第9話 試験合格

「決着はついたみたいね」


 アリシアは拍手をしながらこちらへと近づいてくる。張り付けたような笑顔に少々、違和感を感じる。こういったとき彼女は素直に褒めるはずなのだ。


「二人とも、素晴らしい模擬戦だったわ。文句無しで合格よ」


 アリシアは握手を求め、手を差し出した。俺が応じようと手を伸ばすと……

「待って」

 シルフが俺の手を制した。彼女の顔にはまだ緊張が残っていた。彼女の視線はアリシアの手に注がれ、警戒の色を帯びている。

 一方、アリシアはニコニコと笑顔を保ちながら、握手のポーズを維持している。


 空気が凍る。ここまでヒントを貰えば、シルフの警戒がただの思い過ごしではないことが分かる。

 しかし、重要なのは、アリシアの手に隠された何かだ。熟練した魔法使いはいくつもの隠し玉を持っているが、魔法を使った様子もないし、呪文を唱えた気配もない。


 突然、シルフが叫んだ。


「分かった。義手ね」

 言葉を言い終える前に、アリシアの作り物じみた笑顔は、満開への笑顔へと変わった。


「正解。もうー、良く分かったわね。この可愛い子ちゃん」

 と、アリシアはシルフを抱きしめ、振り回す。なるほど、これが最後の試験だったわけだ。


 しかし、アリシアは一体どうしたんだ?十年前には確かに彼女の腕はあったし、彼女はそんな大怪我をするような無茶をする身分じゃなかったはずだ。それに、彼女にとって若さを象徴する身体は、命の次に大事だろう。そんな彼女が義手とは、何があったんだ?


 俺の疑問をよそに、女二人は童女のようにはしゃぎながら酒場へ戻っていく。慌てて、俺も後を追った。




「さて、二人とも登録が必要だから、話を聞かせてもらうわよ?まずは年齢」


「分からん、三十は超えている」

 自分の歳が分からないスラムの住民はそう珍しくない。物心付いた頃には、親も親戚もいない者も多いからだ。

「私は十八歳」

 思わず、シルフの顔を二度見した。―十八歳、成人しているのか。


 俺の視線に気づいたのか、女神さまとやらが告げ口したのか、シルフは俺を睨む。

「なに?確かに私はちっちゃいけど、立派なレディよ?」

 とあえて、宮廷訛りで挑発してくる。もちろん、俺が気になったのは頭の幼さの方だ。


「まぁまぁ、次、出身は?」


 まずいな。この街が出身だと言えば疑われるだろう。それが真実であっても、アリシアには違和感を与えるはずだ。

 そして、この悩みはシルフも同じなようで、彼女は斜め上を見ながら嘘を考えていた。


「俺はそうだな、東の遠い国から」

「わ、私も」

 

「へぇー、同郷なのね」

 クソ、シルフは本当に十八歳か?考えなしが過ぎるだろう。いや、俺が十八の頃を考えれば、文句は言えんか。また別種の大馬鹿だったしな。


「じゃあ、最後、二人の関係は?」

 当然の疑問だ。同じ出身地の実力者二人、歳は離れており、兄妹でもないと来た。だが、登録の作業とは関係ないだろうから、アリシアの個人的な疑問だろう。

 答えなくても………いや。


 ちらりと横を見れば、シルフは絶望的な表情で、必死に嘘のストーリーを考えている。何か後ろめたいことがあると、アピールしているようなものだ。

 よし、ここはシルフに任せてみるか。


「決まっているだろう、シルフ言ってやれ」

「ま、待って、私、私が?」


 シルフの頭を急速に回転数を高め、必死に過去の実例を総当たりした結果、壊れた。

「夫婦です」

「まぁまぁまぁ、そうなのね」

「はい、そうです」

 シルフは機械のように受け答えを続ける。言葉が脳髄を介さずにやり取りしているようだ。

 しかし、こうなるほど追い詰めた原因が自分であると考えれば、罪悪感の一つも沸いてくるものだ。


「アリシア、すまん、嘘だ。本当は旅の仲間なんだよ。同郷とあって、旅の途中で息が合ってな、それから、道中を共にしてるんだ」

「それでも、男女の二人旅とあっては、色々あるでしょう。それなら、早く甲斐性見せてやんなよ?年取った女の恨みは怖いよ?」


「まぁ、そうだな」

 これほど実感を伴った言葉もないだろう。俺は背筋を撫ぜる恐怖を何とか抑え、話を戻した。


「ともかく、これで登録は終わりだろう?俺たちはこれから宿を探す必要があるんだ、ここらで抜けさせてもらっていいか?」

「ええ、もちろん」


 と、まだうわ言のように、「夫婦」という単語を呟くシルフを引っ張って外に出る。俺たちに纏わりつく酒場の視線はやはり、好奇を含んだものであったが、幾分か暖かいものも混じっていた。


 外に出てしばらく歩く。俺たちが出会った人気の少ない路地へと着くと、シルフを座らせた。

「おーい、シルフ、シルフさん。勇者さま?大丈夫ですか?」

 勇者という言葉が、シルフにとって、どれほど大きいかは分からないが、そこでようやく正気に戻った。

「は、はい、問題ありません」


 と、シルフは辺りを見渡し、ようやく状況を呑み込んだようだ。

「ええと、結局、私たちどうなったの?」

「旅の連れだって言ったよ」

 そう、とシルフはどこか残念そうに呟いた。


「まぁ、借金はいつか返すさ。それより、勇者がギルドに所属してるとバレる方がまずいからな。もうあそこには近づくな」

「ええ、そうですね」


 シルフの敬語のトリガーは、勇者としての振る舞いを求められるときのようだ。十八で国家の最終兵器を務める、その心労は俺には想像もつかなかった。


「それじゃあな?」

「ええ、あの、その、楽しかった………です」


 俺が立ち上がろうとすると、シルフは俺の肩に手を置いた。


「あの、私の本名はシルフィ・アナスタシアなので」

 驚いた、シルフは偽名だったか。なにより、あそこまで嘘を吐くのに困っていたシルフに偽名を伝える余裕があったことが衝撃だ。

「そうか」

「はい、お金、絶対に返してくださいね?」

「もちろん」


 まだ今日の用事は終わっていない、俺は目的地へと急いだ。





「あら、忘れ物?もう盗られてるかもしれないわよ」

「ああ、忘れ物さ。『風の調べ』魔法ギルドの団員になりたくてね」

「冒険者ギルドじゃなくて?」

「ああ、俺は魔法使いだからな」


 アリシアは妖艶な笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。余裕ぶった笑みからは、考えがまるで読めない。


「いいわよ。あなた信頼できるもの。どうせ、シルフちゃんに内緒で来たんでしょ。そういうところ、すごくいいわ」

「シルフには言うなよ?」

「ふふ、男の秘密は勲章だものね、いいわよ、それじゃあ、本当の入団試験を伝えるわね――」

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