第35話 絶望の祖国

「う、嘘ですよね……」


 お父さんの娘2人が、護衛と刺客の男達を病院や衛兵庁舎に運んでいった。鬼(オーガ)の娘は男たちを数人、丸太を運ぶように肩に抱えて。エルフの子はいっぺんに数人を浮遊魔法で浮かせて運んでいた。まだ13~14歳くらいなのに凄い。流石、勇者の血族だなと感心した。私もその血を引いているはずなのに、すごい能力は全くないのでうらやましい。

 お父さんの娘2人? 昨日会ったばかりだが、私にとって彼女たちは腹違いの妹だ。

 それなのに、こんな言い方は明らかにおかしい。これからは、心の中でもちゃんと妹と呼ぼう。話を聞く前はそんなことをほのぼのと考えていられたのだが、お父さんから今グリマルディがどうなっているか話を聞いていくうちに、ショックで頭の中が真っ白になった。


「嘘じゃねえ。国情を無視した乱開発で経済は破綻。無計画に田畑も潰したもんだから、深刻な食糧不足にも陥っている。それに文句言った奴は問答無用で死刑にされるから、治安も完全に崩壊して、農民一揆が多発している。貴族の中にも、軍閥を率いて反乱を起こした奴が多数いる。それでいてアホ王子とお前のアホ妹は遊び呆けていてな。この前、俺が見てきた限りでは、こんな感じの地獄になってるな」


 エドワード王子とセリーナが国の運営を取り仕切ったなら、グリマルディは大変なことになるとは思っていた。だが、こんな短期間で、ここまで酷くしてしまうのは予想外だった。


「お父さんもアレッサンダル様も、どうして私にこのことを教えてくれなかったのです!?」

「坊ちゃまは、お前の故郷への想いに気づいてたからな。こんなこと言える訳ねえだろ。俺は……お前の気持ちなんて、どうでもいいって思ってたから、言わなかっただけだ」


 話しながらお父さんは目を逸らした。本当はアレッサンダル様と同じように、私に心配をかけたくなかったのだろう。

 今なら、彼は本当は優しい人だと分かる。


「ありがとうございます。祖国の現状は分かりました。でも何故、私の父だった人……デューク伯の刺客が、ここに来て私を連れ戻しに来たのですか?」

「単純に居場所が分かったからだろ」

「そうだとは思います。ですがバルダハール領にいた時には、全く動きがありませんでした。どうしてここに来て、私の居場所がバレたのですか?」

「それについちゃ分からねえ。でも検討はつく。……バルダハール領は軍事力が貧弱だ。だが、ヴェルジュだと軍事力と情報網が十分に整ってる。だからどんなのヤバいのが来ても、だいたい返り討ちにできるから、ここならそこまで大きな被害はでない。そこんとこを考慮して、国際問題を起こさせるために、ヴィヒレア側がわざと情報を流したんだろう」

「ヴィヒレア側? 女王陛下がですか!? どうしてそんな事を……」

「グリマルディをヴィヒレアに組み込むための、大義名分が欲しいからだろうよ」

「グリマルディを!? ……グリマルディは確かにいい国です。ですが、ヴィヒレアが欲しがるような物はなにもありません。……当初、アレッサンダル様も国名こそ知っていましたが、正確な場所は把握していませんでした」

「坊ちゃまも変なところで演技してんな。グリマルディ王国はヴィヒレア連合王国にとって地政学的に重要な土地だ。ここを支配下に置けば、戦略的にも大きなメリットがある」


 私の知らないところで、祖国が大変な事になり、巨大な陰謀が動いていたことに驚愕した。事態の深刻さに震えが止まらない。


「私はどうすればいいでしょうか?」

「どうするたって、もうお前じゃ、どうする事もできねえだろ」


 冷静な正論に絶望感が募る。だが、お父さんは更に言葉を続けた。

 

「とりあえず、坊ちゃまに会って相談してみたらどうだ?」


お父さんの言葉に、私は少しだけ希望を感じた。

アレッサンダル様の知恵を借りれば、なにかしらの解決策が見つかるかもしれない。


「アレッサンダル様は、今、商談に行ってるんですが、もうすぐここで落ち合う予定なんです」

「商談?」

「はい、リデル商会という大きな商会が、見本市で販売していた商品を多数取り扱いたいというので、アレッサンダル様が交渉に向かいました」

「リデル商会!? おい、そこは、先週の小麦の取引でやられて、破産間近っていう噂が流れてるぞ! あくまで噂だが、少なくとも新規取引をする余裕はねえはずだ!」

「え!? では、アレッサンダル様は誰と落ちあっているんですか?」

「商会を騙る何者かだな……。まあ、誰なのかは丸わかりだが。ヴェルデの野郎、変態親父に、この情報も流したんだ。それだけじゃねえ、内部で変態親父をある程度コントロールできる奴も仕込んだみたいだ。」


 私は居ても立っても居られず、すぐにでも駆け出そうとした。


「馬鹿野郎! やみくもに動いたところで、坊ちゃまが今どこにいるか検討もついてねえだろ」

「なら、どうすれば良いんですか!? アレッサンダル様を助けたいんです!」

「坊ちゃまは死なねえ。そう確信があるからこそ、ヴェルデは情報を流したんだ。まずは落ち着け。変態親父の狙いは、お前を自分の女にすることだ。だから向こうの方から接触してくる。その時に向けて色々準備するぞ」

「分かりました! 何をすればいいですか?」

「賊徒がいっぱい押し寄せて来そうだから、それを一網打尽すれば、結構なカネが手に入るな。だが、他の衛兵に気づかれたら貰える取り分が減っちまう。待てよ、ヴェルデが直で動いてるって事は、近衛兵もくるか。……こいつらを出し抜いて、俺が報奨金を独り占めできる方法を考えてくれ」

「……はあ」


 お父さんの言葉に呆れて頭が冷えた私は、冷静にデューク伯を迎え撃つための方法を考え始めた。

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