第8話 あかり、冬夜の不安を知る①

 ■


「昨日はありがとう。これ、『妖怪食堂』の人たちと分けてくれないか」


 そう言って『オカルト研究会』の部室で渡されたのは、上品そうな紙袋。確か、老舗の和菓子屋さんのものだ。


「ナツ、本当に楽しかったみたいで、昨日からずっと『妖怪食堂』のことばっかり話してるよ」


 そう言われると、誘ったかいがある。何より、夏樹くんの食べっぷりは見ているこっちが嬉しくなって、店長も昨日から「また来てくれないかなあ」としきりに言うぐらいだ。


「冬夜くんは? 楽しかった?」


 私が尋ねると、なぜか少し冬夜くんは目を丸くした。


「……ああ。とても楽しかった。皆、良い人たちだったな」

「あはは。あそこにいたの、ほとんど人じゃないけどね」


 私がそう言うと、「そう言えばそうだな」と真面目な顔で冬夜くんが言う。


「良い方々だった。……久しぶりに、大勢に囲まれて食べたな。またお邪魔してもいいだろうか?」

「もちろん。何か困ったことがあったら、私に連絡してね。……私に対応できないことは、店長か音子さんの方に流れるけれど」

「いや、助かる。相談できる相手がいると思うと、俺も気が楽だ」


 そう言う冬夜くんの手元には、オカルト雑誌や妖怪を取り扱った本だけじゃなく、民俗学や歴史学、地方史や町史が積み上げられていた。


「本当に、色んな本で調べてるんだね」

「インターネットは正確性に欠けるし、ナツが巻き込まれる事件はこの土地に住み着く妖怪や幽霊の仕業だ。地域の本がないとたどり着けないことも多くてな」

「そんなに巻き込まれてるの?」


 私が尋ねると、「命に関わることはほとんどないんだが」と付け加えて、


「何度か、家に帰ってこない時があった。本人は数分のつもりが、こっちでは夜になっていたり」


 あー、と私は納得する。

 妖怪は、元々次元の違う世界から人間界にやってくる。そこから人間界で生まれた妖怪も多いけど、ごく稀に、別次元に居住を持つ大物妖怪――ほとんど神様みたいな妖怪もいるのだ。

 なので、神域みたいな場所は、たいてい人間の世界と時間の流れが違う。

 そもそも妖怪は人間より長生きなので、時間の感覚が違う。あの『ぬっぺふほふ』も、時間の流れが人間と違うから、思わず話し込んでしまったんだろう。

 妖怪と関わるということは、人間の時間を奪われるということでもある。

 それに、と、暗い顔で冬夜くんは言った。


「……屋敷に招かれて、何か食べさせられそうになったとも言っていたな」

「それって……」


 私の頭の中に、『黄泉竈食よもつへぐい』という言葉が浮かぶ。

 死者の国の食べ物を食べると、現世には戻ってこれない。あるいは、死者の世界の住人と見なされ、普通の人間には戻れない。


「ナツには、妖怪や幽霊から与えられた食べ物は食べないように言っている。だが……ナツの意思では、どうにもならない事が起きるかもしれない」


 だから相談できる相手がいるのは助かるよ、と冬夜くんは笑った。

 その笑顔に、私は胸を締め付けられる。

 この人はどれだけ、夏樹くんの帰りを不安になりながら待っていたんだろう?

 そして、どんな想いで、私とコンタクトをとったんだろう。


「……もしかして、あの時も、夏樹くんを探していたの?」


 私は、大蛇を倒した夜を思い出しながら尋ねた。


「いや。あれは単なる気まぐれ」

「気まぐれなんかい」


 思わず私はツッコミを入れてしまう。

 けど、と冬夜くんは顔をほころばせた。


「それで古田に会えたんだから、よかったよ」


 その笑みは、夏樹くんに見せたものと同じで、あどけなくて、やわらかい笑みだった。

 まるで、自分が彼にとっての特別な人間になった様な錯覚を抱く。

 ……なるほど。こうやって周りの人間を骨抜きにしていくのかぁ。


「けど、あまり会うと、小野の迷惑になるな」

「ん? やっかみのこと? それは別に」


 歳の変わらない子に対して、何か恐れるものがあるのだろうか。

 そう言うと、冬夜くんは目を瞬かせた。


「……そうだな、小野は大蛇も倒せるもんな」

「そうそう。だから気にしないで、何時でも声を掛けてよ」

「わかった。けど、そっちも何かあったら言ってくれ」


 冬夜くんの言葉に、私は笑ってうなずいた。

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