第18話 地蔵浄土①

「まったく、お化け屋敷のスタッフの名前言うなんて、マナー違反じゃないの」


『妖怪食堂』の常連であるろくろ首の吉子さんが、非難めいた目で私を見る。


「それはこっちのセリフ。本物のお化けが出るお化け屋敷って、ズルすぎるでしょ」


 そう。このお化け屋敷は、心霊スポットというより、お化け屋敷そのものが妖怪のスタッフによるものだったのだ。

 それに気づいて、私は冬夜くんに説明しようか迷った。お化け屋敷は恐怖を楽しむ場所。楽しんでもらうには、ネタばらししてはいけないんじゃないかと思った。

 ……けど、冬夜くんが命の危険を感じながら怖がっていたので、白状したというわけだ。


「で、説明してもらいましょうか。何やってるの?」


 私が聞くと、吉子さんは、「説明もなにも」と言う。


「私はこのテーマパークのスタッフだよ。

 この『グリーンワールド』は、言わば地蔵浄土さね」


 やっぱり。

 私が頭を抱えていると、冬夜くんがあ、と声を上げた。


「地蔵浄土って、『おむすびころりん』のことですか?」


 冬夜くんの言葉に、そそ、と吉子さんが言う。

 おじいさんが落としたおむすびを追いかけて、ネズミたちの世界に迷い込む話だ。鼠浄土とも言われている。

 

「元々ここは、根の国の入口みたいなものでね。妖怪たちが住処にして、亡霊たちを慰める宿をしてたんだ」

「ああ、だから幽霊の子がいたのか」


 冬夜くんが納得したように言う。


「けど、結構な頻度で生身の人間が来ることもあってね。それならいっそテーマパークにして、生者も亡者も問わず歓迎しようってことになったのよ。

 もちろん、亡者の安穏は守られるために、人間には気付かれないよう、実体化させてるけどね。妖怪たちにも、ここで楽しむには『人間に化ける』よう伝えてある」


 なるほど、入口では妖怪たちがチラホラいたのに、全然妖怪の姿が見えなかったのは、人間に化けていたからなのか。

 テーマパークが心霊スポットになったんじゃなくて、そもそも妖怪たちによって作られたテーマパークだったのだ。

 あれ。じゃあ、心霊現象の噂って?


「そりゃ、金儲けのためさ」


 あっさり吉子さんが言う。


「テーマパークってとんでもなく金がかかるからね。生きている人間からは、ごっそりとらないと。『本当に幽霊や妖怪が出る』お化け屋敷なんて、SNSで人気でるじゃない」


 思った以上に、俗世っぽい回答が来た。

 こういうの、自作自演っていうのかな? 心霊現象は起きてるから違う?


「じゃあなんで、ゲームセンターの怪異はいなかったの? あれはSNSでのデマ?」


 ああ、と吉子さんが言う。


「多分有給とってるね、『ソムニウム』の子は」


 妖怪にもちゃんと、労働基準法適応されてるんだ。



 


 



「ごめんね、冬夜くん。こういうの、どこまで言っていいのかわからなくて……」


 お化け屋敷を出たあと、私が謝罪すると、「楽しめたよ」と冬夜くんが言う。

 楽しめたんだ……。私は、先程までのことを思い出す。

 私がネタばらしした後も、スタッフさんたちは頑張って演技演出してくれた。

 ショーウィンドウのライトが突然光って、青白い手形がたくさんついてたりとか。

 ところが冬夜くんは、さっきとは一転、「うおっ」と驚きはしたものの、その後は和やかに通り抜けてしまった。

 お化け屋敷入ったことないけど、これは確実に言える。お化け屋敷って、そういう楽しみをするアトラクションじゃない。

 そもそも、恐怖を楽しむアトラクションって、何が楽しいんだろう。怖いって、普通避けるものじゃないの?

 本気で怖がっている冬夜くんを見てたら、騙している気がして、結局ネタばらししちゃったし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る