第13話 ゲス勇者を罠にハメる

「ハーブティーが入りました」


 朝食を平らげたアレッサンダル様に、ハーブティーを差し出す。今日はアレッサンダル様がお好きなラベンダーを少しだけ入れている。


「いつも悪いね」


 軽く微笑んでから、アレッサンダル様はハーブティーを一口飲んだ。それから心地よさそうに目を閉じる。

 奴隷としてアレッサンダル様に買われて、まだほんの数カ月だが、だいぶ長くお仕えしているように感じる。

 有り合わせの保存食や痛んだ野菜を工夫してご飯を作り、屋敷の家事をしている間に日が沈み、政務から返ってくるアレッサンダル様をお迎えすることが当たり前の日課になっている。

 私がここに来る前、アレッサンダル様の食生活や住環境は壊滅的な状態だった。

 今は微力ながら私がそれらを整えているので、ずいぶん心が軽くなったとお礼を言われた。

もっとも変な勘違いはしていない。私はあくまで奴隷。アレッサンダル様が所有する道具だ。その事をわきまえなければならない。……そう毎日、自分に強く言い聞かせている。

 カップをテーブルに置く音が耳に入る。ハーブティーを飲み終えたようだ。

これを取り下げようとしたが、誤って足を絡ませて転んでしまった。

私はそのままアレッサンダル様の膝元に、顔を埋めてしまう。


「申し訳ございません!」


 とんでもない失態だ。急いで立ち上がらなければ。

 しかし、慌てる私の頭をアレッサンダル様は手の平で優しくなで始めた。

 焦りと恥ずかしさで顔が熱くなる。


「ここでしばらく休んでいてもいいぞ」

「ですが、アレッサンダル様……」

「今日は屋敷で書類の整理をする予定だ。もう少しだけ時間はある」


 私は奴隷だ。こんなに優しくされると逆に辛い。アレッサンダル様の表情はとても穏やかで、私を気遣ってくれているのが伝わってくる。


「でも、私は…」

「大丈夫だ。ゆっくり休むんだ」


 命令に従い、このまま留まることにした。アレッサンダル様の優しさが私を包み込み、なんとも言えぬ幸せを感じる。

 ……この幸せは、いつまで続くのだろうか。あくまで私は奴隷だ。アレッサンダル様は、いずれヴィヒレア王族に相応しい身分の釣り合う方を奥方に向かえるだろう。

 そうなったら私はどうなるのだろうか?

 先の事を不安に感じながら、瞳を開く。


「キャーー!」


 ここにいるはずがないものが、物陰に隠れていた。目が合ってしまい、思わず大きな叫び声をあげてしまう。


「どうぞ。私にかまわず最後までやってしまってくださいませ」

「ゲス勇者! 貴様どうしてここにいる!?」


 怒り狂うアレッサンダル様に、彼は手もみをしながらへりくだった。。


「へえ。コイツの親父と元婚約者のせいで、私は大損させられましたので、損失補償で物品を差し押さえに行ったのですが、その時にこんなものを見つけまして……」


 彼は懐からを箱取り出した。描かれている紋章には見覚えがあったので、少し目を細くして確認する。……ヴァルディエ家の家紋ではないか! まさかこれは!?


「それはどこで手に入れたのです!?」

「お前が住んでた元屋敷のカーテンが閉まった部屋でだよ。鏡台の引き出しの所に入ってた」


 亡くなったお母様の部屋の鏡台の引き出し……。ならばこれはあれで間違いない。


「その箱の中身はヴァルディエ家の当主に代々受け継がれる印章です!」


 以前は大変尊敬していた、父だった人は婿養子であり、血筋でないという理由でずっと当主代理という立場に甘んじていた。

 つまりこれを受け継ぎ所持するものが、ヴァルディエ家の正式な当主。

 最も家から逃げて、今は奴隷をしている私が持っていたところで意味がない。それに故郷の事は気がかりではあるが、ヴァルディエ家の事はどうでもいいので、今さら当主の座には興味がない。

 しかし印章は母の形見だ。なんとしても欲しい。


「あーあ。やっぱりそんな感じのもんか。地元の有力貴族っつても、国自体が田舎だからな。詐欺とかにも使い辛いし……良いぞ。タダでやる」


 印章の入った箱を、彼は私に差し出して来た。

 理由をつけて、とんでもない大金をふっかけて来るのかと思ったのだが……やはり、この瞳の色が理由なのだろうか?

 そしてもう1つ別の事が気になった。お母様の部屋の鏡台にあった引き出しを開けたなら、彼はあれを持っているかも知れない。


「ペンダントはありませんでしたか?」

「ペ、ペ、ペ……ペンダント!?」

「そうです。私のお母様が生前一番大事にされていたもので、亡くなってからは、それも鏡台の引き出しの中にしまっていました!」

「さ、さ、さ、さあ……知らねえな」


 沢山の汗をかきながら視線が泳いでいる。嘘をついている事がハッキリ分かる。あのペンダントは、彼となにか関係するものなのだろうか?

 でも、そんな事はどうでもいい。あれはお母様の遺品だ! なんとしても取り戻さなければ。彼とお母様の関係は恐らく……だが、亡くなってから20年近く放っておいて、今さらなにか権利を主張されてはたまらない。


「とぼけないでください」

「い、い、いや知らねえって……」


 あくまでとぼけるつもりの様だ。私は彼を罠にハメる事にした。


「あのペンダントは、特別な魔法がかけられているんです。持っている人は、大金を手にすると言われています」

「なに本当なのか!?」


 彼は目を輝かせている。

 ……彼とお母様の関係が私の予想通りのもので、このペンダントがそういうものならば、明らかにおかしい事を言っていると思うのだが。

 心の中で冷や汗をかきながら、私は言葉を続けた。


「でも、その代わりに持っている人が嘘をついていると、その人は全財産を失ってしまうのです」

「なにいいいいい! そんなもん持っちゃいられねえ! てめえにやる!」


 思惑通り、慌ててペンダントを突きつけてきた。。

 色々おかしい事を言っていることは自覚しているので、気づかれる前に急いでペンダントを受け取る。


「ん? 待てよ? これって元々俺のもんじゃねえか。しかも安い大量生産品だ……。てめえ騙したな!」

「これはアナタがお母様に差し上げたものだったんですか? お母様とは生前どんな関係だったのですか?」


 彼の顔色が真っ青になった。


「それは、その……」

「全く見当がつかないので是非教えて頂きたいです」


 本当はどんな関係だったか、だいたい分かっている。

 むしろ私を見て、気づかない人間の方が稀有だろう。

 だが、彼は私がそれに気づいていないと思っていて、何故だか知らないがそれを必死に隠したいようだ。それを利用する事にした。


「ハハ……やっぱり勘違いだったみたいだ」

「そうですか。それは安心しました」


 理由は分からないが、あくまで気づかれない様にしたいようだ。私としても正直、それに越したことはない。

 冷や汗を滝の様に流している彼に、笑顔でお辞儀をした。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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