第38話 特訓の成果

「また来た」


 壁にもたれ休んでいたが、すぐに大きな足音が家中に響いた。どうやら次の刺客が来たようだ。迎え撃つため私は身構えた。

 大きな足音は、私がいる部屋に近づき、人影がはっきりしてきた。それを見た私は驚愕した。デューク伯だ。護衛もつけずに1人で乗り込んでくるとは、予想外だった。


「……ラヴェンナ、助けに来るのが遅くなってすまない。さあ、私とグリマルディに帰ろう。」


 舐めまわすような視線を、私に向けながら、不気味な笑みを浮かべている。

 激しい嫌悪感を抱きながら、私は睨み返す。


「お久しぶりですね。デューク伯」

「ハハハ、その様な他人行儀な言い方はやめろ。私はお前の父であり、想い人だ。昔から言っていたではないか。お父様大好き、将来はお父さんのお嫁さんになるって……」

「……想い人も父も、私には別におります。あなたは赤の他人です。お引き取りください」


 私の放った言葉にデューク伯は一瞬だけ顔を歪め、不気味さと憤怒が混じった、いびつな笑みを浮かべた。


「そうか、お前は欲望にまみれた邪悪なもの達の毒牙にかかり、洗脳されてしまったのだな。だが安心しろ。私と身体を重ね合わせれば、愛の力で、そんなものは解けるからな」


 むせ返るような気持ち悪さに耐えながら、トリカブトの花を手にとり、エッセンスを抽出ようとしたその時、物凄い速さで身体になにかが巻き付いてきた。


「これはラヴェンナのために買った蛇型のゴーレムだ。本当はこんな乱暴なことはしたくないんだ。でも、お前は変な奴らに操られて、暴力的で狂暴な女になってしまっている。だから許してくれ」


ゴーレムに強く締め付けられ、動けない。


「ここじゃ空気が悪いな。静かな場所で、ゆっくり2人で楽しもう」


 デューク伯は気味悪い笑みを浮かべ続けながら、蛇型ゴーレムに私を運ばせるよう命令した。



「ラヴェンナを助けるために、300人の兵隊を連れてヴェルジュに来たんだ。全員に一斉に命令を出したんだが、私が直接引き連れて来た者達以外は誰も来なかった。そして救出に成功した今も、遅れて着いて来る者すらいない。全く無能ばかりだ」


 歩きながら、デューク伯が饒舌に話し続ける。私は無視をして、蛇型ゴーレムから逃げる方法を考えていた。


「ラヴェンナ!」


 日が落ち、薄暗くなった森の中で、聞き覚えのある声が前から聞こえた。


「アレッサンダル様!」


 木立の間から走ってきたアレッサンダル様が、正面に姿を現した。


「貴様、その身体、なぜ傷一つ無くなっている?」

「言う義理はない。ラヴェンナを放してもらおうか!」

「放す? ラヴェンナは私の妻であり娘だ。それをさらっておいて、ふざけたことを」

「……お前は狂っている」

「気が狂っているのは貴様だろう。丸腰で私に挑もうとしているのだからな。まあ良い。拷問をする楽しみがなくなるのは残念だが、そこまで死にたいなら、我が剣でなぶり殺しにしてやろう」


 剣を抜いた後、デューク伯は顔を私に近づけて来た。


「愛しいラヴェンナ、お前はすぐに自由になれる」

「貴様、ふざけるな!」


 激怒するアレッサンダル様を嘲笑うように、デューク伯は唇を私に近づける。私は必死に抵抗するが、蛇型ゴーレムの締め付けが強まり、身動きが全く取れない。

 デューク伯の唇が紙一重のところまで近づいたその時、突如蛇型ゴーレムの拘束が緩み、私は解放された。

不思議に思い振り返ると、アレッサンダル様が、近くに落ちていた大きな丸太を蛇型ゴーレムの頭部を叩きつけていた。

 蛇型ゴーレムの頭部が破壊され、地面に崩れ落ちている。

 どうやら頭部のコアが破壊され、動きが止まったようだ。


「おのれ! おのれ! 私とラヴェンナの愛を邪魔する害虫が!」


 デューク伯が、アレッサンダル様を目掛けて剣を大きく振り下ろした。

 アレッサンダル様は、かさばる丸太を投げ捨て、寸でのところで、これを避ける。


「死ね! 害虫! 死ねえええ!」


 デューク伯は間髪入れず攻撃を続ける。アレッサンダル様は必死に避け続けているが、武器をなにも持っていないので、防戦一方だ。

 攻撃を避け続けながらアレッサンダル様は、こちらに目配せをしてきた。

 ……私に逃げるように合図している。 

だが、それはできない。なんとか彼を助けるため、近くに使えそうな植物はないかと見渡した。だが、暗くて判別できない。

考えた末、上手くできるかどうか不安だが、さっきお父さんから教わった魔法を試すことにした。

植物から成分を抜き取れるのであれば、大気中からも抽出できるかも知れない。そう思い、私から教えて欲しいとお願いした魔法だ。植物の成分を大気中に弓のように放つ魔法は、その時、副次的に生まれた。

 まず植物からエッセンスを抽出する要領で、大気中の特定の元素を集める。

……言葉にすると簡単だが、広範囲で特定の元素を感知し、それを手元に収集するには、莫大な魔力と精神力がいる。今にも気を失いそうだ。だが、ここで諦めてはアレッサンダル様が危ない。


「はあ、はあ……」


 植物のエッセンスを抽出した時のような、暖かい感触が手の中に広がる。

どうやらうまくいっていったようだ。

だが、身体にかかる負担が桁違いだ。いつ意識を失ってもおかしくない。

 暗いうえに疲労で周囲はぼやけて見えているが、改めて状況を確認する。


「私のラヴェンナを洗脳した罪は重いぞ!」


 デューク伯はアレッサンダル様に向かい剣を振り回している。今、デューク伯にはアレッサンダル様しか見えていない。……チャンスかも知れない。


「お父様……」


 デューク伯を父と呼ぶことには、強い抵抗がある。だが、私に注意を向けさせる方法は、これしかない。


「ああ、ラヴェンナ。そうだ、こちらへおいで」


 案の定デューク伯は、笑みを浮かべながら私に近寄ってきた。

その瞬間、アレッサンダル様は、デューク伯の剣のグリップを掴み、2人は互いに同じ剣を持ったまま揉み合いになった。


「離せ! 離せ! ラヴェンナが正気に戻ったのだ! 貴様らに洗脳されておかしくなったラヴェンナが、私の愛の力で正気に戻ったのだ!」


 激しいもみ合いを続く中、私は全力を振り絞って歩き、デューク伯の目前に立った。

 そして、デューク伯の顔の目前で手の平を広げて、魔法で元素を集めて作った、おならの臭いを放出する。


「ぐああっ、何だこの臭いは……」


 デューク伯は剣から両手を離し、顔を覆い隠した。

 これで剣は、アレッサンダル様だけが握っている状態になった。

 悶絶するデューク伯の腹部を、アレッサンダル様は剣で斬りつける。


「がああああ……」


 デューク伯は、そのまま地面に倒れ込んだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ご拝読いただききありがとうございます。

実はこんな中編小説も書いてみました。


話題作りに出馬した市長選で当選した底辺ダンジョン配信者。論破王としてバズるw

https://kakuyomu.jp/works/16818093080549226564


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