第15話 領を直撃する嵐
「ラヴェンナ、すまない! 少し出てくる」
「おやめください! こんな夜遅くに。しかも外は嵐ではないですか!」
高級果実の植林が行われて数日後、バルダハール領に巨大な嵐が直撃した。
城の外からは激しい雨音と吹きすさぶ風の音がたえる事なく聞こえ、時折雷鳴も混じっている。
「せっかく手に入れた苗木を、ここで失う訳にはいかない! 既に何十人もの農民たちが駆けつけて作業をしていると聞いた! 領主である僕が、この危機に出向かない訳にはいかないんだ!」
「領主だからこそです! もしお身体に何かあれば……」
「ここでじっとしてろって言うのかい? ヴィヒレアの王族は戦争のとき、いつも前線に立って戦っていたんだ! この程度の嵐に怯えて城にこもってたら、伯母上にも亡き父上にも呆れられるよ!」
アレッサンダル様は、嵐の中に飛び出してしまった。
アレッサンダル様の身に何かあったら……遠ざかっていく後姿に、胸が締め付けられる。
だが同時に、民を守るために自らを危険にさらすことを厭わない、その姿に、私の許されない気持ちが一層強くなるのも感じていた。
……アレッサンダル様は私の事など、奴隷としか思っていないのに。
それと加え、この状況でなんの役にも立たない自分に強い情けなさも感じる。こんな中で外に出た所で私では足手まといにしかならない。
一人屋敷にとり残された私は、アレッサンダル様が無事に帰ってくることを、ひたすらに祈り続けるしかなかった。
◇
「うちの集落では、家が15も倒壊しました。幸いにも怪我人はいませんが、家を失った者たちはこれからどうすればいいのでしょうか?」
「うちの所は水路が決壊してしまいました。苗木への被害はなんとか防ぎましたが、修復に時間と費用がとてつもなくかかります」
「私たちの地区では、幾つかの道が寸断されてしまいました。ここに来るもの凄く遠回りしてきました」
昨日の嵐が嘘のように過ぎ去り、青空が広がっている。
しかし、その被害は深刻で、屋敷には多くの領民が支援を求めて集まっている。
「皆さん落ち着てください! 今回の嵐の被害は確かに甚大でした! しかし死者は一人も出ていません! 先日植えた苗木も被害を受けていません! まずはそれに感謝しましょう!」
アレッサンダル様が、混乱する領民たちを力強く鼓舞する。
その言葉に領民たちは、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「これから復旧作業を始めます! 領内で必要な支援をすべて行います! まずは被害の詳細を各集落ごとに教えてください!」
領民たちは、順番に各々の被害を報告し始めた。アレッサンダル様は、それを1つ1つ丁寧にメモしている。
「やっぱ、今回の領主さまは違うな!」
「ああ、これならすぐに元の生活に戻りそうだぜ」
真摯で冷静なアレッサンダル様の対応に、領民たちの表情は少しずつ希望に満ちたものに変り、安堵の言葉を口にし始めた。
アレッサンダル様は昨日、一睡もせずに被災が激しい場所を駆けずり回っていて、戻ってきたのはつい1時間ほど前だ。
それなのに疲れた表情一つ見せる事なく、領民たちに向き合っている。
確かに凄い。言葉では言い表せないほど、尊敬できる領主だ。だが、私はそんな彼の姿に、不安と心配を抱いていた。
◇
「アレッサンダル様……」
領民たちが返った後、アレッサンダル様は被害状況が書かれたメモと帳簿を眉間にしわを寄せて、食い入るように見つめ続けていた。
目の下には大きな隈ができ、額からは大量の汗を流れ、表情からも深い疲労が伝わってくる。
昨日、一睡もせずに嵐の中を駆けずり回ったのだ。無理もない。
だが、それ以上に復興のための費用について悩まれているのだろう。
「復興の予算は捻出できるのですか?」
不毛の地と言われるバルダハール領には、金銭の貯えなどない。
苗木が育ち果実を実らせれば、また状況は変わってくるだろうが、それは早くても1年後の話だ。だが、農業は博打。確実に果実が実ると決まっている訳ではない。
加えて苗木を購入する為に、女王陛下から多額の借り入れを行っている。
見返りと回収が確実に見込めない、加えて多額の借入金もある不毛な土地に多額の金銭を投資する豪商や有力貴族などいない。
女王陛下もアレッサンダル様が甥でなければ、貸し付けなどされなかったに違いない。
「心配するな。なんとかして見せる!」
アレッサンダル様は、強く微笑んだ。
その笑顔からは、強い不安と疲労に押しつぶされない様に、自らを必死に鼓舞していることが伝わってくる。
……どうにかして、アレッサンダル様には休んで頂きたい。
でも、領主であるアレッサンダル様の代わりになる役人は、この領にはいない。
「あの、何か私でお手伝い出来ることはありませんか?」
言葉を出した瞬間に後悔した。私はグリマルディ王国でも、何かの政務に直接携わった事はない。何かお手伝いしようにも、逆に足手まといになるだけだ。
「……そうだな……持ち前の魔法で領民たちの不安を少し和らげてくれないか?」
「え?」
「言おうとしてる事は分かる。衣食住もままらない農民が多い中で、こんなものを見せても逆上するだけだ。そう思ってるんだろう?」
その通りだった。先日、私の魔法に意外と便利な使い方があることは、教えてもらった。だが、あくまで芸の域はでないものだと今でも思っている。
嵐のせいで住むところすらままらない人々に、こんなものを見せた所で逆上させてしまうだけだ。
「大丈夫だ。皆、君の魔法を受け入れて楽しんで見てくれる」
強い疲労感を漂わせながらも、アレッサンダル様は、私に優しく微笑み続ける。
被災した領民に芸を見せても、憎悪を向けられない確信があるようだ。
どんな理由でそんな確信があるのか、私には理解できなかった。
しかしアレッサンダル様の確信を、疑うつもりはない。
「かしこまりました。今から被災の激しい地域に私の魔法を見せに行って参ります」
「ちょっと待ってくれ。嵐が去ったばかりで、道も危険だろう。一応警護のものを呼ぶから少しだけ時間を……」
「ありがとうございます。ですが私はたかだか奴隷です。非常時で人手が足りない中、私などの為に貴重な人員を割いて頂く訳には参りません!」
アレッサンダル様が私の心配してくれている事に、嬉しさを噛みしめながら、私は1人被災地を目指した。
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