第2話 ネコの糖尿病

 わたしは猫を飼っているのですが、今の子は2代目です。

 初代は8歳にもなれずに天国に行ってしまいました。

 もともと少食だったのですが、それでも急に痩せたので病院に連れて行くと、


「I型糖尿病」


 という、猫がかかるものとしては、とても珍しい病気だと言われました。


(糖尿病? なにそれ。猫も糖尿病になるの? でもこの子はスマートで猫らしい身体つきだし、糖尿病っておかしくない?)


 わたしの疑問には動物病院の先生が、「猫のI型糖尿病は食べすぎやストレスが原因ではなく、病気です」と教えてくれました。

 そして、


「ここまで進行していると、治療をしても長くは生きられません」


 と。


「毎日注射をしないといけないし、定期的に通院、入院をすることになります。治療費も高額になりますが、どうしますか?」


 と。


 かかる治療費を聞いて、正直迷いました。わたしの手にあまる額だったからです。

 動物病院の先生と話をさせてもらって、


「珍しい症例ですので、治療のデータを採らせていただけるのでしたら、お薬の費用を割引することができます」


 と提案をいただいて、なんとか払える額に落としていただけたので、治療をすることになりました。

 いい先生で助かりました。


 それからは、本当に大変でした。

 毎日のインスリン注射。食欲がなくなって、治療食を食べてくれない。これまで大好きだったおやつには制限がかかり、ほんの少ししか与えちゃダメ。

 

 だけどわたしは、あの子に治療を頑張らせてしまいました。

 最初はこの治療、ダメだったので方針変換。この治療が効くかもしれません。進めながら状況を見ていきましょう。

 かんばしい成果せいかは出てません。では2日ほど入院して検査を……。


 治療が負担なのか、弱っていくのがわかりました。本人はあまり気になっていないというか、よくわかっていないように思えましたが。

 だけどトイレの失敗が増えて、階段が登れなくなる。水分も皮下点滴になり、ふらふらで歩くのもままならない。視力が落ちたのか、いろいろなところにぶつかる。

 そんな状態で目が離せないから、仕事にも影響が出てくるし、やっぱり金銭的負担が重い……。


 通院して、入院して、治療をして。それでも「この子が、来年を迎えられるかはわかりません」というのが先生の見解でした。


 だけどその年。わたしたちは、一緒に年越しを祝いました。

 1月1日。ぐったりして動かない。動物病院はお休み。それでも夜には少しご飯を舐めて、ふらふらしながら歩いてくれました。


 そして1月2日。朝。


 体重が2kg台まで落ち、骨と皮だけ。ダンボールの中で、まるで死んでいるかのように動かない。心配してなでると、


「ぅにゃ」


 と小さな声。


「ご飯食べる?」


 好きじゃない治療食だけどね。指につけて舐めさせようとしたけど、全然舐めてくれない。


(こんなになっちゃうなら、治療しなきゃよかった。まだ元気があったうちに、おやつをたくさん食べさせてあげればよかった。少しでも元気になったら食べさせてあげようと思って買っておいたおやつ、無駄になっちゃうかも……)


 そんなことを思いながら、抱っこしてお水を舐めさせようとした瞬間。


 ビクビクビクっ!


 まるで昔、家中を走りまわっていたときのように手足をばたつかせたあと、わたしの腕の中で、あの子は動かなくなりました。

 そして二度と、動きませんでした。


 首がぐにゃんとなって頭が下がり、わたしは慌ててそれを支えました。顔を覗きこむと瞳孔が開いて、目から光が消えていくのがはっきりとわかりました。


「どうしよう……死んじゃった、死んじゃったの!?」


 呼びかけましたが、死んでいるのは明らかでした。

 まったく、違う。

 ついさっきまでは弱々しくても生きてるってわかったのに、もう無理なんだとわかりました。


 あんなにはっきりわかるんですね。

 生きているか、死んでいるかって。


 わたしはしばらく泣いてから、お気に入りの毛布を敷いたお気に入りの段ボールにあの子を入れて、元気なときはいつも座っていた窓辺に置いて外が見えるようにしてあげてから、近所の神社に初詣に行きました。


 いつもは1月1日に行くのですが、昨日は家を空けられなかったので。というか、なにをしていいかわからなかったんです。

 とにかく、人がいるとこに行きたかった。それだけ。


 お正月の買い物に行き、花を買って帰ると、あの子は硬くなりはじめていました。

 抱き上げると、首がダンボールに当たって持ちあがった状態のまま。こんなふうに硬くなっちゃうなら、もっと大きなダンボールに入れてあげればよかった。


 ペットの葬儀屋に予約して、火葬は次の日。

 愛用の毛布はダメでしたが、大好きだったおやつは天国に持っていけるよう、一緒に煙にしてもらいました。


 その日。夢を見ました。

 本棚に突っ込んである小さなダンボールから顔をだして、あの子がわたしを見ていました。


 夢だけどそのシーンは起きても覚えていて、夢であの子が入っていた段ボールを引き出して開けてみると、その中にあの子の爪と毛が残っていました。


「こんなところ、よく入れたね」


 その爪と毛は透明なプラスチックケースに入れて、これを書いているパソコンのすぐ側に置いてあります。

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