第10話 ごく個人的な暗殺依頼

 『風の調べ』には二つの側面がある。

 一つは冒険者ギルドとして、数多の冒険者を束ねる昼の皇帝。

 もう一つ、それは才ある魔法使いを育成する夜の女帝。


 しかし、問題があった。それはこの街に、安定して魔術回路を刻めるような質の良い魔術師が不足していることだ。

 その結果、『風の調べ』は自身のギルドに加入する魔法使いの数を制限したのだ。具体的な数は不明だが、現在、夜の『風の調べ』は満員なのだ。


 正規の方法で入団するには団員が欠けるのを待つしかない。

 しかし、アリシアは俺にもう一つの方法を提示した。



 それが既存の団員の暗殺依頼だ。

 もちろん、『風の調べ』のメンバーなら誰でもいいわけではない。俺に許可されたターゲットは一人だけで、そいつはアリシアの左腕を切り飛ばした張本人である。


 なぜギルドマスターを傷つけた男がまだギルドにいるのか。それは、彼がアリシアとの模擬試験で彼女の腕を切り飛ばしたからだ。アリシアには面子があり、彼女の怪我は自業自得の側面がある。だから彼女は、たとえ憎くても入団を断ることはできなかった。

 そこで、アリシアは有望な新入りに個人的な暗殺依頼を持ちかけるのだ。―左手の仇を取ってくれと。俺はこの依頼を受けた。


 ごく個人的な暗殺依頼、利益を産むことはないが、彼女の腹はスッとする。

 俺はもちろん、この依頼を受けた。




その日は「感謝の日」と呼ばれ、神前通りで蚤の市が開かれていた。大規模な商会がテントを広げ、街の人々が中古品を並べる。通りは人で溢れ返っていた。


―アリシアの話によれば、男は必ず、蚤の市に足を運ぶというのだ。しかし、見ればわかるというのはどういうことだ?




 俺は蚤の市を散策しながら、不審人物を探した。大量の古着を買いあさり、再度売るもの。商品に文句をつけては次の商品に移る老人。ピンとくる人物がいない中、一人の男が目に留まった。


 特段変わった点はない。しいていえば、女児服のみを取り扱うテントをじっと眺めているくらいだ。しかし、男はある程度歳を取っているように見えるし、娘の服を探していると考えれば不審ではない。




 十分、二十分、神前通りを端から端まで見渡すが、それらしい人物はいなかった。そのとき、もう一度あの男が目についた。


 俺の中にわだかまる違和感はすぐに納得へと繋がった。男は同じ服を眺めているのだ。全く位置が変わっていない。同じ店、同じ服の前で、微動だにせず服を眺め続けている。


 店主も迷惑そうに男を睨むが、全く取り合おうとしていない。しばらく監視を続け、男が懐から魔法催眠薬を取り出し、飲み干したことで違和は確信へと変わった。


 あの男だろう。

 後は、どこかでカールという名を聞き出せればいい。



 監視を続ける。太陽が傾き始め、辺りが赤みがかった頃、男はようやく動いた。契機は男の見ていた服が買われたことだ。そこで、ようやく、男は動いた。


 男は中肉中背で特段変わった姿をしているわけではない。目鼻立ちもすっきりしており、髪や服を整えれば女性からの人気も厚かろう見た目をしている。しかし、目の隈やぼさついた頭がどこか男を覇気のない人間に見せていた。


 男は神前通りを抜け、狭い路地へと足を運ぶ。誘っているのだろうか?しかし、迷うことはできなかった。この機会を逃せば、次の「感謝の日」に巡り合えるのは二週間後だ。それは俺には許容し難い長さだ。


 男を追って、路地へと入る。そこで男は後ろを振り返り、こちらを睥睨していた。

「どうも、アリシアの寄越した人でしょう?」


「ああ、アンタはカールか」

 男は口角だけを無理やり上げたような笑みを浮かべ、肯定を表した。

 やはりか。気づかれていた。しかし、自身の足で、人気の少ない場所に移るのは自信の表れだろうか。


「いやにしても、優しい人だね、名前を聞いてもいいかい」

「名はキールだ。しかし、優しいだと、何を勘違いしてるんだ?」


「いやね、そりゃ嫁子供を誘拐すれば、私なんて俗物はどうにもなりませんからね。あなたはそんなことしないでしょう?だから優しい人だ」


 とすると、ただ娘の服をもの凄く長い時間をかけて選んでいただけなのか?いや、関係のない話か。どちらにせよ、こいつはカールだ。


「しかし、最近はどうも不幸続きでたまりませんな。娘には彼氏が出来るし、まだ、十一ですよ?、それに爺さんもボケが酷くなってきて、自分の名前さえ忘れるものですからね、兄さんはどうですか?」


 緊張感に欠ける奴だ。大体、その口ぶりからして、本当に自分が狙われているとしっているのか?


「普通だ」

「普通、普通と来ましたか。いやね、実際、それが一番ですよ。私の一家は上昇思考もないし、娘もそれなりに元気に過ごすのが一番だと思っているのですがね、弟夫婦なんて、息子を苦労させたくないからといって、勉強をたくさんさせて神学校にいれようとしてるんですよ。将来は司教さんだ、何て言ってね。でも、まだ十にも満たない子供に言ったって仕方が無いですよね?どう思いますか?」


「まぁ、そうだろうな」


「でしょう?だから、私も言ってやったんです。お前だって、十の頃は遊び惚けていたじゃないか?でも、今は身体もピンピンして、一家の大黒柱をやれてるんじゃないか。心配するなって、でもうそうなったら、やいのやいの大げんかですよ。狭い室内で、大の大人が取っ組み合い、恥ずかしい話ですけど、負けましてね、昔は随分といじめてやったものですけど、歳を取ると逆転するもので、もう敵いませんな」


「あ、ああ」


 本当は一般人じゃないのか?理髪店にいるくらいに陽気だが。


「ははは、いや、本当にお優しい。私はいつでも仕掛けて頂いて結構ですよ?得物も準備していますし」

 と男はひらひらと、袖口からナイフを取り出した。

 調子が狂うな、本当に。


 俺は一直線に切りかかった。

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