第36話 アレッサンダルはラヴェンナの元へ向かう

「ラヴェンナと結婚しただと! ふざけるな青二才が! おのれ、おのれ、おのれ、ラヴェンナはこの私の物だ! 私が長年手塩にかけて育て上げた娘であり妻だ! 私以外の男を愛することなど絶対あってはならないのだ!」


文官はデューク伯と共に、精鋭部隊を率いてヴィヒレアの王都ヴェルジュに潜入していた。デューク伯は今朝捕えたヴェルデ女王の甥であるアレッサンダル王子を、棘のついた鞭で何十回も殴打した。宙づりにされた王子は激しい拷問により、身体が激しく損傷し、顔は腫れ上がり、喉が潰されて叫び声すら上げられない状態だった。

 惨たらしい姿に耐え切れなくなった兵士の1人、が嘔吐する。

文官も吐いてしまいたかったが、必死に我慢しながらデューク伯に話しかけた。


「はあ、はあ……次は焼きごてを持ってこい。この者に更なる痛みを与えてやる!」

「このままでは本当に死んでしまいます」

「だからどうした!?」

「死ぬ寸前まで毎日痛めつけて、死んだ方がマシと思うような地獄を味わせると言ったのは、ご自身ではないですか」

「ハハ。そうだな、すまん。感情の赴くままに殺してしまい、毎日の楽しみを失ってしまうところだった」


 デューク伯は邪悪な笑みを浮かべながら、鞭を振り下ろした。

 文官は懐に仕込んだ魔法録音機で、一連のやりとりを全て録音し続ける。


(部屋には魔法投影機も仕込んで録画もしてある。物的証拠としては十分だな)


 心の中でそう呟いて、言葉を続ける。


「デューク伯、ラヴェンナお嬢様を保護しに向かった工作兵達が、ヴェルジュの衛兵隊に捕らえられたとの情報が入りました」

「なんだと! ええい役立たず共が!」

「しかし、別に忍ばせていた部隊が、ラヴェンナお嬢様のその後の足どりを全て把握しております」

「ハハハ。よくやったぞ。お前は優秀な奴だ。ラヴェンナと私が一緒になった暁には、お前に褒美を与えよう」

「ありがとうございます」

「今度は私が直々に指揮をとる。やはり他の者には任せておけん。各拠点に忍ばせている兵も兵器も全て出せ! 全力でラヴェンナを奪還する!」


 デューク伯は全ての兵士を率いて、意気揚々と隠れ家を後にした。


「ふー。さてと、準備に入るか」


 自分以外の者が隠れ家からいなくなった事を確認してから、隠していた聖女のポーションをアレッサンダル王子に振りかけた。


(死んでなければ、なんでも治る聖女のポーション……。あの女、こんな超高級品を惜しみなく渡してくるとは。……やはり、この計画、ヴェルデ女王が裏で糸を引いていると考えて間違いないか)


聖女のポーションを数滴浴びたアレッサンダル王子の身体は、立ちどころに再生した。



「伯母上の斥侯かい。随分と酷いことをしてくれるじゃないか」

「グリマルディに侵攻するための大義名分を作れと、言われていましたので。ヴィヒレアの王族ならば、これくらい耐えなければならない。そう言われていたと、聞いております」


 再び息を吹き返したアレッサンダルは、思わず苦笑いを浮かべた。


「……っふ。あの人らしい」


 今はどんな状況で、ヴェルデはどんな事を考えているのかを、少しでも把握するために探りを入れることにした。


「伯母上は国益のためには、どんな酷い策も使うからね。君は元々グリマルディの人間だろ? どんな風に懐柔されたか教えてくれないか?」

「馬鹿な王子とその婚約者が、とんでもない事をしてしまったせいで、国は無茶苦茶になりました。もはや自国だけでの再建は不可能。ヴィヒレアに支配された方が皆幸せだ。私はグリマルディに忠誠を誓った文官です。真にグリマルディのことを思って行動したまでです」

「今はどんな状況で、これから何が起こるんだい?」

「デューク伯は、300名ほどの精鋭の兵と共にヴェルジュに潜入しました。軍事用ゴーレムなど、混乱を引き起こすための魔道具も持ち込んでいます。現在、兵たちヴェルジュに秘密裏に作った複数の隠れ家に分散して待機しています。今からこれら一斉に動かして、ラヴェンナお嬢様を奪還するつもりです」

「……ラヴェンナをさらうだけで、終わるような規模じゃないな。テロでも起こすつもりなのか?」

「あくまで目的はラヴェンナお嬢様の奪還です。ただ結果的に、大規模な混乱を引き起こすことになるでしょう」


 これほどの規模の工作部隊が王都に入れば、普通は気づく。ヴェルデはあえて、それを見逃して侵入を許したのだ。


(侵攻するための大義名分は、派手な方が良いということか)


 ヴェルデは国の為ならば、どんな奸計も用いる冷徹な統治者だということは知っていた。だが、自国民をなによりも大切に思い、彼らを守るために、卑劣な策は用いているのだと思っていた。しかし、王都にいる自国民までを巻き込むとは……アレッサンダルは心底失望する。


(ラヴェンナ……待っていてくれ)


 全てを阻止することは、もはや自分ではできない段階だろう。だが、せめてラヴェンナだけは救わなければならない。彼女を安全な場所に逃がした上で、デューク伯の計画を少しでも阻止しなければ……。


「ラヴェンナは今どこにいる?」

「お答えできません」

「……どうしてだ?」

「教えたら助けに行かれますよね。ヴィヒレア王族の方に、なにかあれば、グリマルディがヴィヒレアの支配下になった時に困ります。同じ理由で、拘束を解くこともいたしません」


 斥侯の言葉に苛立ちながら、拘束を解くための手段を模索した。だが、手足を縛られ宙づりされた状態で脱出する方法など思い浮かばない。それにラヴェンナが今どこにいるのか検討がつかない。


(このままでは……)


 諦めずに考えていると、鈍い音が響き斥侯が地面に倒れた。何事かと思い斥侯の方を見ると、背後に誰かが立っていた。


「へへへ。これで111人目だ。大繁盛だな」

「ゲス勇者か?」

「誰だおま…… えー!? 坊ちゃま、ここにいらっしゃったんですか!?」

「助けに来てくれたのか?」

「いえ、ラヴェンナを俺の家に連れてった後に、酒が飲みたくなったんで、買いに行ったら、近衛兵が遠くから見張ってる怪しい小屋があったんで潜入したら。こいつら隠れ家で、他の隠れ家の場所に印がついた地図があったんで、小遣い稼ぎに片っ端から潰してたら、ぐうぜ……坊ちゃまを助けに来ました!」


 どうやら、ここに来たのは偶然のようだ。だが、アレッサンダルにとっては幸運な偶然だった。

 ゲス勇者に拘束を解いてもらいながら、現状を把握のために話を聞く。


「ラヴェンナは貴様の家にいるのか!? 無事なのか!?」

「ええ。俺の家は、ここからそう遠くないんで会いに行かれますか? 地図でいうと今いる場所はここで、俺の家はここ……あれ」

「かなりの距離が離れているではないか」

「小遣い稼ぎに夢中になり過ぎて、遠くまで来ちゃったみたいです」

「ラヴェンナと別れてどれくらい経つ?」

「そんなには……酒を買いに家を出たのは18時位で、今はあそこの時計で22時……あれ1時間も経ってないって思ったんですが……ハハ」



「ラヴェンナは今誰といる?」

「1人です。普段はガキ2人が俺の家に居候してるんですが、危険なんで友達の家に泊まりに行かせました」

「狙われているラヴェンナを1人にするとは、貴様なにをしている!」

「ひいい。すいません!」

「ここにいた奴らがラヴェンナの元に向かった。このままでは危険だ!」

「すいません、すいません、今すぐ家に戻ります!」

「いや、お前はこのまま奴らの隠れ家を潰してまわれ。僕1人でラヴェンナの元に向かう」

「そんな、相手は多勢ですよ! それに坊ちゃん、今丸腰じゃないですか!」

「もう僕の拘束は解き終わっただろう! 良いから行け! 命令だ!」

「はひいいい!」


 ゲス勇者は叫び声を上げながら去っていく。……2人で行動する方がラヴェンナを助けられる可能性は増すだろう。だが、多くの民を救うには、この判断が妥当だ。

 確かに丸腰の自分では、まともに戦うことは無理だ。だがラヴェンナを連れて逃げることくらいはできるだろう。アレッサンダルは覚悟を決め、ラヴェンナの元へ向かった。

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