「ここは女の聖地。チンチンついてるやつはあっちいけ」

「お手伝いします」

 でっかい流しのある台所でテキパキはたらくサイコに、滑川セラがすすみでた。

「そうか、じゃあイリコのアタマとハラを取ってくれ。身も二つに割って。やり方はわかるか?」

「はい」

 そつなく言いつけをこなし、うまいこと助手の座におさまる。

「あの、おれも手伝えるけど」

 シイナが首をつっこむと、

「男は台所に入ってくんな。ここは女の聖地。チンチンついてる奴はあっちいけ」

 こっちはさもじゃまそうにおっぱらわれた。

 滑川セラにクスクス笑われたのが恥ずかしくて、シイナは真っ赤になってすねる。

「ただいま。なんだお前ら。夕飯食べてくのか?」

 カンヂが保育園から園児六人を連れてもどってきた。

 たちまち女子がむらがって、幼児たちをなでたり抱きあげたりしだす。

「オメーのネーチャンが、食ってかねえと殴るって」

「サイコは本気で殴るからな。怒らせるなよ」

「シイナが、チンチンついてる奴はでてけって」

「うっせーハセ死ね」

「おれが手伝っても同じこと言われる。滑川は帰ったのか?」

「台所」

 カンヂがおどろいてのれんのむこうをのぞいた。

「追いだされなかったのか? すごいな滑川。うちの妹たちも手伝わせてもらえないのに」

 話し声、ときどき笑い声も聞こえてくる。

 女二人はなかよくやっているようだった。

 そのうち大きい妹二人と弟も帰ってきて、さらに離れの叔母と兄弟姉妹たちも顔をだし、家の中はいっぺんにニギヤカになる。

「すっげ、おまえんちいっつもこんなんかよ」

「いつもはおまえらがいないぞ」

「ちげーっての。カンヂおま、ほんっとヘンなヤツ、いて!」

 シイナの背中を、いとこの幼稚園児サナがけっぽった。

 サナはそのままカンヂの膝におさまり、シイナにメチャメチャでっかいアカンベーする。

「なんだよいってーな」

「カンちゃんはサナのヒーローだかんね。怒らすとこわいよ」

 叔母のトシコが言うと、家族みんなが大笑いする。

 人前で幼子に手を上げるわけにもいかず、さりとてカンヂに文句も言えず、シイナはふくれっ面でだまりこんだ。

 正座した膝の上でサナをあやすカンヂは、学校じゃ見せないような優しい笑顔で、シイナは余計にむっつりした。

「飯が出来たぞお前ら。テーブルをあけろ。女手は皿を出すの手伝え。チンチンついてるヤツらは口あけてエサ待ってろ」

 大皿がドカリドカリとテーブルをしめる。

「すっげーなんじゃこれ。お盆みてえ」

 各々に小皿は回ったが、飯と汁の椀はまだ伏せられたままだ。

「なあ、まだ食わねえの?」

 シイナが小声で耳うちする。

「親父が帰ってきてからだ」

「まじかよ。おれもー死にそーハラ減った」

「ぶわか」

 サナが憎ったらしくいった。

「ぶわー、か」

 またいった。

「サナ。人をそんなふうに言っちゃいけない」

 一応さとしてみせるカンヂだが、頭をなでながら優しく言うので、サナは得意になるばかり。

 それどころか、カンヂの首ったまにかじりついて抱きしめてもらい、クスクス笑ってさえいる。

「勝手にしろ。あああ、ハラへったよぉ」

 怒るのもバカらしくなり、シイナがでっかく泣きごとをもらすと、またサナが

「ぶわーか」

とべーした。

 それから十分ほどして実吉家の家長が、嫁母親をともなって帰ってきた。

 ようやっと飯と味噌汁が配られ、イタダキマスの声とともに少年少女たちがいっせいに大皿へ食らいつく。

 あとはもう、しっちゃかめっちゃかだ。

 育ち盛りたちは腹に食いもんつめこむのに精一杯で幼児は揚げ物つかんであそぶし親とか年かさの子がそれをしかると面白がってほかの子もマネしだす。

 気がつきゃはなれのダンナも帰ってきててしかもトモダチ連れてくるしでオトナは酒が入って食事の場と思っていたのにいつの間にか酒盛りになってる。

「すご、いっつもこんななの?」

「いや、今日はちょっとだけやかましい。サナ、ご飯きちんと食べて」

 カンヂの膝を定位置にして、サナは口につめこまれた焼き魚で口のまわりをベトベトにしている。

 滑川セラとかほかの人間が「あーん」をしても見むきもしない。

 自分にモノを食わせる権利があるのはカンヂ一人だといわんばかり。

 いつの間にやら兄弟たちと班員は、一緒くたになってカードであそんでいる。

「どうした。食べないのか?」

「ああ、もうハラいっぱい」

 シイナがムッツリだまっているので声をかけると、メンドクサそうに答えた。

 まわりが盛りあがれば盛りあがるほど、シイナの気はふさぐようだ。

「カンヂ、風呂がわいた。どうする?」

「ああ。お前らどうする。うちで風呂に入っていくか?」

 同級生たちは顔を見あわせてためらうが、

「ううん。今日はもう帰る。おじゃましました」

滑川セラが立ちあがり、それでお開きとなった。

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