うわ~、絶景じゃない!」

「ほんま、ここまでやとは思わなかったわ。ええ場所見つけたやないかイサリ!」


 こういうところは気が合うのか、吉良と理恵は大いにはしゃいでいる。


「イサリ君の星好きが導いてくれたんだね」

「そう言ってくれると連れてきたかいがあるよ」


 法子の言葉が素直に嬉しかった。

 思わず笑みがこぼれる。

 俺はポケットから携帯デバイスを取り出して時刻を確認する。

 午後七時四十七分。百年に一度の流星群まであと二分だった。


「せや! カウントダウンしようや!」

「やーよ。恥ずかしい」

「なんでやねん! オレらしかおらへんやないか!」

「私も恥ずかしいな」


 理恵に続いて法子も頬をかきながら言った。


「お前だけやればいいよ」


 彼女に合わせるように俺も吉良に告げる。


「おいおい、イサリまでかい! みんなノリ悪いやろ~」


 そうこうしているうちに流星群の時刻になった。

 誰が言うでもなく、俺たちは夜空を仰いだ。

 満天の星々が煌めく中、一つ、また一つと星が流れていく。

 騒いでいた誰もが言葉を発せずにいた。

 それほどまでに流星は美しい光景を世界に見せた。


「この光景は最後かもしれないけど、みんなとはずっと集まったりしたいね」


 ぼそりと、法子がつぶやいた。


「うちら親友だからいつでも集まれるわよ!」


 法子に抱き着きながら、満面の笑顔で理恵が言った。


「せやせや、いつでも。何ならまた明日でもええしな!」

「アンタのことは親友カテゴリーに入れてなんだけど」

「はあ!? イサリさん、理恵があないなこと言うてるで。どないする!」

「ちなみにイサリは親友カテゴリーよ」

「だってさ」

「なんでやねん!」


 笑い声が響く中、法子が気づく。


「ねぇ、何かしらあれ」


 夜空に大きく亀裂が走った。

 亀裂は次第に広がっていき、中から二つの大きな流星が地上へと降ってくる。


「おいおい! こっちに来るで!」

「みんな逃げろ!」


 全員が山を下りようと踵を返した。

 しかし、二つの流星は俺たちの予想よりも早く大地に着弾したんだ。


「うああぁぁあぁぁぁっ!」

「きゃあぁぁああああ……!?」


 ミサイルが撃ち込まれたかのような爆風が俺たちを襲い、吹き飛ばした。


「っ、く……」


 俺は割れそうな頭を何とか働かせようと必死になる。

 全身が悲鳴を上げていた。

 目を開けると木々は折れ、草花は焦げ散り、自分といえば頭や腕から血を流していた。


「みん、な、は……」


 痛む体に鞭を打ち、友人たちの安否を確認する。


「そん、な――」


 俺の目に入ったのは折れた木と木に挟まれ、体を半分潰された理恵の無残な姿だった。

 そんな彼女を守ろうとしたのだろう。

 吉良が片腕を吹き飛ばされた状態で痛みにもだえていた。

 俺は動揺しつつも、さらに周囲を見渡す。

 彼女が、まだ彼女が見つかっていない。

 最悪の事態を考えた、すっと自分の肩に手が置かれたことに気づいた。


「イサリくん、だいじょうぶ!?」

「法子さん、よかった。無事だったんだな。怪我はない?」

「転んで腕とか打ったけどわたしは平気。イサリくんの方が血、出てる……」

「平気だ。けど……」


 イサリが視線を向けた先、彼女がつられて見てしまう。


「え、嘘……。いやぁぁぁぁっ!」


 取り乱して絶叫する。

 当然だろう。たった今まで楽しくしゃべっていた。

 これから先もこうして集まっていこうと約束していた。

 なのに、もうそれはできない。


「どうして、どうして!」

「見るな。とにかく、早く逃げよう!」

「でも、でも……」

「逃げないと駄目なんだ! このままじゃみんな死んで――」

「そうだ。貴様らは全員ここで死んでもらう」

「え……?」


 いつの間にか、《それ》はそこにいた。

 闇夜の中、蒼穹に光る相貌がイサリたちを捕捉していた。

 波打つ灰色の髪。両腕には発光した円陣のようなものがあった。

 プロジェクションマッピングを投影しているのか、はたまた俺が好きなファンタジー小説に出てくる魔術士のように魔術陣を展開しているようにも見えた。

 男は懐から手のひらサイズの機械を取り出すと、それを俺たちに向けた。


(まずい。何だか知らないけど、このままじゃ死ぬ!)


 本能が警鐘を鳴らしていた。

 俺は法子の手を握って逃げようと試みたが足が動かない。


(どうして!? ビビるな!)


 握る手から彼女の震えが伝わってくる。

 動け、動け、動けと頭の中で繰り返し、自らの心に訴える。


「我が糧となれ。魔導機プレイガ、エンゲージ」


 灰色の男が持つ機械が怪しい光を放ち始める。

 その時だ。


「させるか!」


 白き閃光が灰色の男に激突した。

 俺たちの前には星のように煌めく槍を持った青年が立っていた。


「ちっ、エマンよ。ここまで来てまだ余の邪魔をするか!」

「当たり前だ。僕はお前を倒すために今日まで戦ってきたんだ、コーバック。この機会を逃すわけにはいかない!」

「この異邦の地で我らが争ったところで意味はなかろう。協力する未来だってあるかもしれんぞ」

「そんなものは――ないっ!」


 エマンと呼ばれる青年が灰色の男――コーバックを薙ぎ払った。


「づっ、ぐおっ!?」


 コーバックはエマンの攻撃をガードするも、威力を殺し切れず、大きく吹き飛ばされた。

 その隙に、エマンが俺たちのもとへ駆け寄る。


「君たち、大丈夫かい?」

「は、はい……」

「奴は僕が引きつける。その隙に逃げるんだ」

「やらせはせんぞ!」

 コーバックの声が聞こえた刹那、法子が突如として宙に浮かんだ。


「いや、いや! イサリくん!?」

「待ってくれ!」


 コーバックが何かしらの術を使って行っているのが見て分かった。


「その子を離せ!」

「貴様はどこまでも甘いなエマン。こうして人質を取れば途端に動けなくなる」

「その子のエネルギーを奪うつもりか? だが――」

「ああ。貴様の《スターブランド》によってその機能は無効化されている。だからなんだ? 貴様を動揺させ、隙を生み出すことなど容易い」


 魔術陣の展開された腕をコーバックが捻ると、法子の周囲にも同じような円陣が浮かび、彼女の身体をねじっていく。


「やめてくれ! 頼む! 誰か、誰か助けてくれ!」


 悶え苦しむ声が痛々しい。

 俺は必死に、やめてくれと叫ぶ。

 叫ぶことしかできなかったんだ。


「コーバック!」


 エマンが走り出す。

 コーバックの攻撃が完了する前に彼を止めようと、およそ常人には出せない速度で移動するも、エマンの移動よりも早くコーバックの攻撃は完了した。


「イサ、リ……くん。だい、す――」


 ぐしゃりと、人間が生きていて出すはずのない音を上げて法子は絶命した。

 血がドバドバと地面を濡らす。

 コーバックはゴミを払うように法子をエマンに向かって投げ飛ばした。

 法子を辛うじて受け止めるエマンにコーバックは追撃を仕掛けた。

 エマンはすぐさま法子を地面に寝かせて槍を構える。

 術と槍の猛攻が夜の山で響き渡る。

 火花が散り、闇を照らす。

 俺は、何も考えられず、ただ法子の遺体を見つめるしかできなかった。

 両目から涙を流し、ふと吉良の方を見ると、彼は理恵に寄り添いながら静かに息を引き取っていた。


「あ、あぁ……。ああぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!」


 絶望が心を埋め尽くしていく。

 みんな、みんな死んでしまった。

 なぜだ。自分が流星群をここで見ようと言ったからか?

 ただ、思い出を作りたかった。みんなと幸せな日々を過ごしたい。

 そんなささやかな願いだったはず。それを――。

 怒りと痛みが激しくぶつかり合い、俺の心を食い破ろうとしていた。


(許さない……。絶対に――)


 立ち上がる。

 拳を握り、コーバックを見据える。


「許さないっ!」


 言い放つと同時に、俺は駆け出した。


「《サイコパイレート》!」

「うあああぁぁぁぁ!?」


 赤黒いエネルギーの渦がエマンを包み込んだかと思うと、次の瞬間、大地に叩きつけた。


「さぁ、エマン。余と貴様の因縁もここまでだ。死ね!」

「コーバック!!」


 倒れているエマンを横切り、俺はコーバックに殴りかかる。

 しかし、敵の顔に拳が直撃する前に攻撃は止められた。


「唯一、生き残れたというのに自ら命を無駄にするとは愚かだな」

「許さないぞ。お前はみんなを奪った。あんな酷い死に方なんてする必要なかったんだ。許さない。お前を絶対に――許さない……っ!」

「立派な怒りだが、貴様には誰も守れない。力なき者でしかない哀れな少年よ、無様に果てるがいい」

「やめろ! コーバック!」


 エマンが動くよりも早く、コーバックの魔弾は無慈悲に俺に向かって放たれる。

 ただの人間がそんなものを防げる手段など持っているはずもなく、魔弾は俺の心臓を撃ち抜いた。


(ああ、どうして俺は……誰も、救えずに……ごめん。ごめん、ごめん……)


 こうして、俺――水波イサリの命の灯は消え去った。

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