舞台袖の決意

 ギター、マイクはちゃんとある。音響設備も文化祭で使う規模の物では無い高価なものが、プロのセッティングで置かれている。雪奈の出身様々だ……なんて、つい先程別れた少女に心の中で五体投地をしながら、書いてもらった曲の歌詞を眺める。

「……やっぱ、この歌詞好きだわ」

 俺だったら絶対に書かない、それでいて俺の事を分かっている物。雪奈から俺はこんなふうに見えているなら、もっと自分の話をしてくれてもいいのにな、なんて。物理的に不可能に近いことを考えつつ、ギターの調子でもみようとし――

「おや、もう歌詞はいいんですか?」

「……おっさん、ここ関係者以外立ち入り禁止なんすよ、一般客はあっちに別の入口があって」

 背中に視線を感じ、振り返れば長身で見覚えのない男性が、にこにこと歌詞の書いてある紙へ視線を向けていた。

……口調が荒くなったのは俺が書いて貰ったものを勝手に見られたからでは無い。決して。

「あぁいえ、分かっていますよ?私関係者ですから。」

「へ?教師……じゃないっすよね」

「……姪からはまだ何も聞いていないようですね、すみません。それなら不躾な真似をしてしまいました。」

 姪?と頭にはてなを浮かべていると、丁寧に名刺を差し出してくるので、受け取る。そこには「color industrial 代表取締役」の文字。つまり、

「……雪奈の、叔父さん?」

「正解です。彩色さいしき しゅうと言います。どうぞ隼さんでも、おじさんでも、好きに呼んでくださいね。」

 疑問形で聞けば、にっこりと微笑みを向けられるも、まずった、と背中に冷たい汗が伝う。つまりは、大企業の社長相手に、―しかも一介の高校生のために無償で機材を貸し出してくれた―タメ口で、不機嫌そうに返してしまったということになる。

「すいません!!俺、そうとは知らず……あ、俺は響也聡って言って……」

「いえいえ、知っていますし、大丈夫ですよ。それよりも、その歌詞は姪が書いたものでしょうか。」

「え、あ、はい。どうぞ、?」

 隼さんは俺の不敬よりも姪が作ったものに興味があるようで、受け取った紙を興味深そうに眺めていき、満足そうにうなづいた。

「さすが雪奈。また腕を上げたんですね。やはり今度のパーティには顔だけでも出して貰わなければ……」

「パーティ……金持ちってすげぇ……」

 顔だけでも出して貰うということは、金持ちの親戚がでかい船に集まって社交界がどうとかやるやつだろう。ラノベでしか見ない展開だからよく知らないが、雪奈が苦手と言っていたのはこれが理由かぁ、でもそこに関しては俺じゃ助けれんな、都々も意味ないだろうしどうにか出来ることを探そうと唸っていると、隼さんは不思議そうにこちらを見てくる。

「何を言っているんですか、貴方も来るんですよ?」

「……はっ、?え、いや俺一般人ですよ」

「一般人でも招待状を持っている人間なら一人連れを呼ぶことが出来るんですよ。……姪に言ったのですが、聞いていませんか?」

「初耳っすね……」

 多方、雪奈のことだから忘れていないし、なんなら俺に迷惑がかかると思って言っていないだけだろう。実際驚いたし、なんで俺が呼ばれるのかもわからん。ちょっと音楽を齧っているだけの普通の高校生だ。彩色の家のお眼鏡にかなう物はなにも――って、あぁ。

「絡繰人形と生身の人間が同時に歌うデータが欲しいんですか?」

「話が早くて助かるよ。もちろんパーティじゃなく、うちの会社に来てもらうことも出来るんだが、君は彩色の人間に少し話をするだけで、専門家の音楽についての話を横から聞けるという権利を持てるというのは中々魅力的じゃないかい?もちろん、美味しい料理付きでね。」

 見るからに罠のような飴玉をちらつかせられるが、それだけのために俺を呼ぶにはこっちのメリットがでかすぎる。他に、俺がいないと出来ないことがあるとすれば。

「……俺が行く気にならないと、雪奈がパーティに出席しない?」

 呟けば、隼さんの口角が上がる。でもなぁ……本人が嫌がっている所に俺が行きたいってせがんで行かせるのってどうなんだ?俺別にあいつの友人で親友で相棒なだけで彼氏じゃないし。下手に親戚づきあいで結婚すると思われても面倒そうだな、なんて思ったのが顔に出ていたのか、更に逃げ道を塞がれる。

「本当に嫌なら、今回機材を貸し出した代金をパーティに出席をすることで無償にする、でもいいですよ?」

「……ちなみに、出席しないのなら?」

「そうですねぇ……貸し出しと言えど、最新鋭の機材ですから、親戚価格で6桁でしょうか」

「それが大人のやり方っすか……ったく……」

 悪い雪奈、これ以上悪い条件吹っ掛けられるくらいなら今行った方がいい。なんて一人でつい先程五体投地した相手に心の中で土下座をしながら謝り、首を縦に振る。

「いい返事が聞けてよかったです。よろしくお願いしますね、聡くん。」

「わかりましたよ……てか、雪奈が嫌がる集まりってなんなんすか。」

「嫌がる、と言っても元凶である愚弟……んっ、失礼。彼女の父親は排除してあるので大丈夫だとは思いますけどね。」

 最初何とか誤魔化したけど、排除って言ったなぁ……たしかに都々も雪奈の父親を毒親と言っていたし、相当な人なのかもしれない。まさか失声症の原因もそうなのか、と思考を進めたところで頭を振り、疑問を捨てる。本人から聞いてないことを勝手に推測していいわけがない。

「俺はその人のことよく知りませんけど、不安要素がないなら普通に行くんじゃないですか?俺に知らせてなかったのも一人で行く気だったのかもしれないし。」

「まぁ、それでも良かったんですけどねぇ……ただ単純に、親戚や部下たちに見せたいという気持ちに気づかれてしまったのかもしれませんね。彼女は極力目立つことを嫌いますから。」

「見せる、というと、?」

 聞けば、隼さんは大人の仮面を外し、宝物を見つけた少年のように、無邪気に言い放った。

「勘当した一族の娘は、こんなにも才能を持って、次世代を担っていくのに、私たちはこんな宝石をあのバカのせいで手放してしまったのですよ、とね」

 この人は、雪奈の価値を正しく理解しているのだろう。そして、そのために俺が文化祭という小さい枠でも史上初のことをして、功績に加えておきたいのだろう。如何にもな大人の思考と、子供のような家族を愛する何かがそこにあるのなら、俺も協力できる気がする。この歌で、色んなものをくれた雪奈の力になれるなら、

 

「……分かりました。なら、最初は、俺と都々の力をそこで見ていてください。」


震える足を奮い立たせ、目の前の大人に負けぬよう、虚勢を張った。 

 

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