合成音声の歌姫と人間たちは
わたぬい
失声
序曲にも満たずに
この世界には、人間以外に歌を唄う存在がいる。
とはいっても現実に存在する訳ではなく、ホログラムで投影された姿でパフォーマンスをするという
俺自身が触ったことはないが、動画投稿サイトに投稿されている曲は多数存在し、今俺がスマホで聴いているのもその一つ。
「〜〜♪」
ホログラム上のステージで、赤いアイドル風の衣装を着た長い白髪の少女が絡繰人形にしては珍しい低音で唄い踊っている。「
「この曲作ったのが我がクラスを誇る深窓の令嬢。
「その呼び方広めてるのうちのクラスのやつじゃねぇし、一応揶揄ってるわけでもねぇよ。他のクラスに彩色さんのスマホから、この曲と全く同じ「五風十雨 都々」が出てくるところを見た奴がいるらしい。ただ聡、前忘れたのか、彩色さんはーー」
「本当なのかよ、んじゃ俺聞いてくるから!情報ありがとな」
呼び止めてくるクラスメイトを振り切り、窓際の一番後ろという主人公席に座ってスマホアプリのピアノを触りながら首を傾げている暗めな紺色のウェーブが掛かった黒髪の少女に声をかける。
「なぁ、この曲作ったのが彩色って聞いたんだけどほんとか?ならどうやって作ってるとか、楽器何やってるかとか教えてくれよ。俺も一応ギターで弾き語りをやってるんだが作詞作曲はからっきしで…」
「……」
クラスメイトなので初対面という訳でもなく、挨拶もそこそこする方なので心配はいらない。向こうから返答が来たことは無いが会釈はされるし。そう思い、教えてもらった曲のページを開いたスマホを見せつつ、一息でここまで伝えて何も反応が来ないことに流石の俺も不安になり顔色を伺うと、スマホに向けていた彩色の顔が申し訳なさと、困ったのが綯い交ぜになった表情でこちらを向いていた。
はて、さすがに勢いに任せすぎたかと思い返したところで、自分の失態に気づき、口を開こうとしたところで彩色が持っていたペンを走らせ始め、女の子らしい丸い文字の書かれた紙と、さっき見せた曲の管理ページが映ったスマホを渡してくる。
「"確かに、その曲は私が作ったものですね。ご存知の通り私は声が出せないので、ゆっくり返答するしかないのですがそれでもいいですか?"」
「……そうだった、わりぃ配慮に欠けてたな。言い訳になるけど、同学年で曲作れるようなやつにあったこと無かったから……」
「"いいんですよ、よくある事なので。都々が居たら私の代わりに話して、すぐ返すことも出来たんですから。連れてこなかった私側の楽観でもありますね"」
何も気にするなと本気で思っているどころか自分の楽観だと優しい笑顔で微笑まれるとこちらの心が痛むんだがと思いつつ、さすがにこれは自分の失態なためそそくさと自分のスマホを仕舞い、それでも会話を打ち切る気になれず近くにあった適当な椅子に腰かけ、彩色と目線を合わせつつ、微かに存在を示した記憶を掘り起こす。
「失声症」
解離性の疾患で、よく間違われるが喉や声帯に問題があるのではなく喉を動かす筋肉が原因で、精神的なストレスが限界を超えたり、極度の緊張状態になると起こることがある病気らしい。ちなみに女性の方が男性よりも2、3倍かかりやすいと言われていて、思春期などの精神的に不安定な時期にも多く見られるらしい。
一応、特定の状況下において声が出せない。出せてもしゃがれたりかすれている。というものから、日常生活でも全く声が出せないというものがあるらしく、彩色は後者であると新学期の初めに担任がクラスに向けて伝えていた。ちなみに何故俺がそれを忘れていたかと言うと、シンプルに興奮して忘れていただけである。閑話休題。
「っても、俺が怒涛の質問攻めしてそれを毎回紙に書いてもらうのも迷惑だよなぁ…」
「"響也さんは ギターの弾き語りをしてるんでしたっけ?"」
「ん?あぁ、学校にもたまに持ってきてる。たださっきも言った通り作詞作曲に憧れはあるんだが知識が全くなくて、作業環境とかもゲーム用のパソコンとギターがあるだけでな。」
「"わたしも 作詞や都々みたいな絡繰人形を扱って曲を作るのはほぼ独学なんですが、そうですね……"」
そういい、考え込むようにシャーペンを口元に寄せて目をつぶったと思えば、閃いた!という顔でもう一度シャーペンを走らせ始め、自信満々の顔で俺に見せてくる。
「"あまり本格的な環境でもないですし、話も出来るか分かりませんが、ひとり暮らしなので良ければ放課後、家に来ます?"」
「……はぁ!?」
俺が出した素っ頓狂な声に笑いながら、彩色 雪奈というクラスメイトは、警戒の欠片もない提案をし、音楽という最高の餌を釣られた為に、放課後一人で現役女子高生の家に遊びに行くことになった。
有り体に言えば、彩色の家は高校生が一人で住んでいるというにはおかしなものだった。
明らかに高級そうなマンションの中階に位置し、鍵は当たり前のようにオートロックで、クラスメイトとはいえほぼ初対面な異性を連れてくる無防備な考えとは結びつかない。
「あー……よかったのか?押しかけて。俺が言うのはなんだが、不安じゃ……」
そう言うと、俺のためにスリッパを置いてくれながら彩色は首を横に振り、奥に入るように促してくる。この状態で筆談したりスマホを出すのは非効率だと思ったらしい。
作詞作曲を教えて欲しいと言い出したのは俺だし、とりあえず進むかと促された扉を開けると、人間では有り得ない合成じみた声が響いた。
「おせーぞお前。今日はすぐ帰って作業するってただろ?…………?誰だお前」
「まじかよ、"五風十雨 都々"を使ってるのは知ってたけど《talk option》のやつだったのか……」
部屋には、デュアルモニターのパソコンとシンセサイザー、少し古いがよく手入れされたギターに、手書きの楽譜やメモがベッドを埋め尽くす勢いで散乱しているが、一番目立つのは中央に置かれたスマホから飛び出しているホログラムの少女。
とある合成音声システムの制作会社が、競合他社と差をつけるため、絡繰人形に感情を乗せやすくしようと所謂乙女ゲームのようにAIを組み込み、消費者と会話させることで人間の心を学習させるオプションを作ったと小耳に挟んだことはあったが、話せるどころかホログラムで一喜一憂の表情や揺れなどの動作すら表せるらしい。
確かに、目の前のスマホから飛び出している"都々"は、ふわふわとした白髪の一本一本をも丁寧に作られており、俺に向けている訝しむ顔も人間とは言わないまでもVTuberの配信を見ているようだった。
「あー、えーっと初めまして。あと、お邪魔してます?。俺は
「ふーん……まぁこいつが自分からそう言ったならいいけどよ、お前曲作るのか?」
疑問に思ったのか、都々がそう言うと、彩色はスマホに経緯を打ち込んでいく。普段は都々が全面的に話して、その返答をスマホかパソコンでタイプしていくらしい。やり取りを見守っていると、至極当然な質問が投げられる。
「ギターの弾き語りねぇ。作ったことがないなら、既存の曲をアレンジするってことだろ?学校でも弾いてるぐらいなら別の知り合いにも作詞作曲してる奴なんて居そうじゃね?そのフットワークの軽さ的に雪奈以外に話しかけれないとかでもないんだろ?」
「まぁそうなんだけどな、俺一応軽音部にいるし、先輩に作詞作曲してる奴はいるんだよ。ただそいつらに頼むのはなぁ……もうすぐ文化祭なんだよ。」
「……文化祭って、学校単位でやるお祭りって検索結果に出たぞ。部活で軽音部なんてその代名詞だろ。わざわざ部外のやつに聞く意味あるか?」
「耳が痛い話ではあるんだが、個人でやる場合は別枠で、部活にも迷惑かけれないって仕組みらしいんだよ。この間生徒会の顧問に聞きに行ったからな」
都々から何か言われると思ったが、彩色がスマホに打ち込み始めていたので会話が一旦止まり、都々も俺もゆっくり考えがまとまるのを待っていると、数秒して画面を此方に寄せてきた。
「"つまり、響也くんは文化祭で弾き語りがしたいが、一人でやろうと思うと軽音部の力を借りられず、出来れば既存の曲でもやりたくないと?"」
「……そうなるな。まぁぶっちゃけると文化祭まで残り一ヶ月だろ?俺が全部やれるなんて思ってないが、やりたいことはやりたいから、最悪既存の曲でやるしかないかなとは思ってる。でもさ」
そこまでいい、じっと彩色の瞳を覗き込み、深呼吸する。
「クラスに彩色みたいなすげぇ曲作れる奴がいるなら、協力して欲しいって思った。別に一人でやりたい訳じゃなくて、思想が合いそうなやつが居なかったからその選択を取っただけだし、家に呼んでくれるってなってから授業の合間に一通り曲も投稿されてる分は聴いた。……勝手だけど、俺のために曲を書いてくれたらどんなのだろうって考えもした。だからさ、」
短絡的なことを言ってる自覚はある。けど、やりたいと思った。だから、とりあえずもっと俺のことを知って欲しいと思うから。彩色の音楽に感動したように、感動まではいけなくても、伝わるものがあると思うから。
「俺の弾き語りを聴いて、少しでも曲を書いてあげてもいいなって思ってくれたら、文化祭の間まで協力してくれないか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます