あかり、初めて喧嘩する

デートしていた事がバレました? 1

 ネット社会というのは怖い。

 その恐怖を、私は今とっても実感している。


「小野あかりさん。説明してくれないかしら」


 スマホ画面には、隠し撮りされた私と冬夜くんの写真。『グリーンワールド』で一緒に遊んでいたところを撮られたみたいだった。

 私の目の前には、黒い髪を丁寧に巻いた、かわいらしい女の子が仁王立ちしている。



「えっと……あなたのお名前は」


 確か、苗字が特殊な読み方をしていた気がする。

 そう思い私がたずねると、小さな鼻をつん、と上に上げて言った。


八月一日ほづみ真里亞よ」

「八月一日さん」

「真里亞でいいわ」


 こんなに敵意ある人から、名前呼びを要求されるの初めて。


「私の苗字は初見じゃ読みにくいもの。転校早々、そうたくさんの名前を覚えられないでしょうしね」


 どうやら、真里亞さんの気遣いだったらしい。

 単純な私は、それだけでこの人があまり悪い人に見えなくなった。


「でもね、いくら転校生でも、冬夜とべったりするのは許さない」

「べったり」

「いいこと? 冬夜はね、とても忙しいの。色んな子に平等に、公平に相談事を受け付けているの。あなただけが特別扱いされているわけではないのよ。その上、弟さんの世話があって、休日は遊びに行くことも出来ないの。それなのに……」


 ふさふさした睫毛を大きく開いて、真里亞さんは言った。


「あなた、転校生という立場を悪用して、冬夜をテーマパークに誘ったわね⁉」


 いや、別に転校生という立場を使ったことなんて、一度もないんだけど……。

 ちら、と教室を見ると、殆どの子は誰かと喋ったり、本を読んだりしていた。けれど、真里亞さんがこれだけ大きな声で話していて、誰も気づかないはずがない。

 じっと観察していると、何人かの女子が、じっとりとした視線でこちらを見ていた。

 ……ははあ、なるほど。

 どうやら私は、真里亞さん以外の女子にも敵意を向けられているようだ。これが前ちーちゃんが言ってたやつか。


「ええと真里亞さん。その写真って、あなたが撮ったものなの?」


 私が尋ねると、数名の女の子がざわついた。

 真里亞さんは素直に、「いいえ、違うわ」と答える。


「これは田中さんと佐藤さんが撮ったものよ」

「田中さんと佐藤さんって誰?」


 私が尋ねると、ぎょっとした顔をした女子二人が、そそくさと教室を出る。


「あそこにいる……あら?」


 ぐるっと教室を見渡してから、真里亞さんが首を傾げた。


「お二人とも、さっきまであそこにいたのに……」


 逃げたあの二人が田中と佐藤か。顔しっかり覚えたからな。


「って、話をそらさないでくださる!?」


 くわっと、真里亞さんが目を見開く。


「いいこと、もう冬夜に近づかないでちょうだい。今度似たようなことがあったら、ただじゃ――」

 

「何馬鹿なことやってんの」


 後ろからちーちゃんが、真里亞さんの頭を軽く叩いた。

 丁寧に梳かれた真里亞さんの髪が、少しだけふわっと浮く。

 ちーちゃんの登場に、さらに周りの女子がざわめいた。


「ごめんね、あかり。大丈夫?」

「ちーちゃん」

「ちーちゃんですって⁉」


 カッ、と真里亞さんの目が見開く。


「あああああなた、まさか冬夜だけでなく、千尋までたぶらかしたの⁉」

「誑かされてないっての。幼馴染として恥ずかしいから、いい加減口閉じて」


 はあ、と呆れたようにちーちゃんがため息をつく。


「あんたね、盗撮は犯罪だって、技家で習ったでしょ? 何堂々と見せてんのよ」

「だ、だって、冬夜が……」

「冬夜はね、あんたと違って、自分の不利益なことはちゃんと断るの。同級生に良いように使われるわけないでしょ」


 あんたと違って、という声が、心の中でつぶやかれた気がする。

 だけど真里亞さんはそれどころじゃないようで、わなわなと口を震わせながら、涙をぽろぽろと零していた。

 私はぎょっとしたけど、ちーちゃんは全く動じなかった。

 真里亞さんは叫んだ。


「ち、千尋のばかー! 千尋だって、冬夜のことが好きなくせにぃぃぃ!」


 そう叫びながら、廊下を走っていく真里亞さんに、ちーちゃんは、

 

「事実無根を言いふらすなー」


 と、のんびりした声で言うのだった。

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