第3話 新たなる人生

 お金はお金をたくさん持っている奴に集まるっていうだろ?

 同じように、不幸なやつに限って、より不幸な目に遭うみたいだ。


 俺はしくじった。

 しくじった結果、腕は折れた、爪がはがされた。脳は魔術回路で焼き切れて、歯もなくなった。何気にこれが最悪だ。俺はもう、分厚いジャーキーを食いちぎることも出来ないんだ。




 ミサに遭った晩、俺は誘拐されたガキの情報を集めた。

 名はターキー、マリガンとルークスの一人息子で、先月から郵便屋に就職したらしかった。恋人はいない。鳥のスープが好物で、嫌いな食べ物は大根だ。茶髪の癖っ毛で、腕っぷしは弱い。友人は多いが、意気地なしで知られている。


 郵便屋で何を見たかは知らない、しかし、何かを見たのは確かだった。大方、お偉いさんの配送物が、何の因果かターキーの手に渡り、運悪く、中身でも見たんだろうと思う。


 裏の世界ではターキーに十万リルの値段がついている。

 その依頼は何よりも雄弁に、ターキーの将来が真っ暗であることを告げていた。

 どうみても厄ネタだ。俺は即刻、降りるべきだった。




 俺を捕まえた男は、ニヤニヤと笑って、俺を見ていた。見下している眼だ。


「それで、どうして、ターキーなんてガキを追いかけた?吐け」

「たまたま、誘拐、された、現場を、見たんだ」

 口が回らない。口周りの筋肉が弛緩して、涎が止まらないのだ。

 血と涎を幾ら飲み干しても、次がある。おれはもう窒息しそうだった。


「なら、どうして、シンシア家の紋章を持っている?」

 男が見せびらかしたのは、ガキからもらったチョーカーだった。亀の紋章の意味、俺は良く分かっていなかった。

 何よりも、こんなもの早く闇市にでも流すべきだった。素性を知らせずにやる方法なんて、いくらでも知っていたのに。


「盗んだ、のさ、ガキ、からな」


「ふむ、少しおかしな話だ。お前さんは、誘拐に首を突っ込むほどの善良な衛兵なわけだ。他方、貴族のガキから紋章を盗むほどの悪人だともいう。辻褄が合わないんじゃないか?」


「ふふ、俺も、そう、思うよ」


 ゴッ、と鈍い音が鳴った。衝撃に肩が震え、竦むような痛みが後を追った。殴られた、そう脳が認識する前に、ニ撃目がやってくる。

 ガッ、と子気味良い音が鳴る。


「しまった、先に歯を抜くべきじゃなかったな。後にすれば、お前の口の中をずたずだに出来たのに………いや」


 男は何やらとげとげとした金属を持ってくる。

「これは本来、拳につけるものなんだが、お前、これを噛め」

 俺の抵抗むなしく、俺はそのとげとげとしたものを噛まされる。


 男はにやっと笑う。

「最終通告だ。俺はお前がシンシア家の間者であると睨んでいる。もし、お前が吐けば、一思いにぶち殺してやっていい。それが無理だっていうなら」


 男は大きく拳を振りかぶる。

 俺は眼を強くつむった。





 リーストル区に鐘がなる。小鳥の囀りが朝焼けを満たし、商売人がそぞろに起き始める。

 中央通りには、一つの死体が打ち捨てられていた。身体は原型をとどめておらず、その素性は、誰しもが気にもとめない。リーストル区の住人にとっては慣れたことだった。

 他者の不幸に目をつぶることが、何よりも得意な彼らにとって、死体はやはり、邪魔者でしかなかった。





『祝福:メメントモリ』が解禁されました


 男には前世の記憶があった。だからこそ、彼は自分が地獄に落ちることを知っていた。この世に複数の世界があることを知っている男にとって、死後の世界を想像するのは容易だった。

 拷問の後、目を覚ました男はまず、自分の眼を疑った。


「は?生きてる、のか?それも無傷で」


 男は自身の身体を触る。鎧や直剣といった、金目のものは全てない。しかし、何よりも健康な肉体がそこにはあった。

 ポケットを探ると、飲み残した蒸留酒の瓶が出てくる。


 男は道のど真ん中で、人目をはばからず瓶を呷った。酔いが回るのは早い。男はあっという間に、酒を飲み切ると、そのまま道に寝転んだ。


「おい、酔っ払い、邪魔だからどけ」


 別の衛兵が男に声をかけた。衛兵は男の知り合いで、何度も飲んだ仲であった。


「おい、シースか?俺だよ、リューストス・キールだ」


「は?てめぇのことなんざ知らねぇよ」


 男は少しかちんと来た。確かに、こんなところで寝るのは男が悪い、ただ知らない素振りを見せるのは意地悪だろう。


「よく見ろ、俺の顔を、お前の、先輩の、何度も奢った、キールだ」


 ダル絡みであることは自覚している、しかし、先ほどの拷問がまるで夢の出来事のように、真っ新になくなってしまったことで、男も気が大きくなっていた。

「は?だから知らねぇよ」


 と、ここで酔いが覚めた。大した量は飲んでいないし、自身が酩酊して、後輩を見間違えているなんてこともない。むしろ、不思議な出来事が立て続けに起こったことで、薄ら寒い不気味さを感じるのだ。

「すまん、名前を確認していいか?」

「何だよ、急に落ち着くじゃないか、俺はシース・クリストファーだ」


 やはり後輩である。後輩はこういった無意味な冗談を嫌がるようなやつだ。それに、その真面目腐った顔も、態度も、嘘をついているようには見えなかった。


「なぁ、詰め所に案内してもらえないか?」

「あ?なんだ、財布でも盗まれたか。まぁ、いいけどよ」

 と、後輩の後についていく。


 詰め所に入り、一人一人自身との面識を確かめていくも、自身の記憶を持つ者は誰一人いなかった。

 挙句、自分用の鎧置きもない。自身が借りていた宿に、別の客が入ったのも知った。



 やっと、男は世界から自身の痕跡全てがなくなっていることを確信した。

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