VTuberでも恋がしたい!

うっちー

第1話 Vtuberとファン

 私は自分の歌声をみんなに聴かせたいという夢があった。しかし、どうも現実は甘くなかった。

「はぁ……全然伸びないなぁ」

 私は喫茶店でそうぼやいた。

「ま〜た言ってるの?」

 親友の莉奈は私の言葉を少々めんどくさそうに聞いていた。

「そんなすぐに伸びるわけないでしょ」

「そうだけどさぁ…………それに見てよこれ!」


 @sugiyama_20160630・1日前

  名前からして伸びないの草


「こんなこと書かれてるの! どうして!?」

 しかも“草”に腹が立つ。最近の人はどうもネットだと強気の人が多い。

「そりゃそうでしょ……そもそもね……」

 莉奈が呆れながら話を続ける。

「何なのよ“面前玉 三倍満”って! 今までで聞いたこともないわ!」

 莉奈の言葉に私は飲んでいたコーヒーをこぼしそうになった。

「そ、そんなこと言わないでよ〜。名前診断メーカーで“沙織”って打ったら出たんだから」

「にしても少しはおかしいと思いなさいよ!」

 私はYouTuberとして活動するため、“面前玉 三倍満”という名前にしていた。いくら名前診断メーカーで出てきたとはいえ、『面前玉 三倍満』なんて考えずともおかしいことなんて私だってわかる。

「しょうがないじゃん! 私、ネーミングセンス皆無なんだもん!」

「はぁ〜。もう……とりあえず、名前を変えないことには、伸びるものも伸びないよ!」

「…………わかった……考えとく……」

 そう答えた私を見たのち、莉奈は自分のカバンを持って立ち上がった。

「え? もう帰るの?」

「帰るよ〜。だってもう話終わったじゃん」

「え〜! もうちょっと一緒にいてよぉ〜」

 私はねだりながら、莉奈に抱きついた。その様子を周囲の人に見られていた。

「もう恥ずかしいからやめなよ〜。それにこの後、彼氏とデートなの」

 だから今日は私と会うだけだったはずなのに勝負服なんだと思いつつも、少し自慢気に話す莉奈に私は少しイラッとした。たまに大学で会う莉奈の彼氏は、会うたびに莉奈はもちろん、私にも優しく接してくれるため、私も莉奈の彼氏のことは好きである。友達として。

「えぇ〜いいなぁ〜。私も行きたいぃ〜」

「何でデートなのにあんたが来るのよ。あんたには19時から合コン入れてあるから、そっち行きなさい」

「は?」

 莉奈の突然の発言に私は咄嗟に反応した。

「ご、合コン!? 何で私が?」

「いやいや、あんた今、彼氏いないでしょ? だから友達に頼んであんたの枠を入れてもらったの」

「そうだけどさぁ……」

「沙織、あんた顔もスタイルも他の人に比べて良いんだから、もっと自信持ちなって。まぁ? その分ちょっといろんな部分が抜けてるけどさ……」

 私には現在、彼氏がいない。2年前に同じ大学の同級生と付き合っていたが、半年で見事に振られた。理由を聞くと「私よりもアイドルを好きになってしまった」のだと言う。ほんと、ふざけた話だ。

「それに、もう元カレのことなんか忘れなよ……」

「わ、わかってるよ…………わかってるけどさ……」

 元カレと別れてから、2年が経ったが、正直、いまだに心のどこかに元カレの言葉が残っている。

『アイドルを好きになったから、別れよ』

 私のしょんぼりした顔を見向きもせず、莉奈は肩から崩れ落ちたカバンを掛け直して再び立ち上がった。

「とりあえず、私は帰るから、ちゃんと19時に行きなさいよ」

「え、でも20時から撮影するんだけど……」

「そんなのいつでもいいじゃない、どうせ見る人いないんだしさ」

「もう! そんなこと言わないでよ!」

「ごめんごめん、でもちょっとでいいからさ、参加しなさいよ?」

「は〜い」

 側から見ればまるで母親と子供の会話だ。莉奈は話終えると喫茶店を出ていった。


「どれ着て行こっかな〜」

 莉奈と別れた後、家に帰った私は、莉奈に勝手に入れられた合コンに来ていく服を選んでいた。合コンは同じ大学の人たちでするらしいが、正直、莉奈と莉奈の彼氏と私の元カレ以外、あまり知らない。というか全く知らない。といっても、私は普段、友達やその周りの人たちくらいしか話さないから、知らない人がいるのは当然だ。そんな私でも服を選ぶことはある。

「にしてもどれにしよう……」

 実際、服選びに関しては私よりも莉奈の方が何倍もセンスがある。今日着た服は、莉奈に「田舎くさ」と言われてしまった。クローゼットには何着か莉奈に選んでもらった服があるが、どれも派手で合コンには合わない気がした。

「莉奈と服買いに行けばよかった……」

 派手な服でも組み合わせ次第でオシャレになるのだろうが、私のセンスではどうもそうはならないみたいだ。

「もう、どれでもいいや……」

自分の服選びのセンスに後悔していた私だったが、勝手に合コンを入れた莉奈のせいということで自分の中で解決させた。

「よし! 撮影するか」

 切り替えた私は部屋の机に座り、目の前に置いてあるパソコンとカメラを起動させた。20時からする予定だったが、合コンが入ったため、合コンよりも先に始めた。

「はいど〜もみなさん! 面前玉 三倍満です!」

 モーションキャプチャーで作られた私のアバターを画面に映し出して、自分の好きな歌を歌う動画を作っている。いわゆるVtuberと呼ばれることをしている。

 元カレの『アイドルを好きになってしまった』という言葉を聞いた時、私はなぜか嬉しかった。なぜなら私は自分の歌声をみんなに聴いてもらいたいという夢があったから……。けれど、私の歌声を一番身近で聴いてきたはずの彼が、私よりもアイドルを好きになった。それが何よりも悔しかった。だから私は身近に発信できるYouTubeでVtuberとしてみんなに自分の歌声を届けている。


「じゃあまたね〜…………っと」

 撮影を撮り終えた私は、昨日編集した動画をアップした。

「よーし! 今あげた動画はでどれくらい伸びるかなぁ〜」

 そうはいっても実際は全然伸びていない。Vtuberとして活動して早1年。いまだにチャンネル登録者は300人。視聴回数は最高で200回。本当に現実はそう甘くはなかった。

「あ、もうこんな時間じゃん」

 動画をアップし終えた私は、カバンを持って部屋を出た。


「いらっしゃいませ!」

 合コン会場の居酒屋に向かっていた私だったが、小腹が空き、合コンの場で大食いするわけにはいかないと思い、居酒屋近くのコンビニに立ち寄った。

「はい、お預かりします」

 軽食のパンと飲み物を渡し、お会計を済ませようと財布を取り出していると、入り口から若い男の人が入ってきた。女子大学生の平均身長よりもやや高い私が見上げるほどの背の高さで、服のセンスは私なんかよりも抜群に良く、それになんといっても一目でわかるくらい顔が良い。私含め、コンビニ内にいたすべての女性が彼に魅了されていた。

「かっこいい……」

咄嗟に私は彼を見た感想を口に出してしまっていた。

「ありがとうございました〜」

 お会計を済ませた私は、彼の背を見たのち、コンビニを後にした。

「さっきの人が私の彼氏だったらな……」

 そんなことを思いながら、私は居酒屋に向かった。

 

「すみません……遅れました……」

 コンビニに寄ったせいか、合コン会場に遅刻してしまった。遅刻と言っても3分ほどなのだが。

「おぉ、君が莉奈ちゃんの言ってた子だね?」

 私よりも一つ上の先輩だろう男性がそう言い、私を迎い入れた。

「女子は全員揃ってるんだけど、男子が一人遅れるらしいから先に店に入ってて」

 そう言われ、私はその先輩の言う通りに店の中に入り、店員に案内された個室へ行った。

「お邪魔します……」

 ゆっくり個室の暖簾を手で上げ、静かに手前の席に座った。私の横を見ると、合コンに参加する女子がみんな私以上に綺麗な服で着飾っていて、合コンに対する気合が違うなと感心していた。

 待機していた女子は各々がスマホをいじっていたため、私はスマホでさっき撮った動画の編集をしていた。普段は家に置いてあるノートパソコンで編集をしているのだが、こういった待ち時間ではスマホで編集をしている。たとえ登録者が300人でも、動画の質を落としてはいけないと自分自身の目標としているため、こういった時間でも、丁寧に編集をしていく。

「お待たせ〜。全員揃ったから始めよ〜か!」

 入り口にいた先輩が部屋に入ってきた。その先輩に続けて入ってきた人を見て私は驚いた。

「あ」

「…………?」

 遅れてやってきたのは、さっきコンビニで見た好青年だった。彼は誰? みたいな顔をして私とは反対側の席に座った。


「「「かんぱ〜い!」」」

そう皆が口にし、合コンが始まった。

 私以外の女子はみんな男子とそれぞれがいい感じの会話をしていた。

「ねぇねぇ君、名前は?」

 私が周りを見つつ飲み物を飲んでいると、さっきの先輩が話しかけてきた。

「え? あ、小林沙織です……」

「沙織ちゃんっていうんだぁ〜」

 お酒が入っているせいか、先輩はさっきよりも少し緩んだ声で言った。

「沙織ちゃんはぁ〜。彼氏とかいないのぉ〜?」

 いないからここに来てるんじゃないのとは思いつつも、私は答えた。

「いませんよ。2年前に別れました」

「えぇ〜。何でぇ? 沙織ちゃん、可愛いのに」

「いやぁ…………」

 いくら酔っているとはいえ、こういうノリは苦手だ。私が少し先輩から距離を置くと、私との話をやめて、別の女の子の席に移動した。

「ねぇねぇ。沙織ちゃんっていつもあんな感じ?」

 移動した席で先輩がそう言い出したのが聞こえた。

「そうですよ〜。なんか一部の人としか明るく振る舞わないから、正直あの子嫌いなんですよね〜」

「へぇ〜そうなんだ……」

 そんな会話が聞こえ、私はこの空間が嫌になった。

「わ、私……少し、トイレに…………」

 そう言って私はいち早くこの空間から出た。


「やっぱり私には彼氏なんて似合わないんだよ……」

 トイレから出ると、店の廊下にさっきの好青年が、壁にもたれてスマホをじっと見ていた。何をしているのか気になり、私は彼の横に立った。

「何してるの?」

 正直、異性と話すのが苦手な私だったが、横に立っている彼にはなぜか自分から声をかけることができた。

「あ……動画見てます……」

「そ……そうなんだ……じゃなくて、なんでここにいるの?」

 彼が何で合コンの個室ではなく、廊下にいるのだろうと問うと。

「あ……空気が……」

「……空気?」

「空気が……嫌だったんで……」

 一瞬なんのことかわからなかったが、彼は私が出て行ったから、気を遣ってくれていたのかなと勝手に想像してしまう。

「えーと。普段は何してるの?」

「家でゲームか寝てますね……」

「ゲームは何してるの?」

「ぼけモンっすね……」

「それやってる! 面白いよね!」

「そうっすね……」

「……お、音楽とかは聞いてるの?」

「……聞いてます……」

「お! 何聞いてるの?」

「最近は“白崎まさみ”を聞いてます……」

「え! 私もその人聞いてるよ! 良いよね。“まさみん”の歌声」

「そうっすね。でもカバーとかもいいっすよ……」

「へ〜。誰の?」

「“面前玉 三倍満”って変な名前の人です……」

「え?」

「え……?」

 彼の口から気になる言葉が聞こえてきた。

「今、“面前玉 三倍満”って言った?」

「……? 言いましたけど……?」

「え、“面前玉 三倍満”のこと知ってるの?」

 彼の口から私のVtuberとしての名前が聞こえたので、聞いてみることにした。

「知ってますよ。結構最初の方から見てます」

 登録者300人の底辺Vtuberを知っている人がこんなにも近くにいたとは思いもしなかった。

「わ、私も見てるんだよねー」

「……そうなんすか」

 とりあえず本人だとはバレないように言葉のキャッチボールを続ける。

「あ、あの人……面白いよねー」

「……そうすか?」

「え? 面白くないの?」

「面白くはないっすよ……」

「え、じゃあなんで見てるの?」

「……バカみたいだなぁーって思って見てます……」

「そ、そう……」

 どうやら言葉のキャッチボールは無理みたいだ。彼と話していると、なぜだかムカつくのだ。顔はカッコよく、背も高く、見た目だけ見ればまさにイケメンの域を超えている。しかし、コミュニケーションや性格がなんかこう……絶望的である。

「えっと……ところでさ……さっきからずっと何見てるの?」

 私との会話の間、彼はずっと自分のスマホをずっと見ながら返答していた。それも少しムカつく。イケメンだからといって何でもしていいわけではないだろうと思ったが、私のファンなので許すことにする。

「あ、“面前玉 三倍満”の動画です。さっき言ってたぼけモンの実況動画です」

 そう言って彼は私にスマホの画面を見せた。

「あーそれね…………」

 彼の見ている動画は昨日アップした動画だった。今まではカバー動画、いわゆる“歌ってみた動画”ばかり出していたが、よくよく考えればVtuberなら、ゲーム実況とかもすべきなのでは? なんて思い、最近始めたのだ。

面白くないとバカにはしているが、ちゃんと見ていたことに私は素直に嬉しかった。

「そういえば……名前……」

 私は彼の名前を聞いていないことに気がつくと、彼にそう聞いた。

「え……? 言ってませんでしたっけ?」

「うん。聞いてない」

「あ、そうっすか……」

 相変わらず無愛想な返事だが、彼は素直に答えてくれた。

「杉山です……」

 苗字だけだけど……。

「杉山……杉山……」

 私は彼の名前を復唱した。どこかで見たことのある名前だから、思い出そうとしていた。その間、彼はスマホをいじり出し、何やら打っている様子だった。

「…………」

「杉山……杉山……」

 何かを書き終えたのか、ため息を吐いた彼は、再び動画を見始めた。

「ん。何か通知が……」

 彼が何か書き終えたのと同時に、私のスマホから通知が来た。彼にメアドなんて教えたっけと思いつつもスマホを起動させると。


@sugiyama_20160630・1分前

 ぼけモン初めて2年のくせにいまだにレベル低いの草


「何このアンチ、さっきの奴か……」

 突然のアンチコメントに苛立ちを覚えたが、同時に何やら嫌な予感がした。

「sugiyama……sugiyama……杉山……ッ!」

「…………なんすか?」

 そう、私にアンチコメントを書いていたコメ主は私の目の前にいる彼なのである。

「いや、君なのぉ!?」

「…………何がっすか?」

 突然大きな声を出した私になにやら不機嫌そうな顔で私を見ていた。

「君…………@sugiyama_20160630でしょ!」

「…………そうですけど……」

 特に否定もせず、彼はそう答えた。

「……てか、なんで知ってるんですか……?」

 彼にそう聞かれ、もう隠すわけにもいかず、私は正直に言った。

「私が“面前玉 三倍満”だからよ!」

「…………」

「…………」

 居酒屋なので静かになるはずないが、しばらく沈黙が続いた。

「…………」

「…………ふッ」

 沈黙のあと、彼は私に向かってそう嘲笑った。


「じゃあ〜みんな〜。きおつけてぇ〜」

 酔い潰れた先輩が後輩にタクシーに乗せられ、それを合図に合コンは終わった————。

「…………」

「…………」

 一緒にいたはずの合コンのメンバーはみんな颯爽と帰ってしまい、私と無愛想なクソアンチの二人だけになった…………。

「……君、これからどうするの?」

「……家に帰ります」

「…………よかったら……二軒め————」

「大丈夫です…………じゃあ……」

 そう言い残して彼は帰ろうとした。

「ちょっと待ってよ! いいじゃない!」

「嫌です…………じゃ、お疲れっした……」

 めんどくさそうに拒否するが、私は引き下がらない。

「君、いいんだ……帰っちゃっても、君がアンチコメント書いてたこと、ファンのみんなに言っちゃおうかな〜」

「…………ファンいないでしょ……」

 彼の弱みを握ろうとしたが、逆に心に槍が刺さった。

「とにかく! いいから二軒目行くよ!」

「……はぁ……めんどくさ……」



「…………んッ……」

 カーテンの隙間から差し掛かる日差しが顔に当たり、私は目を覚ました。しかし、いつもの天井ではなかった。

「……ここ、どこ?」

 辺りを見渡すと、壁には大人気Vtuberのポスターが貼られており、ベットの横に備え付けられてある棚の上にはそのVtuberのぬいぐるみが置かれてあった。

「…………やっと起きたんすね……」

 私がぬいぐるみに目をやっていると、昨夜のクソアンチがいた。

「……ここって君の家?」

「…………はい」

 ここで私は全てを悟った。昨夜の合コンの後、別の居酒屋で彼と飲み直したが、結局終電を逃してしまい、彼の家に泊まることになった…………。

「……私、何かした?」

「……別になにもしてないっすけど、でっかいイビキかいてました」

「…………ごめんなさい……」

 彼にそんなところを見られていたのかと思うと恥ずかしくて消えてしまいそうになる。

「……君、Vtuber好きなの?」

 我に帰った私は彼にそんな質問をした。それもそのはず、彼の部屋にはVtuberのグッズがそこら中にあるからだ。

「…………好きっすね……」

「そのくせ私にアンチはするよね」

「……するっすね……」

 本当に彼がわからない。Vtuberが好きなくせに底辺だけど一応Vtuberの私にはアンチをする。名前からして売れないのはわかるけれどそれ以外に、私には何が足りないのだろうか。

「ねぇ、だったらさ……」

 ふと私は彼にこんなことを言い出す。

「私を最高のVtuberにしてくれない?」

「………………は?」

 こうして私の最高のVtuberになるための活動が始まる——————————。

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