第19話 地蔵浄土②
「しかし驚いたな。あの神社が、メリーゴーランドみたいに回っていたなんて」
冬夜くんの言葉に、私もうなずく。
あのお化け屋敷、神社に入る前の商店街と、出た後の商店街は、別々のセットだったんだとか。私たちが入ったあと、神社の社殿ごと回転して、妖怪のスタッフたちがいるセットに変わっていたんだという。
どうりで突然、妖気とかが漂うわけだよ。私もびっくりした。そういう工夫を知ると、余計に「バラしてよかったのかな」と思って、何となく悪いことをした気持ちになる。
でも、結果的にはよかったのかな。
偶発的に心霊スポットになってるなら危ないけど、そもそも妖怪たちによってちゃんと管理されているなら話は変わってくる。店長がゴリ押しで「冬夜くんと行ってきなさい」と言ったのは、最初から安全だと知っていたからだろう。……最初からそうだと言ってくれたらよかったのに。
うんうん、とうなずいていると、何故か冬夜くんが固まっていた。
「そ、そうだよな……ナツのためにやってたんだった……すっかり忘れてた……」
大きな手のひらで顔を覆う冬夜くん。
その隙間から、赤くなった顔が見えた。
その意外な表情に、私は思わず目をパチクリ。
「もしかして、楽しかったの? 本当に」
「……かなり」
気まずそうに、冬夜くんが言う。
私はてっきり、気遣いで言ってもらっているのだと思ってた。
「……小野がいてくれたから、かな」
「私?」
「同級生で遊ぶのは久しぶりだったし、それに……小野がいたら、多分何とかなるって思っていたんだと思う」
そんなに頼られていたのかと、私の顔まで熱くなってしまった。
同時に、こうも思う。
もしかして店長は、冬夜くんのためにこの時間を設けたんじゃないかと。
夏樹くんがいたら、彼は間違いなく「お兄さん」として動くだろう。それは、夏樹くんの危険を誰よりも察して、いざと言う時は一人で危険に対処しなくちゃいけない。
それって、きっとずっと緊張している。
夏樹くんと離れて、学校で過ごしている時だって、オカルト研究部を作って、夏樹くんのためにたくさんの調べ物をしているんだ。気が休まる時間なんて、ないんじゃないか。
「……せっかくだし、もう少し遊ばない?」
するり、と出てきた言葉に、自分でも驚いた。
驚いた顔で冬夜くんが私を見る。
冬夜くんを思って――なんて、当人に言ったら、店長の気遣いが無駄になってしまう。私は早口で続けた。
「ほ、ほら、私、包丁師見習いだし。こういう、幽霊を慰める場所の雰囲気って、きっと勉強になるっていうか……」
言っていて、後ろめたくなってきた。
わかってる。こんなのは言い訳だ。冬夜くんを思いやったわけでも、ましてや、さっき出てきた包丁師の勉強のためでもない。
単に私は、今とても楽しくて、もう少しこの時間を続けたいだけ。
だけど、「楽しい」と思うことが「いけない」ことのように思う。だから代わりに、何か「やらなくてはいけない」ことにすり替えなきゃいけないんじゃないかと不安になる。その不安を、冬夜くんに押し付けただけだ。
ドキドキしながら答えを待っていると、ふ、と顔をゆるませて、冬夜くんが言った。
「そうだな。俺に付き合ってもらったんだから、今度は俺が小野に付き合う番だ」
次はどこに行く? と、冬夜くんが聞く。
それを聞いたとたん、体にこもっていた力が驚くほど抜けていく。
「小野?」
「あ、うん! ええと……冬夜くんに任せてもいいかな? 私、テーマパーク行ったことないから」
私の言葉に、そうだったな、と冬夜くんが言う。
冬夜くんはパンフレットにある地図を広げながら、楽しそうに眺めていた。
……なんでだろう。どうして、こんなに力が抜けてしまったんだろう。今までない安堵感に、逆に困惑してしまう。
そうやってぼうっと立っていたから、走ってくる男の子に気づかずぶつかってしまった。
「すみません! 怪我はありませんか?」
後から追いかけてきた、ぶつかってきた子より大きい男の子が頭を下げた。大丈夫だよ、と告げると、二人はペコペコと頭を下げながらその場を去った。
「あの子たちも、幽霊か?」
「あ、よくわかったね」
「何となく区別がつくようになった」
この短時間ですごいな、冬夜くん。普段は『視えなく』ても、素質はあるのかもしれない。
「……あの子たちは、あの年齢で幽霊になったんだな」
目を細めて冬夜くんが言う。
「それはわからないかな」
「わからない?」
「幽霊って、一番忘れられない頃の姿になることも多いんだよ。だから、死んだ当時の姿とも限らないんだ」
強い日差しの中、元気に走っていく男の子たちを見る。
「……子ども時代を奪われたからこそ、子どもに戻る幽霊も多いって、店長が言ってた」
子ども時代、大人の庇護を受けられなかった人。遊ぶ自由や、好きな食べ物を食べられなかった人。その楽しさを、亡くなった後にようやく手にできる場所が、このテーマパークなのかもしれない。
「……そうか」
冬夜くんはそれだけ言った。
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