第12話 悪役パート:馬鹿な王子と妹、ヘイトを順調に貯金中

「そんな話、無茶苦茶です……」


 グリマルディ王国の王都周辺に住む農民たちは、王城からやってきた文官と兵士たちに食って掛かっていた。

ある者は絶望で顔を青白くさせながら、ある者は怒りで顔を真っ赤にさせながら。皆、必死に抗議している。


「うるさい! もう決まった事だ! お前達の農地と家は全て召し上げる。この地には王都までの道が整備されるのだ! 今日中にこの地から立ち去れ!」

「いきなり来て、今日中に立ち去れなど無茶苦茶です」

「しかも立ち退き料はなしで、次の仕事は自分で決めろだと! 舐めてんのか!」

「やかましい! 新たなる王に就任するエドワード王子の勅命だ! それに異を唱える事は反逆だ」


 激しく抗議する農民を、兵士の1人が怒鳴り声をあげながら殴りつけた。

 それを見た他の農民たちは恐れおののきながら、それぞれの家へと逃げるように帰って行った。



「クソッどうしてこんな事をしなければいけないんだ……」


 先ほど農民に手を上げた兵士は、やるせない表情を浮かべながら吐き捨てた。


「俺だって気は乗らない。だが、王子の勅命だ。我々には従うしかないだろう」

「しかし」

「守るべき民の生活を奪うなど、俺はとんでもない事を……」

「泣くな。皆、気持ちは同じだ」

「沈まれ!」


 動揺する兵士たちを、文官が一喝する。


「これは我が国がヴィヒレアの様な大国になるために必要な事だ! そのためには、いくらかの犠牲は避けられない。王子の決定を信じ、我々はただ従うのみだ!」


 文官の言葉を聞いた兵士たちは検地を再開した。だが全員その表情は重く、心の中では誰も納得していない事は明らかだった。

 一方の文官も表面こそ取り繕っているものの、内心ではこの決定に強い疑問と不安を抱えていた。


(ここは乾燥ハーブを栽培している地域ではないか。この国にとって貴重な外貨獲得の源を潰すとは……)


 農民や兵士達の姿を見て、都市計画の中止をエドワード王子に進言する事を強く決意した。



「ダメだ! 工事は続行する!」


 道路工事中断を提言した文官の申し出を、エドワード王子はめんどくさそうに斬り捨てた。

 だが、この程度は予想の範囲内だ。いかに今回の工事が、国家と王家に不利益を与えるかを詳細に説明すれば、心中は変わるかも知れない。

 僅かな希望を頂きながら、文官は話を続ける。


「しかし民は勿論、計画を実行する兵士や貴族たちの間でも今回の計画には疑問の声が強くなっております。加えてかの地で生産されている乾燥ハーブは、脆弱な小国である我が国の貴重な外貨獲得の手段です。このままでは国の財政に大打撃を与える事になります」

「何かと思えば、そんなの下らない事なんの問題もないわ」

「下らない事ですか?」


 エドワード王子の婚約者、セリーナ嬢は文官を見下しながら得意気に話しを続ける。


「もちろんよ。今のグリマルディに必要なのは、ヴィヒレアのような壮大な都市の発展。乾燥ハーブなんて些細なことは問題外。私たちが描く未来には、もっと大きな利益と栄光が待っているわ。わかるでしょう?」


 口を開けばこれだ。自分の立場を守る為にセリーナ嬢の現実的ではない発言を、今までは適当に聞き流していた。だが、今回は、本当に国が滅びるかも知れないので、そういう訳にはいかない。


「恐れながら申し上げます。我が国とヴィヒレアでは経済規模や資源が違いすぎます。今回の道路工事はただの無駄遣いです。更に申し上げれば一連の都市計画は全て、国力の衰退と人心の乱れだけを誘発するものになりますので、即刻中止するべきです」

「なんですってえええ!」


セリーナ嬢はヒステリーを起こして、手元にあった金の飾り皿を文官に投げつけてきた。

皿は、文官の額にあたって床に落ちる。


「ご無礼申し訳ございません。しかし何卒、工事の中止をお願いいたします」


 額から血を流しながらも頭を下げ続ける文官に、セリーナ嬢は怒涛の勢いで罵声を浴びせだした。


「私はヴィヒレアの王都ヴェルジュの学校に留学して、学年首席をとった事があるのよ! アンタの様な田舎の国にへばりついている視野が狭い小役人が、私の素晴らしい考えに意見しようなんて1兆年早いわよ! 王子! この愚かな田舎役人を死刑にしてください!」

「うーん。私も我が妃となる人間を侮辱した外道を死刑にしたいのは山々なのだが、コイツは愚かな田舎役人の中では一番優秀なやつでな。今、死刑にすると手続きが面倒だ」

「うう……悔しいですが、国のために我慢します」

「ああ、セリーナ国家の為に私情を捨てる素晴らしい妃を持てて、私は幸せだああ」

「ありがとうございます殿下、ですが、ですが、うう……」

「安心しろ。ヴィヒレアのように発展した我が国からは、この文官の何十倍も優秀なものが湧いて出る。そうなった暁には、この者の一族郎党全て死刑にする。申し訳ないが、それまでは耐えてくれ」


 頭を垂れたまま、愚かな2人への絶望と自分の無力感に苛まれる文官に、エドワード王子が新たなる言葉を吐き捨てた。


「道路工事は半年以内に終わらせろ」

「早くても10年はかかる大工事です。半年で終わらせるなど不可能です」

「半年先にヴィヒレアからヴェルデ女王陛下が父上の墓参りに来るという話が既にまとまったのだ! 新しい我が国を女王陛下にはお見せしなければならない! 何としても終わらせろ!」

「ですが民の反発は激しく兵士の士気も……」

「逆らう者は問答無用で処刑しろ! これは命令だ!」

「殿下の恩情で命を繋げておきながら、この態度。やはりこの国が田舎の国だからこそ、この様な無能な文官が生まれるのです。可哀想な殿下」

「気苦労が多い私に慰めの言葉をかけてくれるか、嬉しいぞ。安心しろ。ヴィヒレアの様な大都会の国になったらこんな文官など一掃するからな」


(ダメだ。もう止める術がない)


 この2人は、どんな諫言も田舎者の言葉として聞く耳を持っていない。唯一2人が意見を聞くであろうデューク伯も、ラヴェンナ嬢の捜索に明け暮れており、それ以外の事には全く関わろうとしない。

 文官は、これから起こるであろう事に絶望しながら、この場を後にした。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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