第17話 女の子を助けに山の中へ

「なるほど、こんな使い道もあるのか」

「私達の畑でずっと作ってきた物も、捨てたもんじゃなかったわね」


 被災した集落を巡り魔法を見せ続けて数日、驚き、喜び、感謝、私は様々な言葉や表情が、私の心に刻まれていた。

私の小さな魔法が、こんなにも人々の心に影響を与えるなんて、思ってもみなかった。


「じゃあ、次はこのローズマリーを使ってスパイスを作ります。あちらにあるじゃがいもに後から振りかけて食べてみてください」


 いつもの様にエッセンスの抽出をしようとした時、見学していた1人が声を掛けてきた。


「あのう、先日の嵐で崩落した橋はいつ治してもらえるんでしょうか?」

「バカ、お前こんな時に、そんな事」

「だってよう、あれがなきゃ馬車で物を運べねえんだよ」


 言葉に詰まった。アレッサンダル様は毎日の様に復興費用を借り入れる為に様々なところに出向いている。だが、予算は捻出できていないようで、表情は常に重苦しい。


「大丈夫です! もうすぐアレッサンダル様から通達があると思います!」


だが、領民の皆さんに伝えて、不安を煽る訳にはいかない。

 安心してもらうため、精一杯の笑顔を作る。

 私の言葉を信じる人、疑いの目を向けて来る人、その反応は様々だ。

複雑な気持ちになる中、突然、集まった人々の中から慌てた声が聞こえてきた。


「すいません、ウチの子供を見ませんでしたか!? 女の子なんですけど」


 周りの人々が一斉に辺りを見回し始める。


「一緒にいたんじゃないのか?」

「さっきまでは、ここで一緒にラヴェンナ様の魔法を見ていたハズなんです。でも気づいたらいなくなってて……」


 周囲の人々は、慌てて行方不明になった子供を探し始めた。

 私も混ざって、一緒に探す。

 だがどこを探しても、見つからない。

時間が経つにつれて、不安と心配の声が高まっていった。


「どこに行ったか心当たりはないのか?」

「そう言えば……あの子、ミストローズの花は、すっごくいい匂いがするからラヴェンナ様の魔法で香水にしてもらうって……」

「じゃあ、あそこの山の頂上を目指したのか!?」

「そんな……子供の足で行ける場所じゃないわよ」


 探している途中に、会話が耳に入ってきた。


「山とはあちらの山の事でしょうか?」


村の直ぐ後ろにある山を、指差す。生い茂った緑が目立つバルダハール領では珍しい場所などで先ほどから気になっていた。


「は、はいそうです」

「ならばさっそく向かいましょう!」

「いけません、あそこは獰猛なモンスターが沢山生息する危険地帯です!」

「だから緑豊かな場所ですけど、滅多なことがなければ誰も近寄りません」

「そうなのですね。……もしあの山の中に入ってしまっているならば、一刻も早く保護しなければ危険です!」

「しかし……」

「誰かアレッサンダル様にこの事を伝えに行ってください! 私は先に行ってその子を探します!」

「ダメです! 危険です!」

「見つけたら狼煙をあげます!」


 火打石と数本のラベンダーを持った私はて、領民たちの制止の声を振り切って私は山に向かった。



(……話には聞いてたけど)


 山に入った私は、木陰に隠れて周囲の様子を伺った。話の通り山中にはモンスターが、うようよといる。それも大型で獰猛そうなものばかり。このままでは、子供を見つけるどころか、私の身を守ることすら難しい。

 だが、その為の用意はしてある。ラベンダーのエッセンスを抽出して、それを周囲に振りまいた。これでモンスターの嗅覚は鈍り、私をすぐに見つける事はできなくなる。

 案の定、モンスター達は鼻を鳴らしながらも、私の方には近づいてこなかった。

しかし音や視覚で、私を見つけてしまうかも知れない。できるだけ足音を立てずに、山道を進んだ。

ミストローズという薔薇は、地面が硬い岩場によく咲いていると聞いた。

万が一の時に役に立ちそうな植物を採取しながら、慎重に足を進めた。



「いた!」


 山の中腹にある岩場に、1人の女の子が座っているのが見えた。周りにはいくつかのミストローズの花が咲いており、その花を手に取り、嬉しそうに匂いを嗅いでいる。


「ラヴェンナ様!」


 女の子も私に気づいた様で、すぐさま駆け寄ってきた。


「この花で香水を作ってください!」


 この茎まで真っ白な薔薇が噂に聞くミストローズだろうか。

 いい香りが漂っている。確かにこれならいい香水が作れそうだ。

 だが、言うべきことは言わなければ。

「もうこんな危ない所には絶対来ちゃダメ。」

「危なくないよ。パパの魔除けの護符を持って来てるもん」

「子供一人だとそれでも危険よ。もし怪我したら、パパもママも悲しむよ」

「ごめんなさい。でもね、この花、すごくいい匂いなんだ。だから、ラヴェンナ様に見せたくて」

「分かった。とびきりの香水を作るね。でも、もうこんな事はしちゃダメ」

 涙を浮かぶ女の子の頭を撫でて、麓に降りようとした、その時、岩場の陰から物音が聞こえた。

 振り向くと、キラーウルフがこちらを見つめていた。

 慌てながら周囲を見ると、数匹のキラーウルフが姿を現した。

完全に囲まれている。


「ご、護符の効果はまだ切れてないのに……」

「お札の効果が通じないモンスターかも知れないわね」

「ラヴェンナ様、怖いよう」

「大丈夫。ここは私が守るから」



 恐怖を押し殺して気丈に振る舞いながら、女の子を背後に隠す。

 震える手を必死に抑えながら、先ほど摘み取った眠り草のエッセンスを抽出し、囲んでいるキラーウルフ達に散布した。


「よし、効いた!」


 キラーウルフたちは次々と眠りに落ちていく。今がチャンスだ。

 女の子を抱え込み、岩場を駆け下りる。

 だが、その時、岩場の陰から一匹のキラーウルフが私を目掛けて飛び掛かってきた。

 反撃に供え、隠れていたようだ。

 私は女の子を抱いたまま、必死に逃げた。

だが、キラーウルフの牙はすぐそばまで迫ってきている。

 死を覚悟しながらも女の子だけは守ろうとしたその時、キラーウルフの動きが突然止まった。そのまま怯えたうなり声をあげて、キラーウルフが逃げだした。

 なにが起こったのか分からず、女の子を抱えたまま茫然自失で立ちすくんでいると、背後から声が聞こえた。


「あのう、すいません。山の麓はどこでしょうか? わたくしこの辺りの土地勘が全くないので、道に迷ってしまいまして」


 振り返ると、1人の女性がすぐ後ろに立っていた。


「は、はあ、そういう事であれば一緒に下山しましょうか」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 女性は喜々としながら、私の手を強く握ってきた。

 この女性は誰なのだろうか? モンスターが沢山いる山の中に1人でなにをしていたのだろうか? 様々な疑問が尽きぬ中、共に下山を開始した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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