想いを繋ぐには
「(体育館って、こんなに人入るんだな)」
最初に思い浮かんだのは、単純にそれだった。特段緊張はしていない。まぁあんだけ啖呵切って震えてたらかっこ悪いしな、なんて思いつつ、都々の入ったスマホを設置していたソファへ投げる。
「よぉ、坊主。ひよって逃げるかと思ってたのによく来たな」
「元々そんな予定はなかったが、お前を前にしたら尚更、そんな事できねぇよ。」
体育館にいる人がざわつく中、いつも通りの軽口をホログラム相手に叩く。
目の前に映るのは、体育館の舞台には不釣合いな深紅のソファとそれに満足に腰かけるホログラムの少女、「五風十雨 都々」の3D投影された姿。いつも以上にふわふわとした白髪は笑う度にゆれ、ファンサをするように客へ向けて真っ赤な瞳がウィンクを放つだけで熱気が増える。
いつもと違うのは、俺に合わせてうちの高校の制服を着ているところだった。なぜそんな現実離れした姿で制服に豪華なソファという構図が似合うのか不思議でしかない。なんて思いながらもギターを持ち、都々が座っているソファの手すり部分に腰掛ける。
「んー、まぁいいや、私優しいから?一緒に座るのを許してやるよ」
「へぇへぇ、ありがとうございます。……やるぞ」
俺が真剣な目で言っても都々は何も言わないどころか目線で早くしろと促してくる。これだからAIは……もっと過程を楽しむとかそういうのはないのかと思いながらも息を吸い――
「"果てなき荒野のようなこの世界で、僕は人足り得るだろうか"」
「"ねぇいつか、想いを支え合う仲間がいるのなら"」
「「"僕らが手を取り合えば、囁かなMusic 夢なんかじゃなくなるよ"」」
「(過去一で声が伸びる。指も動く、都々の力だけじゃないだろうし、俺の力だけでもない。……雪奈、お前すげぇよ)」
それは、誰だって持っている祈りに近い悲しい運命。ひとりでいいなんて思って、なんでも出来るなんて思い上がることすら才能が居る。大人になるに連れて、声を出すことすら勇気がいるから。
「"違う世界で生きていようが 声を張り上げて"」
それを超えて、見つかる世界はもっと綺麗なものだって、誰だって信じたいから。こんな物騒な世の中で、それを考えるのにもまた勇気がいるから。
「(届けたい)」
もっと、もっと声を張り上げて。お前の分まで、歌うよ。わかってるよ、お前が一番歌いたいんだ。
だから、こんな歌詞を書く。託すんじゃなく、それが元々の願いだったように、俺の気持ちに載せて。俺は、お前の声を聞いてみたいよ。なんて、
「"恋なんかじゃ形容したくない"」
「"違う想いだから奏られる"」
なんで歌えなくなったんだろう。なんで、日常会話すら出来なくなってしまったんだろう。そんなことを試行錯誤するのすらお前に失礼だから、俺はもう何も考えないけれど、
「"夢を叶えようなんて在り来りな言葉で終わろう"」
「「"果てなく続く未来で、僕らだけの夢を"」」
夢を見続けることは、きっと許されるよ。なんて、
気づいたら歌い終わって、満足そうな都々の顔と、泣いているように見える雪奈の顔を見て、ただマイクを振り上げた、その瞬間。物凄い歓声が俺たちを襲った。
みんな笑顔で、俺や都々の歌声、曲の事を興奮したように話し続けている。ただ、雪奈が本当に泣いているのなら。
「(いかねぇと)」
ギターをすまんと思いつつ立てかけ、マイクはもはやそのまま持って、走り出す。
「おい響也どこ行くんだよ!ここから打ち上げいくか?」
「悪ぃそれはまた後でな!雪奈見なかったか!?」
「は?彩色さんならさっき出て言ったけど……まさかお前、告白か?」
色恋沙汰大歓迎と言うように茶化してくる同級生や先輩をどかして走ろうとするも、キリがない。今ならまだ間に合うのに、これ以上離されてどこかに行かれたら分からなくなる。
「ねぇねぇ、最近彩色さんと一緒に帰ってたのって準備だけじゃないってこと!?」
「うわ、マジかよ俺彩色さん狙ってたのに」
「……あ?」
焦りながらもどうにか走り抜けようとしても、その声だけはきっちりと俺の耳に残る。
「分かる、彩色さん話せないだけで美人だよな、てか聡がそんな焦ってるってことはフリーってことか?今から告って――」
「ふざっけんな!!」
気づけば、手に持っていたマイクで叫んでいた。キーンとハウリングが鳴り、皆が耳を抑える中、追い討ちのように叫ぶ。
「彩色雪奈は俺が最初に見つけたんだ、手出すんじゃねぇよ!いいな!!」
怒りのままそう言い、近くにいた悪友へマイクを投げる。
「響也!?っぶな、これ高ぇマイクってただろ!!お前まじでどうした!?」
「ナイスキャッチ!後で説明する!とりあえず今から雪奈んとこ行くから!!」
それだけ言い残し、走った。
ステージが成功したことよりも、雪奈に笑っていて欲しかったから。
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