邂逅
「久しぶりだね、すまない。私が誘ったのに待たせてしまって」
大手百貨店が混在している街の中心部で、高校生にしては大人な格好を着こなしつつ、スマホを見ていた少女に声をかけると、ふんわりとした笑顔で気にするなと言うように首を横に振られ、スマホを此方に向けようとするのを止める。
「いや、大丈夫だ。雪奈、君に気を使わせるために今日は呼んだわけではないからね、ここではなんだし個室のレストランを予約しているんだが、そこでいいだろうか?」
そういうと、愚弟の娘とは思えないほど察しのいい姪は頷き、私の横を着いて歩いてくる。
歩きながらスマホを操作させるのも不安だと足早に百貨店の高層に位置するレストランへと連れてゆき、受付を済ませる。
「予約した"彩色"だ。少し遅れて申し訳ない、大丈夫だろうか?」
「個室でご予約頂いていた彩色様ですね。はい、お電話承っております。こちらへどうぞ」
愛想のいい定員が案内してくれた個室のソファへと座り、入れてもらった水を飲みつつ、テーブル脇に置いてあったメニューをそのまま姪に横流しする。
「 ?」
「急に呼び付けたのは私だからね、好きなものを頼みなさい。お腹は空いているかい?」
遠慮をしているのかまた首を横に振ったのを微笑んで返しながら、メニューのページを開き、スイーツが多く書かれているところで手を止め、再度話しかける。
「そうか、なら甘いものと飲み物でも頼みなさい。これでも叔父さんは大手の社長だから姪に美味しい食べ物を食べさせられないほど困ってはないんだよ?」
念を押すようにそう伝えると、常備しているのかメモ帳とボールペンを出し、さらさらと文字を書いて見せてくる。
「"なら、お言葉に甘えます。ありがとうございます、叔父様"」
「雪奈、そんなに畏まらなくていいんだよ。ゆっくり選んでいいからね。」
そう笑いかけると、これ以上丁寧に接せられるのを私が望んでいないと感じ取ったのか、嬉しそうにメニューを見始めた姪をみつつ、自分はQRコードで読み取れるメニューをスマホで眺める。
姪が遠慮してあまり食べないだろうと言うのはここ数年で把握しているので、レストランとはいえ昼頃なのもあり、軽食や甘いものが中心となっており、食いではないが、私の好きなものと言うより姪に美味しいものを食べさせたいということを優先しているためこういう店選びになってしまうなと、自分の思考に苦笑しつつ珈琲となにか軽食を――と思ったところでスワイプしていた指を止める。
姪が、少し困ったような表情である一点を見つめていた。何だろうと目線の先を辿ると、「アフタヌーンティーセット 2人分から」という文字が目に入り、声をかける。
「雪奈、何を飲むかは決まったかい?」
「"はい、このアイスフルーツティーが飲みたいです。ただ軽食がまだで"」
「そうかい、アフタヌーンティーはいいのかな?」
メモを見つつ、そう声をかけると驚いた表情で私の顔をまじまじとみてくる姪に微笑み、定員を呼んだ。
「このアフタヌーンティーセット2人分を、1つは珈琲、もう1つはフルーツアイスティーでお願いできますか?」
「アフタヌーンティーセットにフルーツティーをつけると、追加の御料金を頂くことになってしまうのですが……」
「構いませんよ、お願いします」
「畏まりました。それでは――」
注文を復唱する定員さんと私へ目線を行ったり来たりさせている姪にもう一度微笑み、定員さんがいなくなってから、口を開いた
「色々気にしてしまうのか相変わらずかな?美味しそうなスイーツが並んでいるから私も食べたいし、遠慮せず言ってくれて良かったんだよ。」
そういうと、姪は困ったように書く素振りもせず下を向いてしまったが、照れてしまっているだけなので特に気にせず話を続ける。
「この間は、都々をステージに上げる為の機材が欲しいということだったけれど、あれで大丈夫そうかい?いつもとは違ってちゃんと既製品で揃えてあるから滅多なことは無いと思うんだが」
「"何も問題ありません。むしろ突然の事だったのに本当にありがとうございました。"」
はっとしたようすでお礼を書き、見せてくる姪に笑顔で大したことはしていないから、と伝えつつ、話を切り出す。
「その様子だと高校生活は楽しいみたいだね、まさか文化祭で高校生と都々が2人でライブをするとは、若いからこその発想かな?」
「"言い出したのは都々みたいですが、それを容認してくれる響也くんがすごいんだと思いますよ。"」
「そうかい?その響也くんのお願いですぐ曲を作ってしまえる君も大概だと思うけどね。」
そんなことは無いと言いたげな姪から一度視線を外し、鞄の中から一通の封筒を取り出し、机の上に置く。
「それも見込んだ上での招待状だ。愚弟の代わりに毎年恒例であるパーティーに出席して貰えないかな?もちろん、響也くんと"君の都々"を連れて」
「"毎年恒例というと、クルージングのでしょうか?なら父親に勘当されている私に出席する権利は無いのでは、?増してや響也くんはただのクラスメイトです。"」
「まぁ、本来ならそうかな?でも、彩色の当主は私であって愚弟では無い。そもそもあいつにはもうパーティーの期間に海外で公演があるようにしているから雪奈が行く行かない関係なく来ないし、招待状が余るのは事実なんだ。そして、知っての通り招待状が1枚あれば、知り合いを1人連れてこれる。」
言ってしまえばルールの穴を突く私の提案に顔を顰めてしまっているが、理屈は分かるという様子の姪に更に判断材料を追加する。
「都々と人間が同じ歌を同時にステージ上で歌うというのは今までで例がない。パーティーは文化祭の後だろう?成功例でも失敗例でも、雪奈が初期段階の都々を使い続けてくれているのは開発部員共々感謝しているのだし、このくらいの特権は使えて当たり前だろう?そして、今の彩色家で一番才能を持ち、努力している若い人間が彩色 雪奈だ。あの愚弟以外の大人はそれをわかっているからね」
黙りを決め込んでいる、というより何も思いつかないと言った様子になってしまったが、これは彩色家の当主として言わないといけないことだからとお互いに理解した上で、最後に声を絞り出す。
「そしてなにより私がまた、君のピアノを聴きたい。前向きに考えてくれ。最悪、来るだけ来て響也くんと美味しいご飯を食べて帰るでも構わないよ。私もその子とは1度話してみたいからね。叔父としても、当主としても。」
そこで言葉を区切り、ぬるくなってしまった水を飲む。その間、お互い何もしない時間が過ぎ、姪がペンを取る。
「"叔父様が望んでおられることをする自信はありませんが、貸して頂いた機材とお茶代分は、要請に応じようと思います。"」
「だから、そんなに気を使わなくていいと言っているだろう?」
真剣に絞り出したであろう言葉に苦笑して、力を抜くように伝えると、扉が開きカラフルなスイーツと飲み物が運ばれてくる。それを店員が手際よくセッティングしていく中、ぼんやりと姪が活躍できる場を増やせないかと考えた。
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