「おれさあ、胸、あんだよ」

 夏休み直前の一週間、二人で校内七ヵ所を回る。

 普段から二人っきりになることなんてないカンヂとシイナだから、しかもあんなことがあったすぐ後に平静でなんていられない。

「あっちい」

「ああ」

「なあ、暑くね?」

「ああ、暑いな」

 そして無言。

 大人の背丈ほどの高さに設置された木造白ペンキ塗りの箱のカギを開け、片方が中の温度計を読みあげるともう一人はそれを手元のシートに記入、暑いとかダルイとかそれ以外の会話はなし。

 一学期も明日までというこの日も、二人はそんな風。

「外30、中28度。なあなんか雨ふりそうくねえ?」

 空には墨を流したように雨雲がグングン発達しはじめてた。

「ああ。急いだほうがいい」

 かけ足で観測点を回るが、のこりあと二つってタイミングでついに雨に降られてしまう。

「うぎゃ~~~~~! めちゃめちゃスゲー!」

「用具庫まで走れ! あそこなら雨しのげる!」

 バケツひっくりかえしたみたいなキョーレツな雨だ、20メートルも走らないうちにびしょ濡れになり、走って走って用具庫に飛びこむとヒジやアゴからしずくがボタボタ落ちる。

 膝に手をつき息をととのえていると、後ろで稲光がバッと光ってドカンと雷おちる。

「スゲーヤベー今チョーびびった」

「校舎の避雷針ひらいしんに落ちたみたいだ」

「ウソ。どこどこ」

 また雷。

 二人は出した頭をまた引っこめる。

 雨足はさらに強くなり、地面が煙るほどの土砂降りになった。

 水滴が地面をぶったたく音でゴウゴウと空気がうなる。

 肌ざむくなり、カンヂは服をぬいで水気をしぼる。

「バカなにぬいでんの」

「ひえるから。おまえも服かわかしたほうがいいぞ」

「ヤだよ恥ずかしい、こんなトコでいきなりハダカとかバカじゃん」

 言いながら、シイナは両腕を抱き背中をまるめる。

 雨はいっこうに弱まる気配をみせず、雷鳴はさらにつづいた。

 カンヂはシャツをまたぬいで、シイナの肩にかけてやった。

 それから用具庫の重い引き戸をしめる。

「なにしてんの」

「シイナおまえふるえてる。さむいんだろう」

 扉が完全に閉まると、闇がおりておたがいの顔が見えなくなる。

「おれが走らせたせいだ。悪かった。校舎に引きかえせばここまでぬれずにすんだ」

「……べつに、そんなんカンケーねーし」

 コンクリート屋根とブロック壁ごしに聞こえるくぐもった雨音。

 雷鳴がゴロゴロ腹の音みたく聞こえる。

 カンヂが平均台に腰かけると、シイナもちょっとはなれたところにすわった。

「服、かわかさないのか?」

「ああ」

「今ならだれも見てないぞ」

「おまえいんじゃん」

「外にでていようか?」

「いらねーし」

「そうか」

「うん」

 深呼吸すると、石灰の粉っぽいにおいがした。

「なあ」

「うん?」

「おれ、わりいこと言った」

「? なに? いつ?」

「こないだおまえんちいったとき、おまえら、ウソの家族って」

「ああ」

「あれ、ごめん」

「ふむ」

「おれんち、今なんかうまくいってなくて、おまえらスゲー仲いいからなんか、ムカついたっつうか……」

「そうか」

「うん」

 シイナがくしゃみをした。

「服、かわかせよ」

「うん」

 カンヂの服をバーに広げて引っかけ、シイナはそろそろとハデ柄のシャツをぬぐ。

 水をしぼり、それをまた着こむ。

「スッゲーぬれてる。ゾーキンみてえ」

 シイナはやっと笑った。

 それからカンヂにシャツをかえしたが、カンヂはそれを丸めて手にもつだけだった。

「服、きねえの?」

「ああ。さむくはない」

「そっか」

 シイナがカンヂの横にすわる。

 さっきよりちょっと近い。

「なあ」

「うん」

「おれ、ずっとプール休んでんじゃん?」

「水疱瘡でな」

「あれ、ウソ。本当は病気なんかじゃないんだ。つか、病気じゃねーけど、なんつーか」

 シイナはだまりこむ。

 カンヂもだまって次の言葉をまつ。

「おれさあ、胸、あんだよ」

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