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「それより冬夜、『グリーンワールド』に行って来たって? ひょっとして、店長にごり押しされたんじゃないかい?」

「あ、はい」


 いや、元は俺が頼んだことだった。

 慌てて訂正しようとすると、「すまないねえ」と音子さんが苦笑いした。


「あの子、青春に飢えているからね。どうしてもアンタたちに、お節介しちゃうんだろうね」


 アンタ『たち』。

 その言葉に、ずっと気になっていた俺は、聞いてみることにした。


「もしかして、店長がテーマパークに行けって言ったのは、小野のためですか?」


 音子さんがこちらを見た。


「小野は、テーマパークに行くのは初めてだと言っていました。それで……」


 なんて言えばいいんだろうか。失礼な言い方になってしまうかもしれない。

 けれど、ゲームセンターの彼女を思い出すたび、ある考えが頭から離れなかった。


「……あんまり、自由がなかったのかと、思って」


 思い切って尋ねてみると、そうだね、と音子さんは言った。


「店長もあかりも、霊能力者としての修行が長いから、その分普通の子が体験することにはうといだろうね。店長はそれを悔やんでいるから、あかりに同じ思いをさせたくなかったんだと思うよ」


 ……霊能力者がどういう生活をしているのか、俺にはわからない。

 ただ、あの大蛇のような妖怪と対峙する以上、危険があって、その危険から身を守るために、たくさんの『修行』が必要なんだろう、とは想像できた。


「時間は有限だ。特に人間の、子どもの時間はね。

 アンタたちにはピンとこないかもしれないけど、子どもの時にする経験を大人になってからするっていうのは、とてつもないエネルギーが必要なのさ」


 アンタもね、と音子さんが付け加える。


「夏樹の世話が頭にあって、自分の世話は後回しにしてきたろう?」


 その言葉で、俺はぴんときた。

 小野のためだけじゃない。俺のために、ナツを預かってくれたんだ。そんな風に気遣われているなんて、ちっとも気づかなかった。

 俺の戸惑いを察したのか、音子さんは「気にしなくていいんだからね」と付け加えた。


「子どもの時は、世話されること、頼ること、守られることを覚えるべきだよ。大人になってから覚える機会は、そうないからね」

「……」


 思わず黙ってしまった俺を見て、「なんてね」とおどけて音子さんが言う。

 

「悪いね、つい余計なことを。あたしも店長のこと言えないね」

 

 音子さんの言葉に、いえ、と俺は答える。

 しばらく、俺たちには会話がなかった。

 小路の奥にある『妖怪食堂』が見えたところで、俺は話題を切り出した。


「……あの」

「ん?」

「俺、『妖怪食堂』に、ものすごく感謝しています。……小野にも」


 大蛇から助けてもらったことだけじゃない。

 小野が、ナツと同じ景色を見ていると知った時、どれだけ俺が嬉しかったか。

 そして、この『妖怪食堂』に連れて行ってもらった時、どれだけホッとしたか。

 なのに、その感謝をうまく表現できない。そのせいで『妖怪食堂』の人たちには、好意を拒まれていると感じられているんじゃないだろうかと、不安になった。


「決して、皆さんからのご厚意がうっとうしいとか、そんなんじゃないんです。……だから、なんていうか、その」


 なんて言えばいいのかわからなくて、言いよどんだ俺に、「うん」と音子さんは頷いた。


「わかってるさ。あたしたちのお節介を拒んでいるわけじゃないってことは」


 けどね、と音子さんは言った。


「拒んだっていいんだよ。『余計なお世話はいりません』って。欲しくない厚意を拒む練習だって、子どもの時にしとくもんさね。

 あたしたちは、アンタたちに居心地のいい場所を提供したい。それだけなんだ」

「……ありがとうございます」


 心から、俺はそう言った。

 こんなふうに「安心しなさい」と言ってもらえたのは、何時ぶりだろう。


「本当に、感謝してもしきれないんです」

「いやいや、あたしたちだってアンタには感謝してるんだよ。あの子の友だちになってくれたんだから」


 そう言って、音子さんは『妖怪食堂』の暖簾を上げて、中に入る。

 

「全部を知る必要はないけど、やっぱり、隠し事をしないで済む友達は心強いしね」


 ……隠し事、か。

 俺は、小野に隠していることが二つある。





 小野を認識したのは、あの大蛇と遭遇した時じゃない。

 お昼休みに、教室を覗き込んだ時のことだった。

 うちの学校は給食・弁当を選択できる。給食を選んだやつは机をくっつけて食べ、弁当を持参するやつは教室の外で食べることが多い。

 けれど小野は、教室で、それも一人で、弁当を食べていた。

 皆が集まっている中、一人で食べたり休み時間を過ごすことを恥じるやつは多い。中学校に上がったらそれは顕著だ。俺は体調不良を理由によく一人になっているが、クラスメイトのやつは皆口を揃えて『一人で平気なの、お前ぐらいだよ』と言った。あの千尋さえも、『アンタってしょっちゅう引きこもるよね』と言うぐらいだった。

 一人を好むというか、厄介事を避けようと一人になるのは、竜二ぐらいじゃないだろうか。


 だけど、集団から外れて食べている小野は――なんだか、とても楽しそうだった。


 もちろん、満面の笑みを浮かべているわけじゃない。けれど、その状態が自然で、楽しんでいるようだった。

 たまに誰かから声を掛けられて、楽しそうに返事をする。一言二言会話して、なごやかに別れる。

 竜二のように拒絶するわけではなく、俺のように物理的な距離を置くわけじゃない。大勢の中で一人になっても、誰にも気後れせず、堂々としている。

 その様子が、「いいな」と思った。


 だから小野が、妖怪が視えるじゃないかと思った時、胸が高鳴った。

 ナツと同じ秘密を持つ人。大蛇すら倒してしまう『包丁師』見習い。

 カリスマ性でどこか遠巻きにされる千尋を、知り合ったばかりで「ちーちゃん」と呼んだり、「番長」などと呼ばれる俺に臆さず、変に持ち上げることなく、対等に話しかける女子。

 それで――ナツや俺を、いつも気にかけてくれる、たった一人の同級生。

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