第12話「人間は自然を街に押し込め、我が物顔で歩いている」

 夕食の時間になって食卓の席にすわると、父がわたしの正面に、母が父の左側にすわった。いつもの席順だ。


 わたしの左にも椅子がひとつあることに、いままでは違和感もなにも感じていなかったのだけれど、きっとそこには姉がいて、四人で食卓を囲っていたのだろう。


 いつの日かまた、当たり前ではなくなった日常がもう一度おとずれますように、とわたしは祈った。


「瑠璃も明日は来てくれるって」

「あら、じゃあお寿司頼まなきゃね」

 と母が張りきった声で言った。


 父がわたしの向こうでの生活をしきりに聞いてくる。ご飯はちゃんと食べられているか、大学やアルバイトは辛くないか、大学の友達とは仲良くできているか、などなど、父は立派な体格のわりには心配性な性質で、銀縁の眼鏡の奥の瞳は、柔和な光を灯している。


 わたしはそれに手みじかに答えていった。万事オーケーとまでは言えないけれど、自分なりに世間にはなじんでいるつもりだ。


 人生や社会に対して多少思うところがあっても、人は人であるかぎり、街からのがれることはできない。道はどんな山奥にもつづいているし、海や空にも見えない道が数多存在する。かつて自然のなかに生きていた人類は、もはや自然のなかに生きるのではなく、自然を街のなかへ押しこめてしまったのだ。


 自然もまた、街のいとなみの犠牲者だとわたしは思う。近隣では利便性や災害対策のために高速道路が建設されているのだけれど、その際に山が切りひらかれ、安全のためという名目で、山肌は次々とコンクリートでぬり固められている。その結果かどうかはわからないけれど、最近は道路で跳ねられる動物が増えていると聞いた。


 いっぽうで大人たちは、SDGsだなんだといった、聞こえのいい言葉を使っている。わたしはここに欺瞞を感じてしまう。本音を建前という名の金箔で覆い隠し、見えないようにすれば、くさいものに蓋をするように、一見すると万事が解決し、なんとかなっているように見えるものだ。同じように、かつてのわたしにも、内申点や献身という名の金箔が貼られていた(おそらくはいまも)。それを見た大人たちは、わたしを立派だなんだと形容するけれど、その実、わたしの内側は錆びた鉄のように穢く、腐敗は内臓を侵し、ついには心にまで達しようとしている。


 つまり、わたしも失敗した社会と同じということだ。わたしは同族嫌悪をしているにすぎず、社会になじもうと思えば簡単になじめてしまう。だからこそわたしは、瑠璃の強さと美しさに憧れをいだくのかもしれない。


 父の問いに答えおわったわたしは、気象観測員の父に、二年前の青い粒子の降った日について、なにか知ってることはないかとたずねてみた。


「あぁ、あれね。実は僕も気になって調べてみたことがあるんだけど、どうやら百年くらい前にも青い雪のようなものが降ったという記録があるみたいなんだよ。非公式に、だけどね」


 わたしは食いつく。


「なんで非公式なの?」

「詳しいことはわからないけど、たぶん、他の人には見えていなかったんじゃないかな。二年前のやつも、僕以外には見えていなかったようだし、あんなに変わった出来事なのに、ネットにすら大した情報が載っていない。そして僕がカメラで粒子を撮ろうとしても映らなかったんだ。だからあれは、この世の出来事ではなかったのかもしれないね」


「その百年前って、正確には何年の何月?」

「たしか、十九二一年の五月だったかな。ただでさえ雪の降らない地域なのに、五月に雪が降るなんておかしいって書いてあった記憶があるよ」

「へぇ、五月。その日以外にはないの?」

「たぶん、ないんじゃないかな。他に記録もないし、そういう噂話みたいなのも周りで聞かないしね」

「たしかに田舎だと変なこと言っている人がいたら噂になるもんね」

「そうだね」

 と父は苦笑いを浮かべた。


 そこでつまらなそうに話を聞いていた母が、嬉々として噂話を話しはじめた。わたしはそれを聞きながしつつ、瑠璃に伝える言葉を探した。

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