第7話 勇者
まずは、アリシア・スライバードという女を攻略する必要がある。生粋のショタ狂いであり、リーストル区スラム街の番人。人を簡単に信頼して、見限るのも早い。刹那的でありながら、分不相応な厄介事には突っ込まない、従順な鉄の乙女だ。
あの女の性質は良く分かっている。そして、今回の強行で、いまだ変わりないことも良く分かった。
彼女にとって、フォークナー・ルイスというのは、手に余る情報だったのだ。俺という問題をなかったことにする方がよいと考えた。だから捕まえようとしたのだ。
俺が試みたのは、言わば邪道だった。全てを告白し、俺という存在を議論の遡上にさえ載せきってしまえば、万事上手くいくのではないか、という無策もいいところの考え。であれば、今度は常道を試すのが良い。
『風の調べ』は常にギルド員を募集している。多くの団員が合格し、その後なぜか、他のギルドへと移籍してしまうことで有名だが、端から、彼女の目を引く活躍を出来れば、俺は彼女の信頼を得られるだろう。
アリシアは原理原則の分からぬ利益を特別警戒する割に、道に落ちた銀貨には喜んで飛びつくような女である。
そうと決まれば話は早い。俺の偉大なる航路の一歩はまず………服だな、服を見繕おう。
ゴミ置き場で起きた後、半日という時刻が過ぎようとしていた。太陽が真上から照りつけ、影は全て断ち切られたようだ。俺は路地裏の薄暗い隅に身を隠し、一人の女と対峙していた
「なあ、分かった。分かったから盗みはしない。恫喝もだ。真っ当な手段で服を取ってくるよ。お願いだから、もう俺のこと放っておいてくれないか?なぁ、勇者さん?」
かれこれ半刻、俺はこの世で最も厄介な生物に目を付けられていた。
勇者、奇跡の体現者であり、御心高き者の忠犬、人間の戦いを仲裁、もとい、より信仰深き者へと肩入れする賢愚の別なき神の代行者だ。
リーストル区にも二人控えていると聞いていた。
しかし、まさか、衛兵の真似事をしているとは思わなかった。
「あなたは信用ならない。だから見張る」
「信用だって。俺は生まれてこの方、女神様への礼拝を忘れたことがないんだ。親が亡くなって、借金取りが押し寄せてきたときも、礼拝だけはいつも通り行ったのにか?」
もちろん、俺は孤児だし、『神罰』を拝む以外に教会に行ったことなどない。
「私には嘘が分かる。女神様に嘘をついているか教えてもらえるの」
「分かった。確かに、俺は嘘を吐いたさ。でも、女神様を敬愛しているのは本当だ。炊き出しには何度もお世話になったしな」
「そう、嘘を吐いていたんだね。私は嘘をついているか、いつもなら分かるんだけど、あなたの嘘だけは分からなかった。なぜか女神様が取り合ってくれないの」
勇者は続けて、だから信用できないと言った。
嵌めやがったのだ、俺を。内心で舌打ちしながらも、その狡猾さに少し感心していた。もちろん、こういう類のブラフに引っかかるのは久々だった。そもそも、勇者などという立場の人間が仕掛けてくるとは思わなかったのだ。
誂えたような白銀の髪に、煙突掃除夫のような小さな体躯、絵本の中の妖精のような姿なのに、かなり狡猾なところがある
「正直に言う。俺は一文無しだ。服を買う金もない。帰る家もない。だから盗むか、このまま一生を裸で過ごすしかないんだ」
「どっちも駄目」
「それなら、勇者様が服代くらい出してくれたっていいじゃないか?そしたら俺だって真っ当な職に就けるんだ」
「分かった」
「だろ?だから俺は盗むしかって………分かった?」
「貸すだけ、いずれ、返してもらう」
と勇者は、鈴付きの小さなポーチを渡してきた。中を覗けば、金貨がぎっしりと詰まっている。なるほど。
俺は腰布一本というバーバリアンスタイルで、市民街をうろつきまわった。無論、怪訝な目線を集めることになるが、そんな彼らもいずれ俺を忘れることになるのだ。
俺たちは市民街をしばらく回り、必要なものを買いあさった。
「ねぇ、その服、私のより高いんだけど」
「ああ、なんせこれは防刃だ。スラムで生きてくには、刃の一つ二つ防ぐ必要があるからな」
「じゃあ、ナイフは何?服じゃないよ」
「最新鋭のファッションスタイルだよ、危ない男を演出するんだ」
と、勇者は眼を潤ませ、こちらを睨みつけている。罪悪感はない、なにせ、この勇者に付きまとわれたせいで、半日かかったのだ。それも全裸で。
あとは魔法催眠薬。これは魔法使いにとっては必須だ。脳の機能を拡張するにあたって外せない。
「まだ買うの?」
「安心しろ、あとちょっとだ」
勇者は何とかポーチを取り戻そうと画策するが、甘いな。スリに鍛えられた、財布防衛術には敵わないだろう。
低い身長をめいいっぱい伸ばし、手を伸ばしてくるのを、肘で押さえつける。
「いやー、女神さまさまだな」
「それ、私のお金なんだけど?」
勇者を無視し、魔法催眠薬も買い取った。もちろん、予備の予備の予備まで、必要分を全てだ。
「いやぁ、助かった。まさか勇者様に救われるなんて、女神様に祈りを捧げといてよかったよ」
「もう返してくれる?」
「もちろんだ」
と、ポーチを渡すと、勇者はしばしポーチとにらめっこを続けた後、ゆっくりとこちらに振り返った。
「南方戦役でもらったお小遣い、半分消えてるんだけど」
お小遣い、という如何にもチープな言葉が、俺の胸に突き刺さった。
「勇者様なんだ、給金はたんまりもらってるんだろ?」
「私は教会の所属だから、全て現物支給だし、現金も教皇様と会ったときに、財布に入ってた分だけもらえるし」
お小遣い、という名にふさわしい大まかな渡し方をされているのか。というか、教皇様って、一番偉い人だよな?
「まぁ、いつか返すよ」
「絶対、絶対に返してくださいね?」
妙に畏まった言い方で、約束を取り付ける勇者に、俺は無言で頷いた。
もちろん、覚えていたらだが。
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