蚊帳の外

「響也の出番午後からでしょ?それまでひとりで大丈夫?誰か午後シフトの人連れて行っても……」

 

 心配して話しかけてくれるクラスメイトに軽く首を振って、都々の入ったスマホと財布だけ持ち、教室から出る。

 文化祭という言葉通り学校内はお祭り騒ぎで、心が浮き立つのと同時に耳が痛かった。本当はクラスの手伝いをした方がいいのだろうけど、如何せん私は声が出ないから、店内BGMを作成したり、一人暮らしで少しだけできる料理のアイディア出しを手伝ったりする程度で、当日は特に仕事もなかった。

 

「(響也くんは大丈夫でしょうし、どう時間を潰しましょうか。)」

 

 彼と都々が歌うのは設備の関係上お昼休憩後の初手……のはずだったのだが、ゴリ押しして最後のトリを貰ったらしい。彼はたまに突拍子のないことを言い出してそれを実現してくるのだから面白いなぁと考えつつ、きゅっと傷んだ胸を抑えて、甘さと塩気が混ざったお祭り特有の匂いがする方へ足を運ぶ。

 

「(なるべく空いていそうで、スマホで受け答えしてもらえるところは……)」

 

 そんな思考とは裏腹に、さすがは都市部の大きな高校。どのクラスの出店も賑わっている。クラスの人に着いてきてもらうべきだったか、でも迷惑をかけるのも申し訳ないですし、と思っているとスマホが光り、見知った白髪の少女が、合成音声できゃっきゃと騒ぎ出す。

 

「雪奈、何食べるよ?俺はチョコバナナと綿菓子と――」

 

「"さすがに叔父様の技術でも味覚は習得出来ないのでは"」

 

 ちぇっ、と拗ねた声を出しつつ、それでも興味津々なのか都々が色々なものを見られるようにゆっくり歩いていると、響也くんが軽音部らしき人と話しているのが見えた。話しかけない方がいいでしょうね、と直感的に思いつつ、気になって影になる部分で足を止める。

 

「すんません、先輩。手は借せないって話だったのに設営手伝ってもらっちゃって……」

 

「いやいや、あの彩色の最新式を触らせてもらえるって言うならこのぐらい大したことねーよ。いいなぁ……俺らもこれでやりてぇ……」

 

「一応俺の連れが彩色の人間らしいっすからね、来年なら話しときますよ。」

 

 何の話だろうと思えば、私、というか私の叔父が貸してくれた音響機器の話しらしかった。たしかに、ほぼチームのようなものとはいえ、響也くん1人に貸すのはずるかったか、と罪悪感に駆られていると、都々の視線が不思議そうに2人と私の間を交差している。話しかけないのか。と目線が言っているが、それを無視して彼らとは反対の方向へ不自然じゃないぐらいの速度で走る。

 

「……変なの」

 

 ぽつりと呟いた都々の声は、お祭り騒ぎで消えていった。


 体育館の方へ進むに連れて、出店もまばらになってきて、先輩方が緩く部活動でしているのであろう個性的な出店が多くなってくる。集客と言うより自分たちでしたいものをやっているのだろう、笑顔が絶えない。ここなら注文できるかな、と何故かドーナツをハンバーガーのバンズにしてしまっているお店に足を運び、都々へ文字を打ち込んで話してもらう。筆談でもいいのだが、気づいてもらえるか不安だから、飲食店ではよくこうしていた。

 

「すいません、注文いいっすか」

 

 突然聞こえたぶっきらぼうな合成音声にきょとんとされてしまったが、女性の先輩と目線が合う。

 

「あ!一年生の曲作ってる子だよね!?みんな、有名人の子だよ!」

 

「(……有名人、?)」

 

「わっ、ほんとだ!彩色ちゃんだよね!」

 

「今日のトリで歌う子に曲作ったんでしょ!?すごーい!!」

 

「あ、あー、雪奈は喋れねぇから落ち着いて……」

 

 都々が収拾させようとしてくれるが、こうなると完全に目立ってしまう。私は話せないし、その代わりに合成音声が話しているしで周りがこちらを見始め――とんっと、両肩に手を置かれ、振り向く。

 

「よぉ、雪奈。困ってるのか?」

 

 この一ヶ月で見慣れてしまった少年が、くしゃくしゃと頭を撫でてくるのに、うなづく。

 

「えーっと、何食べたいんだ……ってなんだこれ、ハンバーガー、なのか、?」

 

「"みたいです。さすがに気になって"」

 

「へー、俺も食べよ。どの味頼もうとしたんだ?俺これにするけど」

 

 指先に書かれていたのはチーズがたっぷりとかかったもの。それも美味しそうだな、と思いながら、おすすめと書かれた辛味チキンのハンバーガーを指さし、ついでにレモネードも指す。

 

「ん、了解。先輩方、こいつが困ってるんで注文いいですか。」

 

「あっごめんね、ご注文をどうぞ?」

 

「はい、んじゃ――」

 

 響也くんが手際よく注文してくれる横顔をぼんやり眺めていると、いつの間にかハンバーガーとレモネードが私の手に収まっていた。

 

「……」

 

 それはいいのだが、両手が塞がってしまったためスマホが持てない。胸ポケットに入れたスマホからもごもごと都々が話しているが、かなりきついことになってしまったと苦笑いすると、響也くんが促すように体育館の入口を覆っている縁石へ連れて行ってくれ、座らせてくれる。なんならついでとばかりにスマホまで置いてくれたため、一旦飲み物だけ縁石に置き、礼を言う。

 

「"ありがとうございます。忙しそうだったのに"」

 

「やっぱり居たの雪奈かよ、話しかけてくれてよかったのに」

 

 想定通りそう言ってくれるのに首を振って、ぱくりとハンバーガーを口にする。

砂糖のアイシングがかかったドーナツと辛みのあるチキン、申し訳程度に乗ったレタス。食べる前の想像通り、ハンバーガーを菓子パンで作った、みたいな。あまじょっぱい謎の癖になる味。美味しいと言うよりは不思議が勝つが、なんだろう、ハニーマスタードチキンとドーナツを同時に食べているような……なんて言葉に出来ずに咀嚼していると、目の前にチーズバーガーが差し出される。何事かと顔を覗けば、当たり前のような要求。

 

「交換。俺そっちも食べたいし、雪奈もこっち気になるだろ?」

 

 それはそうだと思い交換に応じて、チーズバーガーにかぶりつく。

 

「(……ほぼ、蜂蜜のかかったお肉入りチーズピザ)」

 

 前に叔父様が食べさせてくれたものに似ているような気がしてこちらも癖になる。というか私はあまじょっぱいもの全て、蜂蜜と塩味の何かでしか表現出来ないのだろうか。なんて軽くショックを受けつつも、響也くんの顔は宇宙猫のようになりながらも咀嚼している。私もおなじ気持ちです、なんて考えながらまた交換して、レモネードを飲んでいると、話しかけられる。

 

「お前さ、騒音というか人混み苦手なんじゃないか」

 

「"家の都合で人混みが苦手というより、ろくな目に遭わない場所という認識ですけどね"」

 

「まぁ言っちゃえばご令嬢みたいなとこだしな」

 

 ふーん、と興味があるのかないのか曖昧な答えを貰いつつ、そんなことは大して気にしていなかったのもあり、彼に渡した曲の歌詞をぼんやりと眺める。

 

「歌詞もえげつないこと書くよなぁ、俺そんな風に見える?」

 

「"彼氏にしたら相当面倒くさいタイプだとお見受けします"」

 

「だよなぁ、それはわかる」

 

 もうすぐこの関係も終わってしまうんだなぁ、それは少し寂しいな。あ、叔父様からの招待状の話してない……いや、やめておこう。

これ以上こちらの事情に関わっても迷惑だろうから、と独りごちてスマホを操作し、見せつけてにっこりと笑った。

今だけは、声を出せないことに感謝する。絶対に、声が震えてしまうだろうから。

 

 

「"楽しみにしていますね、響也くん"」


 

 それをみて、彼は何故か悔しそうにして、私と同じように下手くそな笑みを浮かべた。

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