第39話 ヴェルデの陰謀

「大丈夫か!? ラヴェンナ!」

「は、は……い」


 おならの臭いがする魔法を放ち終え、意識を朦朧とさせながら倒れ込む私を、アレッサンダル様は寸でのところで支えた。

 お父さんの子供のいたずらにしか使えないような魔法が、こんなにも体力と魔力を消費するものだとは思わなかった。しかも私がさっき放ったものは、お父さんが使うものに比べて、威力が若干少なく、範囲はものすごく狭い。


 アレッサンダル様に身体を支えられながら、息を整える中、思いがけない声が耳に入ってくる。


「許さん、許さんぞ。ラヴェンナを、こんな下品な魔法を使う女に変えてしまうとは! 許さんぞおお!」


 腹部の傷を抑えながらデューク伯が、立ち上がろうとしている。

 素人の私から見てもお腹の傷は深い。普通なら、絶対に立ち上がることなどできないはずだ。

 さらにデューク伯は武器を持っていない。

 対してアレッサンダルの手元には、先ほどデューク伯から奪った剣がある。

 だが、デューク伯は立ち上がって、アレッサンダル様に向かっていこうとしている。


「ラヴェンナ、少しだけ待っていてくれ」


 私を近くの木に寄りかからせた後、アレッサンダル様はデューク伯の頭上に剣を振り下ろした。だが、突然現れた人影が、その剣をナイフ1本で軽々と受け止める。


「伯母上!?」


 言われてみれば、あれはヴェルデ女王陛下だ。日が落ちて周囲が暗い上に、シーフのような装いで、覆面もしているので分からなかった。だが何故、デューク伯を助けるのだろうか? 

訳が分からず私が混乱する中、女王陛下はアレッサンダル様に足払いをかけた。

アレッサンダル様は地面に尻もちをつく。


「勇者パーティーの賊王か」


 デューク伯が驚きながら、女王陛下に話しかけた。


「その名前で呼ばれるのは久しぶりです。どうして分かったのですか?」

「昔、チラリとだが見たことがある。その動きは忘れられぬ。理由は分からぬが恩に着る」

「……お礼を言われるようなことはしておりません。まだ死んでもらっては困るだけです」


 次の瞬間、女王陛下のナイフがデューク伯の両足を切り裂いた。デューク伯はうつ伏せに倒れ込む。


「があああああ!」

「足の腱を斬りました。もう立ち上がることはできません」


 苦しむデューク伯に背を向けて、女王陛下はアレッサンダル様に語り掛ける。


「この者は、先日クーデターを起こし、グリマルディの実権を握りました。いわばグリマルディの代表者です。そういったものが、自ら兵を率いて我が国の王都に不法に乗り込み、我が甥とその婚約者に狼藉を働いたばかりか、王都の安全を脅かすような破壊行為を行おうとしたのです。我が国が侵攻する際に、諸外国を納得させる十分な証拠です。他にも証拠は抑えていますが、生きたこの男ほど強い証拠はありません」


 ……やはり女王陛下は、グリマルディに侵攻するつもりのようだ。動揺する私を尻目に女王陛下はさらに言葉を続ける。


「さらに、この者は完全に崩壊した自国を立て直そうとはせずに、私利私欲を暴走させてこのような愚行を行いました。当然ながらグリマルディの民は、この者に強い憎悪を向けております。支配下に置いた際、この者をグリマルディの皆さまに生きたまま引き渡せば、我が国は、とても感謝されます。だから殺してはなりません」

「やはり、ずっとグリマルディを狙っていたのですね」


 私の言葉を聞いた女王陛下は覆面をとり、悲しそうな顔をこちらに向けた。だが、口元には微笑を浮かべている。


「誤解です。お話を聞いているかも知れませんが、あの国は王子とあなたの妹のせいで、この世の地獄と化してしまいました。悲しいことですが、自国だけでの再建は不可能な状態です。私はグリマルディの民のことを考えて、やむを得ず、この結論に達したのです」


 他国のために、善意のみで動く君主などいるわけがない。不信感募らせながら女王陛下の言葉を聞く。


「それでラヴェンナさんにもご協力頂きたいのです。ラヴェンナさんは、アレッサンダルの元にやってくる前は、グリマルディの名門武勲貴族ヴァルディエ家の令嬢で、民は勿論、貴族からも大変慕われていたと聞いております。グルマルディの未来のために、そのお力をお貸しください」


 奴隷になる前の出自を、詳しく女王陛下に明かしたことはない。……調べたというのか。動揺を抑えながら静かに言い返す。


「……買い被りです。私が女王陛下に協力したところで、グリマルディの民や貴族は、私を他国に魂を売った裏切者とみなすだけです。」

「ご安心ください。なんの根拠も無しに、お力添えだけをお願いしている訳ではありません」


根拠? この単語の意味がよく分からなかった。なにを根拠に、どんな事を私にさせるつもりなのだ?


「ヴァルディエ家はグリマルディ王国、初代国王と直接的な血縁関係がある家で、かつてヴァルディエ家の当主は王位継承権も持っていたと聞いています。ですが、王家に二心が無いことを証明するため、王位継承権は、ずいぶん前に当時の当主が放棄しております。しかし、その時の王は、ヴァルディエ家の影響力が強すぎることを懸念し、あえて正式に認めず、曖昧な状態にしておいたと聞いております」

「ちょっと待ってください! 初代国王と直接的な血縁関係があるのは家だというのは事実ですし、かつては王位継承権を持っていたのも事実です。ですが、放棄は正式に認められたと私は聞いております」

「なるほど。ヴァルディエ家では、その時の当主の考えが伝えられ続けたのですね。王家としても、その方が好都合ですし、蒸し返したくはなかったのでしょう。ですがグリマルディ王城の記録保管庫には、確かにその時の書面がありました」

「どうしてそのようなことをご存じなのですか?」

「さあ、どうしてなのでしょうか?」


 女王陛下は冷たい笑みを浮かべている。本当にそんな書面があったのだろうか?

それとも捏造して、ひそかに保管庫に置いてきたのだろうか? 

いずれにしてもグリマルディの記録保管庫は、他国の工作員の侵入を簡単に許したことになる。

聞いていた以上に、今のグリマルディ国内は大変な状態のようだ。それとも女王陛下の斥侯が優秀過ぎるのだろうか。


「おっしゃることが全て本当だとしても、私はヴァルディエ家の当主ではありません。王になる資格がないので、ご期待には答えられないかと」

「当主のみに受け継がれる印章は今、ラヴェンナさんがお持ちですよね?」

「どうして伯母上が、それをご存じなのですか!?」


 アレッサンダル様が、驚きの声を上げる。


「風の噂です」


 この事を知っているのは、私の他にはアレッサンダル様とお父さんだけだ。アレッサンダル様は反応を見る限り、このことを女王陛下に伝えていない。お父さんは女王陛下を毛嫌いしているので、協力するとは思えない。ならば斥候を使って知ったのだろうか。情報収集能力の高さにさらに、私は唖然とした。


「そしてあなたは、私の甥であるアレッサンダルの妻です。担いでおいて梯子を外すなどということは、絶対にないのでご安心ください」


 女王陛下は満面の笑みを私に向けた。私はどう返事をすればいいのか分からず、驚愕しながらその場に立ち尽くした。

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