第26話 女王 ヴェルデ・ヴィヒレア
「あの……本当に、この方向で大丈夫なのでしょうか?」
女性は、温泉採掘場に向かって歩いている。
先ほどの事もあり、その方向に向かうのは気まずいのだが……。
「もうすぐ到着いたしますので、少しだけ、お付き合いをお願いいたします」
促されるまま、女性の後ろをついていく。
「ここにいるのです!」
……採掘場ではないか。
冷や汗が出てきた。
もし彼やアレッサンダル様に気づかれたら、私はどうすれば……。
しかし、ここには彼とアレッサンダル様しかいなかったはずだ。他に誰かいるのだろうか?
「ラヴェンナー! いったいどこだ!?」
アレッサンダル様の、大きな声が耳に入る。
落としてしまったお弁当を、見つけたのだろうか。私が作ったであろうお弁当だけが地面に落ちていて、肝心の私がいない……。なにかあったのかと、アレッサンダル様に不安を抱かせてしまうには十分な状況だ。
姿を見せて事情を説明して謝らなければと思ったが、先ほど盗み聞きした内容を思い出したら、それができず、思わず彼女を連れ立って岩陰に隠れてしまった。
「どこにいるんだー!」
岩陰から様子を伺う。アレッサンダル様は、とても必死に私を探している。
「そんな事より飯を食べましょう。このハーブと豚肉炒めた奴なんか、凄く美味そうですよ」
一方の彼は、アレッサンダル様の後ろでめんどくさそうな表情をしている。手には私が地面に落としたお弁当を持っている。
「ゲス勇者! 貴様こんな時に食事だと!」
「多分どっかで糞してるんですよ。女が野糞してるとこなんて、覗いちゃダメですよ」
彼はとんでもない勘違いをしているようだ。聞いているコチラは恥ずかしくてたまらない。この発言に、アレッサンダル様は激昂した。
「ふざけるな! ラヴェンナがそのようなこと、するわけないだろう!」
「坊ちゃまがラヴェンナ好きな事は分かりました。でもどんなに麗しい令嬢でも、糞は生理現象だから皆するんです」
「そういう意味では……では、貴様が持っている弁当はなんと説明する!?」
「そんなの糞が我慢できず、落としていったに決まってるじゃないですか」
「もういい! 僕1人で探す!」
「かしこまりました。では私目は食事をさせて頂きます! いっただきまーす♡」
アレッサンダル様は激昂しながら、この場を離れた。彼はその場に座り込み、私が作ったお弁当を素手で食べ始める。
「うーん、地面に落ちてたから砂利がいっぱいついているけど、中々美味めえな。……おーい、そこで糞してんのは分かってんだ。食事中に臭って来たらたまんねえから、頼むからやめてくれ」
彼は視線をこちらに向けながら語り掛けてきた。どうやら隠れている事がバレてたようだ。だが、出ていくのは気まずい。声を押し殺し、岩場に身を隠し続ける。
「そうか。随分長い糞出してんだな。そのままりきみながら、聞いてくれ。坊ちゃまはな、領の発展が終わったらお前を用済みだとか、そんな事は一切思ってねえよ。むしろ自分の手元にずっと置いておきたいって思ってらあ」
どういう事なのだろうか? 岩陰に隠れたまま、彼の言葉に耳をそばだてる。
「でも、坊ちゃまはずっとお前の意志を無視して、奴隷としてお前を束縛し続けてるって、負い目を感じちまってるんだ。だから全て終わったら、お前が自由な人生を生きれる様に解放しようって考えてんだよ」
アレッサンダル様は、そんな事を思っていらっしゃったのか。私はとんでもない勘違いをしていた。後悔に打ちひしがれる私に彼は語り掛け続ける。
「自由にするっていたってただ、お払い箱にするって事じゃねえぞ。次の職も、お前の希望を聞いて全力で探すつもりでいる。……ただよう、お前は坊ちゃまに気があるから、ずっと側にいたいんだろ? どうして、それ言わねんだ?」
「そんな事言える訳がありません! ……アレッサンダル様は世界有数の国の王族です! ヴェルデ女王陛下には配偶者も子供もおりません。このままいけば甥であるアレッサンダル様が将来王位を継承します。……私の様な田舎の小国で生まれ育って、今は奴隷をやっている女と結婚などしては、国威や家名を汚してしまいます!」
耐え切れなくなった私は、岩場から身を乗り出して叫んだ。
彼は表情を変えず、まっすぐに私を見つめながら話を続ける。
「……お前、グリマルディがヴィヒレアに劣るって、やっぱり思ってんだな。グリマルディを馬鹿にされたら、あんなに食って掛かって来てたのによ」
「それは……」
「じゃあ、当たって砕けてみろ! そうすりゃ、どう転んでも納得いくだろ」
何度かそれは考えた。だが、下賤な身分の、しかも女の方からなどと……そういった考えがいけないのだろうか。色々な事が頭をよぎるなか、彼もなにかを考えていた。
「……確かに女の方から告白ってのもな。よし、俺にいい考えがある!」
彼は懐に忍ばせていたポーチに手を入れた。そこから卑猥なランジェリーを取り出して、私に見せつけてきた。
「これ着て寝床にいって迫れ!」
「え? え?」
「なるほど、これは好みじゃねえのか」
話しが告白よりも、更に飛躍している気がするのだが……。混乱する私を無視して彼は再びポーチに手を入れて、見る事すらはばかってしまうような卑猥なランジェリーを沢山取り出した。
ポーチは魔道具のようで、見た目より沢山のものが収納できるようだ。
いや、問題はそこじゃない。彼が取り出したランジェリーは、見ているだけで顔が真っ赤になってしまうほど、恥ずかしい形のものばかりだ。こんなものを身につけてアレッサンダル様の前に出るなんて考えられない。
「これつければ坊ちゃまは勿論、どんな男もイチコロよ! 後はそのまま押し倒しちまえばいい! 安心しろ、値段は安くしておくぜ!」
しかも売りつけるつもりのようだ。押し負けてしまい、どう断れば良いのか思いつかず、赤面したまま立ち尽くした。
「これなど、おっぱいが強調されていて良いですね。コウスケ様も、こんなのが一番好きだと思いますし」
立ち尽くす私をよそに、いつの間にか岩場から出てきていた女性は、楽しそうに彼のランジェリーを物色し始めた。純粋な箱入りお嬢様だと思っていたのに、こんな卑猥なものを、物怖じしないどころか楽しそうに眺められるだなんて。私の予想とは逆に、色んな人生経験が豊富なのかも知れない。
とういうか、え? ……こうすけさま? 彼を名前で呼ぶなんて。この女性と彼は知り合いなのだろうか?
「へへ、よく分かってんじゃねえか。俺が一番好きなのはコレ……」
女性の存在を認識した彼は、言葉を詰まらせた。一方の女性は顔を赤らめて、目をキラキラさせて終始楽しそうだ。
「てめえ、なんでここにいやがる!?」
「勿論、コウスケ様を追いかけて来たのです。本日の夜は、こちらのランジェリーを着て寝室にお伺い致します♡」
一瞬何を言っているのか分からなかった。理解した直後に、頭が混乱する。え? 婚約者とは彼の事なのか? 女性の話を聞いて、物凄く素敵な男性を想像していた私は、激しくうろたえた。
そもそも、この女性はどこの誰で、彼とはどこで知り合ったのだ? 色んな疑問が頭を錯綜する中、女性が私に語り掛け始めた。
「アナタがおっしゃる通り、ヴェルデには夫も子もおりません。ですが、長く思い続けてくれる素敵な恋人はおります。……ですがその恋人は、日夜この様に人々の幸せと平和の為に世界中を駆けずり回っているため滅多に会う事ができません」
何故、ここでヴェルデ女王陛下の事が出てきたのだろうか? 余計訳が分からなくなった。
「それでも私は、コウスケ様を愛し続けています。アナタがアレッサンダルに感じている身分の壁など、私とコウスケ様の前に立ちはだかっている壁に比べれば、とても些細なものです。だからもっと自分の気持ちに正直に行動してみてください。……もっとも私は、ラヴェンナさんは何も悪くないと思います。自分の気持ちをキチンと伝えないアレッサンダルが悪いのです」
「なにが愛し合っている恋人同士だ! 勝手な妄想膨らませてるんじゃねえ! このストーカー女が!」
「ああ♡ コウスケ様も、もっとご自分のお気持ちに素直におなりください♡ 本当にラヴェンナさんとよく似ていらっしゃるようで、やはり――」
「それ以上喋るとぶち殺すぞ! 喋んなくてもぶち殺すけどな!」
彼は女性に向けて、ピッケルを振り回した。女性はそれを笑いながら避けていく。
なにが何だか分からず、状況を見つめる中、アレッサンダル様の声が聞こえた。
「ラヴェンナ、そこにいたのか! 無事でよかった!」
アレッサンダル様が大変安堵された表情を浮かべている。ご迷惑をかけてしまった事が心の底から恥ずかしくなった。だが、今はそれよりも、何とかしなければいけない事がある。
「アレッサンダル様! あの2人を止めてください!」
「あのふ……ゲス勇者、貴様なにをして……伯母上ではないですか!? どうしてこちらにいらっしゃるのですか!?」
伯母上? アレッサンダル様から見て叔母にあたる人物を私は1人しか知らない。……にわかには信じられないが、あの女性がヴェルデ女王陛下だというのか。
「伯母上ではありません。姉上です。何度言ったら分かるのですか!?」
この場の混沌とした状況に何もできず、私はただ立ち尽くした。
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