第37話 押し寄せる刺客たち

「はあ、はあ……疲れたあ……」


 お父さんとの特訓で疲れ果てた私は、床の上に大の字になって寝転んでいた。自分から言い出したことだが、身体中が筋肉痛で激しく痛い。

 このままでは、これからやってくるデューク伯の刺客と満足に戦うことはできない。

 棚に沢山ある聖女のポーションを飲み干して、身体を全快させる。

 ……しかし、不思議である。お父さんはどうして国を売っても買えないと言われる聖女のポーションを、こんなに沢山持っているのだろうか?

 お父さんと聖女様が昔同じパーティーにいたことは知っているが、それでも多すぎる。


“変態親父が来たぞ! 変態親父がやってきたぞ!”


 危険を知らせる為に仕掛けた魔導ベル鳴り響いた。しかし、緊張感がない音声だ。もっと緊迫感があるものの方が良いとも思ったが、お父さんは私を安心させるため、あえてこの音声を選択したのかも知れない。

 玄関の扉が蹴破られる音が聞こえ、重い足音が廊下に響いた。


「この部屋にはいない!」

「なるほど、じゃあ残るは、あの部屋だな」


 話し声が聞こえた後、複数の足音がこっちに近づいてきた。

 足音は部屋の前で止まり、少しの静寂の後、ドアが蹴破られた。

 3人の刺客が、一気に部屋になだれ込み、私を取り囲む。


「お嬢様、お迎えに参りました。さ、御父上の元に帰りましょう」

「……」

「早く立ち上がってください」

「……」

「後ろのお花の山、とてもキレイですね。これでまた香水かなにか作っていらっしゃったんですか?」

「……」

「だんまりを決め込んだまま、座って動かないつもりですか?」

「……」

「面倒だ! 無理やり連れて行け!」


 刺客の1人が腕を掴み、私を引きずり立たせようとする。

 引っ張りあげられながら、もう片方の手で、側にあるアサガオを触る。


「……」

「私の頬になにかついているんですか?」


立ち上がり切ると同時に、魔法でアサガオから抜き取った成分を、刺客の頬を触り付加した。


「何だこれ……頭が……」


 アサガオの成分が持つ、幻覚と錯乱の効果が現れたようだ。


「おい! どうしたんだ!?」

「しっかりしろ!」


 刺客2人が慌てて仲間を支えようとする。その隙に再びアサガオを触り、2人にも同じ成分を付加した。


「うううううう」

「頭がぐるぐるする……」


 3人共、激しい幻覚に襲われているようだ。私はすかさず水仙を触り、成分を3人の身体に触って付加した。


「ぐああっ!」

「苦しい……」


 水仙の麻痺と痙攣の効果が現れて、3人共苦しんで倒れ込んだ。当分動けないだろう。


「おい、なにがあった!」


 苦しむ3人の声を聞いた、外にいる刺客たちが家に入ってきた。

 花瓶に入れていた鈴蘭の束を手に取り、彼らの元に行く。


「大変です!」

「お嬢様! いったい何があったのです!?」

「私を助けに来てくれた兵たちが、突然苦しみだしたんです!」

「クソ、なにかの罠か……」

「お嬢様はお下がりください!」


 新たに入ってきた4人の刺客たちは、物々しく辺りを見回している。

 彼らは私を保護する為に背中を向けている。

チャンスだ。

鈴蘭の成分を魔法で抽出し、4人の刺客に触れて付加する。


「うっ……」

「気持ちが悪い……」

「胸が苦しい……」


 鈴蘭の毒には心臓に異常をきたさせる効果がある。致死量には至らないよう調整したので、どこまで効くか不安だったが、無力化させるには十分だったようだ。


「随分とふざけたことをしてくれますな」


 新たなる刺客が現れた。人数は2人。どうやら隠れて、私の行動を見ていたようだ。


「お嬢様のお香水作りにしか使えぬ魔法に、この様な使い方があったことに驚いております」

「奇遇ですね。私もです」

「お嬢様は、おかしなものに変な入れ知恵をされて、おかしくなってしまわれたようだ」

「あなた達こそ、どうしてデューク伯の言うことを聞き続けるのですか?」

「多少、荒療治になりますが、お嬢様のためです。お許し下さい」


 彼らが近づいてくる。私は一目散に、元居た部屋に駆け込んだ。


「我々が部屋に入って来るのを待っておりますね。無駄ですよ。先ほどからの行動は全て見ております」


 花の山から彼岸花を手に取り、エッセンスを抽出する。


「なにをしているのですか? お嬢様に触られなければ、どうということはない」


 確かに私はさっきまで、魔法で抽出した植物の成分を、特定の物に触って付加することと、無作為に散布することしかできなかった。だが、お父さんとの特訓で、遠隔にある特定の物に成分を弓のように発射する方法を学んだ。

口と鼻を手で塞ぎながら、刺客の2人を目掛けて、彼岸花の成分を大気中に勢いよく放出した。


「な、なに……ウッ」

「目が……喉が……」


彼岸花の中毒症状は、嘔吐、下痢、中枢神経の麻痺……効果はすぐに現れたようだ。2人は苦しみながら床に倒れ込んだ。

 しばらく身構えたが、援軍が現れる気配はない。全て撃退できたとは思えないが、今は安全だろう。

 疲れたので壁に背もたれして、休憩しながら、先ほどからのことを振り返る。

 まず、私の魔法が、逃げるだけではなく、本格的な護身に使えたことに、改めて驚きが湧いてきた。この魔法は、大道芸にしか使えない魔法だと思っていた。魔法で作った香水やアロマオイルが領の財政を救うほどの効果を発揮しても、大それたものだとは、どうしても思えなかった。

 だが使い方次第では、こんなこともできるなんて。

 この使い方を思いついたお父さんにも、感心する。デューク伯の襲撃があったときに、なにかの役に立ちたいと言ったら、即座にこの使い方を提案してくれた。普段はあんな感じでも、勇者だけあって戦いに精通している。

 そういえば、お父さんは、どこに行ったのだろうか? 近くの酒屋にお酒を買いに行くと言って出ていってから、もう何時間も経っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る