愚かな奏者たちは

息を吸い、彩色に借りた古さを感じられないほどよく手入れされているギターに手を添え、ほんの少し考える。

この状況でいちばん俺の感情が乗る曲はなんだろう。

普通に考えれば学校で聴き漁った彩色の曲を耳コピするべきなんだろうが、それはきっと望まれていない。何となくそう思い、最良かは分からないが、最善の選択を探し出す。


「花束を持って君をさがした……」


ジャズベースの軽やかな音に相反する悲しい曲。もう居ない人を探して、手の届かない人ではなく花束を胸に抱えて。悲しさや虚しさよりも、孤独が美しさを産むのだと、そう伝える歌詞を優しさと暖かさを感じられるように紡ぐ。


「震わせた声も、風に揺れる花も、僕のすべてだ」


 爽やかな風を思わせる旋律に乗せられた歌詞が寂しさを見出しそうになる度に胸が苦しくなり、音ごと全て抱きしめてしまいたくなる。

 声の出せない彩色が何故曲をこんなプロ同然の設備の中作っているのかも、明らかに一介の高校生が買えるような値段ではない絡繰人形を持っているのかも知らない。わかるわけが無い。でも、俺は今そこに踏み込もうとしている。

 俺がしたいことは、もしかしたらお前が望んでいることとは違うのかもしれなくて、全く別の人間であるのだからそれは当たり前で、でも、音楽という一つのコンテンツに対して、彩色と同じ熱量を向けることは、きっとできるから。


「忘れようなんて思わない 傷口を塞げるなんて そんな理想を語れもしないよ」

「それでも ここで君を待っている」


最後の一音を歌い切り、余韻に浸る間もなくギターの音も消えていった。


「手入れのされたいいギターだな、弾いてて楽しかった。ありがとう」


 ぼんやりと俺を見ている彩色にギターを渡すと、不思議そうに首を傾げ、視線を俺とギターへ交互に移している。何と言うか考えてるんだろうなと思い都々を見ると、目を細めて俺の目を真っ直ぐ見つめていた。


「お前、そこそこは弾けるんだな。まぁ歌は私の足元にも及ばないな」


「歌うために作られた合成音声システムには勝てねぇって」


何を言うかと言われれば半分嫌味だったが、雰囲気は柔らかいものだったので印象は悪くないのだろう。ただ問題は彩色なんだよな……と本人の方を見ると、ギターを置いたと思えば、デュアルモニターが置かれている作業机に座り、パソコンを立ち上げ始めた。

 なんだと画面を覗きこめば、"アイディア"と書かれたフォルダに入っていたメモが画面に展開され、音楽制作ソフトが開かれる。


「彩色?どうした突然……」


「あー……まぁ見とけ。飲み物なら買い物行ったあとだからコーヒーと紅茶どっちもあるぞ?」


「いや、他人の家で勝手に茶しばかねぇよ流石に」


 都々が半分呆れたような顔で飲み物を出させようとしてくるがさすがにそんな気にはなれず、俺の事を忘れて集中し始めた彩色の横顔を見ていると、ついにはヘッドホンをし始めシンセサイザーに指を乗せ、弾き始めた。つまりは、


「まさか、作ってるのか?今ここで曲を……」


「ざんねんながらそうなんじゃねぇの?なーんで、一曲弾いたくらいでこいつの創造力を刺激しちまうかなぁ。」


 面白くなさそうに口を尖らせる都々とそこから他愛もない話をして数時間。彩色が軽く伸びをしたと思えば、学校で使っているスマホを持ち、トークアプリの友達申請画面を開いてこちらを向いた。


「ん……そういや彩色のは持ってなかったな。俺がコード出せばいいか?」


首を縦に振ったのでコードを表示すると、トーク画面に申請が届き、すぐ承諾するとなにかのファイルと文が送られてくる。


「"前に作ったデモと曲のイメージがあったので、こんな感じで良ければ、その上に歌詞付けて色々調整するって形でお手伝いできますよ。それで良ければ文化祭にも間に合うと思います。"」


「……ってことは」


「"私はこんな状態なのでクラスの出し物もほとんど協力出来ないでしょうし、あんなに素敵な音を表現出来る響也くんのためなら曲、作りますよ"」


何も問題ないと言うように微笑んだ彩色に対して、都々は、お人好しがと悪態をついているがそんなことも気にならず、嬉しさのあまり彩色の両肩を掴み、問う。


「ほんとにいいんだな?」


 突然のことに一瞬きょとんとしていたが、すぐ笑顔に戻り首を縦に振ったので、もう抑え切れなくなり更に距離を詰め息がかかってしまいそうな距離まで近づき、宣言する。


「なら、彩色に創って貰った曲を全力で演奏して、唄うよ」


 そう言い切ると、彩色は花のように笑ってくれた……のだが、横から鋭い声で注意が入る


「おま、それより雪奈から離れろよ!?」


「ん?なんだよ過保護だな。」


「はぁ!?ちげぇよほんとに手出すかと思うだろうが離れろって!」


どうやら自分以外の、しかも人間が彩色の曲を歌うどころか俺のために流用とはいえほぼ一から作るとなると、ずっと歌ってきた都々も人間では無いとはいえ不満なのかもしれないが、


「……まぁいいや、唄うならちゃんとやれよ」


 という有難いお言葉も頂いた。多分都々なりの激励だろう。そう思うことにし、俺はめでたく文化祭で唄う為の協力者を集めることが出来た。

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