第25話 謎の女性再び

「どうしよう……」


 無我夢中で採掘場と屋敷の中間あたりまで走ってきた私は途方に暮れていた。

 作ってきたお弁当は、先ほどダメにしてしまった。

 今から戻って作ろうにも、昼食に間に合わせるように作ることなど到底無理だ。

 動揺して頭が真っ白になってしまい、とんでもないことをしてしまった。

 無理をして早めにお弁当を作り直して戻ったとしても、アレッサンダル様の真意を知ってしまった私が、あの場に平常心でいられるだろうか?

 なにをどうすれば良いのか判断する事ができず、その場に立ち尽くした。


「あのう、どうなされたのですか?」


振り向くと、先日の女性が背後に立っていた。


「いえ、とても悲しそうな表情をされておりますので、いったいなにがあったのか気になりまして」


 何も知らない、アレッサンダル様の婚約者であろう女性は、とても心配そうな声で私に語り掛けてきた。


「な、な、なんでもないです」


 動揺して慌てながら、私は返事をする。


「何かお困りのように見えますので、少しでもお力になれればと思いまして……。」


 彼女の優しさに少しだけ心が和らぐものの、心境を知られる訳にはいかない。

 なんとか誤魔化さなければ。


「実は採掘場にお弁当を届けるように主人から命令されていたのですが、誤ってそれを落としてしまいまして」

「主人? 主人とはアレッサンダルの事ですか?」

「は、はい……」


 アレッサンダル様を呼び捨て。内心、不快感を覚えたが、婚約者であれば当然だろう。

 気持ちを必死に押し殺しながら、女性との会話を続ける。


「というと、アナタはアレッサンダルの従者かなにかでしょうか?」

「え!?」

「先日、アナタとの関係を訪ねたのですが、はぐらかされまして」


 女性は強い疑いの目を、私に向けてきている。私の事を、愛人やお妾だと思っているのだろう。いらぬ誤解を解くために本当の事を言う。


「奴隷です」

「え!?」

「私は、アレッサンダル様のただの奴隷です」


 やはり、いらぬ誤解を与えてしまっていた様だ。これで解けてくれるといいのだが。

 女性は血の気が引いたような、驚きの表情を浮かべている。

 ここで私は、奴隷はヴィヒレアの法で、所有を禁止されているという事に気づいた。

 きっと女性は、この事を告発しようと考えているに違いない。

 しまった。主人の立場を危うくしてしまう様なことを、口走ってしまうとは。いったいどう取り繕えばいいのだ。

 

「そのようなアブノーマルな関係だったのですか!? 私はてっきり普通の恋人同士だと思っていました」


 なにを言っているのか分からなかったが、少しだけ時間を置いてようやく理解した。

 どうやら、私が想定したよりも悪い方向に、言葉の趣旨をとらえてしまったようだ。


「お、恐らく思われている事と違います。アレッサンダル様は……」

「そんな変態的な嗜好をアレッサンダルが持っているとは知りませんでした。どこで教育を間違ってしまったのでしょうか」

「ですから奴隷とはそういう意味ではなく……」

「私はどうすれば……そうだ! あの方にアレッサンダルを教育してもらえば良いのです! あの方の素晴らしい人格に触れれば、アレッサンダルも変態的な趣味を止めるはずです!」


 女性は私の話を一切聞かずに1人で一方的にまくし立てるように喋り、なにかに納得した。

 私はそれを困惑しながら眺めていたが、ある事が気になった。


「あのう、あの方とは、どなたなのですか?」

「私の婚約者です」

「え!?」

「どうしたのです?」

「その……婚約者とはアレッサンダル様の事ではないのですか?」

「アレッサンダルが私の婚約者ですか!? ……ハハハハ! 違います、違います」

「そ、そうなのですね。私はてっきり――」

「あの様な、まだまだ未熟な青二才など比較になりません。私の婚約者は、とてもカッコよく、アレッサンダルなどより100兆倍は素敵な方です」


 ムッときた。アレッサンダル様は領主としても、男性としても立派な方だ。未熟な青二才などではない。この女性がアレッサンダルと、どんな関係なのかは分からないが、いったい何を知っているというのか。


「ちょうど今、その私の婚約者は、この近くにおります。もしよろしければ、これから共に会いに参りませんか?」

「かしこまりました」


 そこまで言うならば、彼女の婚約者がどれほど素敵な男性なのか見定めようではないか。

 ムキになった私は、一緒についていくことにした。


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