冬弥視点 秘密の話
1
誰かに、呼ばれている気がする。
中学に入ってから、ずっとそうだ。昼は眠くて、だるくて、気持ち悪い。まるで水の中を必死にかき分けて歩いているような、そんな重さともどかしさを感じている。
誰か助けてほしい。弱気な自分が、そう叫びそうになる。
でも、しっかりしなくては。
俺がしっかりしないと、ナツはどうなる。
今日も深夜の街に出る。
夜になると、意識がはっきりと、けれどどこか夢心地のように感じる。
昼間は目をあけるだけで苦しいのに、夜になるとどこまでも行けそうな気分になる。
誰かに呼ばれている。
誰だろう。
ずっと探しているのに、見つからない。
その誰かが見つかれば、きっと俺は楽になれる。
そう思った時。
夜を切り裂くような斬撃が見えた。
その途端、何もなかったはずの夜道に、目の前に大きな蛇の姿が現れる。
鋭い牙に、細長く赤い舌。こちらを見下ろす金色の目。うねる大きな体。
それが少し間を置いて、綺麗に真ん中から裂ける。
真っ二つに分かれたその身体に、俺は腰を抜かした。
勇ましく舞う短い髪の下に、丁寧に編まれた三つ編みが蛇のように躍る。
白い衣がきらきらと光って、大きな袖が弧を描くように回転した。
とん、とアスファルトの上につま先から降りたその子が、俺を見る。
あの日のことを、俺は一生忘れることはないだろう。
その日は、月がとても綺麗だった。
■
「すまないね。付き合ってもらってさ」
音子さんの言葉に、いえ、と俺は言う。
「買い出し付き合ってくれるかい?」と音子さんに頼まれ、近くのショッピングモールから帰ってきたところだった。今の音子さんは人間の姿に変化しているが、化け猫状態の彼女と雰囲気は変わらない。
「ある程度デジタルには慣れてきたつもりなんだけどさ。近頃のレジはちょっと行かないだけで、やり方がコロコロ変わるから、一人じゃ自信がなくてね。コンビニとかセルフレジに変わってしまって、わからなくなってるし」
それは俺も感じている事だった。コンビニに行くと、戸惑っているご老人をよく見るので、たまに助けている。長いこと生きている妖怪なら、更に目まぐるしく見えることだろう。
「いやしかし、すごいね。台に置いただけで自動的に服の値段がわかるって。あれどうなってるんだい?」
「えっと……」
ポケットに入れたスマホを取り出し、検索をかける。
「無線自動識別の技術を用いたICタグ、だそうです」
「ごめん何もわからないよ」
ですよね。俺も全くわかりません。
「しかし、人間はよくわからないものを恐れるくせに、それを利用できるんだからすごいさね」
それは皮肉なのか、感心しているのか、俺にはよくわからなかった。
妖怪と言うのは、人間の恐怖、よくわからないもののの擬人化だと言われている。俺たちは正体を知る前に「こうだ」と押し付け、時には遠ざけ、時にはご利益があるものとして受け入れ、納得してきた。今は科学でさまざまなことが解明されているが、結局その理屈はよくわかっていないまま過ごし、リスクもわからないまま日常に取り入れている。
『グリーンワールド』のお化け屋敷も、恐れられるはずの心霊スポットであるはずなのに、多くの人たちが集まっていた。怖いもの、わからないものをよくわからないで利用する人間が、一番怖いのかもしれない。
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