文化祭準備
黒板には、多数決で決まった『喫茶店』と書かれた文字に赤ペンで丸が被っている。割と王道な出し物で飲食各2〜3点ずつなら無理もなく、普通に寄ってしまう代わりに昨今の中華、韓国ブームにあやかって『中華喫茶』にして他クラスと差別化を図ろう……というところまでは良かった。ただ、
「中華で喫茶に出てきそうなのってなんだ?餃子?」
「餃子は喫茶店にないよ。杏仁豆腐とかじゃない?」
「てか中華の飲み物って烏龍茶以外あるのか?烏龍茶、黒烏龍茶、暖かいのをふたつとも出せばメニュー埋まる?」
「ばーか、烏龍茶なんて自販機で売ってるだろ」
と、意見は出るのだが中華というイメージがふわっとしすぎて中々話し合いが進まない。今日明日でメニューを全て決めて生徒会に申請を出さなければいけないのに……と焦りに駆られていると、空気を読まずに響也が席を立ちうつ伏せになり微睡んでいる彩色さんの方へ話しかけに行っていた。彩色さんが失声症で声が出せないのを知っているはずなのにこいつはまた……と生徒会へ出す資料を丸め筒状にし、響也の方へ歩いていく。
「お前、彩色さんに迷惑を、」
「だからさ、ほんとこの通り!喫茶店だからBGMは重要だろ?彩色の力でこう、いい感じな中華風の落ち着く洋楽っぽい曲を作ってみんなに聞かせてだな?」
「"一文の中でかなりの矛盾を引き起こしてるのわかってます?"」
苦笑しつつおかしなものを見たような目で響也を見ている彩色さんが、筆談ではあるが談笑していた。不躾ながら会話の内容を見てしまったと後ずさりしようとすると目が会い、固まっているとにっこりと微笑まれ、メモを渡される。
「"うるさく?してしまいすみません。ただ、ここまで騒然としてると委員長さんも大変でしょうし、店内に流すBGMは私に一任して頂けないでしょうか?"」
突然渡されたメモに書かれた内容にぽかんとし、彩色さんの顔とメモの間を視線が泳ぐのを感じたのか、響也が俺の肩に腕を乗せ、耳元で話しかけてくる。
「な?悪友。彩色の腕はもう噂で広まってるし、ここで一回でかい爆弾として曲作ってもらって流そうぜ?」
「……いやいや、お前ほぼ押し付けたようなもんだろ何自分の手柄みてぇな顔してんだ。よく分からんけど、彩色さんに最近ずっと無茶させてるんだろ」
「ほんとに彩色にとってきついことなら俺は言わねぇって。でもな、俺は出来ると思うし、本人も体力的にも技術的にも出来ないなら言わないと思うぞ。俺たちと違ってこいつはプロに片足突っ込んでるようなもんだ。」
「だとしても、メニューも店内の雰囲気も決まってないのにBGM作ってもらうって……てか、文化祭まで一ヶ月と少しなのに、時間が無いだろ」
「それでも俺は彩色に参加させたい。というか、他に彩色が輝ける役割が思いつかない。」
そう真剣な顔で言う響也の瞳と視線が交差する。実際問題それはそうだ。彩色さんは綺麗な容姿と声が出ない、つまりコミュニケーションが取りにくいというハンディキャップで基本的に教室でも馴染んでいるようには見えない。でも実際にはこの面倒臭い響也に突っ込みを入れつつ笑う余裕がある人だ。それ本人が任せて欲しいといっている。そう思い承諾の返事をしようと口を開きかけ、先程貰ったメモに続きがあることに気づき、頬が引き攣る。
「"実は、昨日のホームルームで中華喫茶をするって決まってから、イメージが湧いて軽く曲を作ってしまったんですよね。無駄にさせたくないので、委員長さんさえ宜しければ、お願いします。"」
「……曲を、作った、?」
「おっ、まじで?さすが彩色。流してくれよ」
響也が最早何も気にせず彩色さんを促し、何も言えない俺を困ったように見つつ、スマホを取り出したと思えば、曲が流れ始める。
明るい曲調というよりはオルゴールのようなゆったりめなリズムに時々混ぜられた跳ねるリズムと、明らかに洋楽ではない、耳馴染みのない音の曲。完全に安心しきるようなものではなく、癖が強めの曲だった。
「へー、ここで転調するのか」
「"最初から最後までオルゴール風だと飽きるじゃないですか。あと、中華に使われるスパイスって癖が強いものが多いから、それ意識ですね"」
曲に驚いて固まっている俺を知ってか知らずか、談義し始めた彩色さんと響也の方から流れてくるループされた曲に気づいたのか、言い争っていたクラスメイトがわらわらと近寄ってくる。
「えっ!これ彩色さんが作ったの?すごーい!」
「しかも昨日って、天才じゃん……」
「そうだろうそうだろう。うちの彩色は凄いんだぞ?」
「いや、なんで響也がドヤ顔してんの?意味わかんなすぎるんだけど」
さっきまでの言い争いが収まり、彩色さんを褒めたりその凄さにやっと気づいたかとばかりに嘲笑する響也に対して呆れたりと、皆がそれぞれ一つのことに対して同じ心境を共有していく。
「響也、お前まさかこれ狙いか?」
こいつならもしかしたら、そんな考えをぶつけるも、少し困ったように笑いつつ返される。
「んなわけねぇだろ。俺は天才でもなんでもない。でもな?彩色 雪奈は完全な天才だよ。場の空気を一瞬で変えちまうレベルのな」
そういい、また彩色さんのことを自分の事のように自慢し、俺の胸を軽く叩いた。
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