第8話 アレッサンダル様に朝食を
「アレッサンダル様、朝食の準備が整いました」
「う、ううん……」
アレッサンダル様は昨日、机に向かったまま寝てしまっていた。
きっと私の魔法を使って観光客を集客する方法を、考えてご熱心に考えていたのだろう。
本当は、もっと寝ていたいに違いない。
「申し訳ございません。もう少しお休みに……」
「いや、大丈夫だ。それより僕に毛布をかけてくれたのは君かい?」
「……勝手なことをしてしまい、申し訳ございません」
「いや僕こそ周りが見えなくなって気を使わせてしまいすまない」
目を擦りながらアレッサンダル様は部屋を見回し始めた。
「もしかして、この部屋を掃除してくれたのかい?」
「整理整頓をさせて頂きました。なにも捨ててはおりません。こちらも勝手に行ってしまったことですが、何卒お許しください」
「ハハ、大丈夫だよ。汚かったからね」
こうして私たちは連れ立って、ダイニングルームに向かった。
◇
「どうしたのですか?」
ダイニングルームにつくなり、アレッサンダル様は険しい表情を浮かべた。
ここに来るまでも終始驚いた表情を浮かべていた。その事がなにか関係あるのだろうか?
「随分と大変だったろう」
「なにがですか?」
「散らかり具合さ」
お屋敷に来る前領地を見せてもらったが、それは酷いものだった。領主であるアレッサンドル様が、この状況を打開しようと大変な政務に追われていることは、容易に想像できた。
当然ながら、使用人の人件費も節約していると思っていたが、さすがに一人もお雇いになられていないとは想像もしていなかった。
そのせいか屋敷の中は埃が積もり、物があちこちに散乱した、領主の住まいとはとても思えぬ不潔で酷い状態になっていた。
それが見るに耐えず、アレッサンダル様が自室に向かわれた後、一人でずっと屋敷中の掃除をしたのだ。
「いえ、目の届く所だけしか終わっておりませんので、それほどでもありませんでした。諸々の奴隷としての職務をしながら、これからも時間を見て行っていこうと思います。屋敷全ての清掃を終わるのは、もう少しかかるかと思いますが」
「なにを言っている! そんな事は求めていない! 朝食も作ってくれなどと頼んだ覚えはない! 無理はするな!」
「お言葉ではありますが、不衛生な場所に住まれて体調を悪くされては、政務にも差し支えてしまいます。領と領民の事を思うのであれば、健康でいていただかなければなりません」
しまった。奴隷なのに、口ごたえをしてしまった。怯えながらアレッサンダル様の顔を伺う。
「ありがとう、君の気持ちは分かった。だが、君も無理はしないでくれ。君にはこれから別件で領と領民の為に働いてもらわなければいけない事がある。その前に身体を壊されては君を買った意味がない」
「いえ、私も出過ぎた事を言ってしまい、申し訳ありません」
「いや、全て僕の至らなさが招いた事だから気にしないでくれ。早速、朝食を食べよう。とは言っても屋敷にはろくなものがなかったろう」
「その様な事は……」
「無理を言わなくていい。肉や魚は一切なかったはずだ。畜産なんて領の現状では壊滅的だし、海は遠いからね」
「……」
「あるのは日持ちが効く野菜と乾物野菜、後は古くて硬くなったチーズとパン位だったろう」
「……キャベツの芯や人参の皮なども食料庫の中にありました。あれも召し上がられるのですか?」
「ああ。領民はずっと明日の食べ物にも困る状況だからね。食べれる部分は、全て食べるつもりだ。もしかして王族がそんな事をするのは、みっともないって思ってるくちかい?」
エドワード王子は大国ヴィヒレアの様な国の王族になるためにはまず形からだと言って、毎日の様にヴィヒレアの高い食材を取り寄せて食べていた。
だが、本当のヴィヒレアの王族は、国を繁栄させるために貧民しか食べない様なものも必要に応じては食べ、資源の無駄遣いをしない。
大国の王族の真の姿に、驚きを禁じ得なかった。
それが顔に出てしまい、誤解を生んでしまったのかも知れない。
私は慌てて弁解する。
「いえ、そのようなことは思っておりません。アレッサンダル様のお考えに、感銘を受けました」
「ハハ、大げさだな」
「早速朝食を持って参ります!」
◇
「……!」
ラヴェンナが持ってきた料理を見たアレッサンダルは、驚きを隠しきれなかった。
(いったいどこから、あんな食材を持ってきたのだ!?)
炒め物にスープにパン……どれもかなり見栄えがいい。こんな食材は、屋敷になかったはずだ。
知らないうちにどこかに買い出しにいったのだろうか?
いや、昨晩彼女と別れたのはかなり遅い時間だ。食材を売っている様な店はどこも閉まっている。
それ以前に領を駆けずり回っても、こんな食欲をそそる様な食材は滅多に手に入らない。
「食料庫の食材と、お屋敷の近くに自生していた悪環境でも育つハーブのエッセンスを抽出して作りました。お召し上がりください」
よく見れば、どの料理も屋敷にあった食材で作られている。調理法次第でこんなにも見た目が変わるのかと驚きながら、まずはスープに手を伸ばす。
(具材は保存用の乾燥豆とクズ野菜……味付けには塩が少しあったからそれを使ったのだろうな)
そんな事を考えながら、スープをスプーンで掬い口に運んだ。
「……!」
野菜の甘みとハーブの香りが口いっぱいに広がり、素朴ながらも深い味わいを生み出している。心地よい温もりに、全身がが包まれるようだった。
ここに来てからろくな食べ物を口にしていないため、気がつけば無我夢中でスプーンを動かしていた。
一滴残らず全て飲み干して、今度はポテトに目を向ける。エッセンスを抽出せずに、ハーブとそのまま炒めたようだ。スープの見た目は地味だった。対してこちらは、黄金色のジャガイモと緑のハーブが、美しいコントラストを見せている。
生唾を飲み込みながらフォークで一口サイズに切り分けて口に含むと、ほくほくとした食感とさわやかな香りが口に広がった。
(塩とハーブだけでこんなに美味くなるとは……)
じゃがいもが腹にたまったが、ハーブの効果で食欲は更に増進した。
(次がメインディッシュか)
皿の上のサンドイッチを手に取り、まじまじと見る。硬くなったパンを少量の水で軽く湿らせ、フライパンで両面を焼いて表面を炙ったようだ。
(なるほど、歯触りよく嚙み切れるな)
次に中身を確認する。細かく切り刻んで炒めたクズ野菜が、中に挟まれているようだ。
ここで1つ疑問がわく。
「油はどうしたのだ? そんな物屋敷にはなかったろう」
「屋敷の中にひまわりが咲いていましたので、その油を魔法で抽出しました」
「なるほど」
ひまわりは、養分を吸収する力がとても強くバルダハール領でも自生できる数少ない植物だ。もっともそれでもそこまで数は多くはないのだが。
(しかし、屋敷の中に咲いていることに気づかないとは)
精神がひっ迫していて周囲にゆとりを持てていない事を改めて自覚しながら、焼きサンドイッチを口の中に頬張った。
(……!)
フライパンで焼かれたパリッとした歯触りの後に続く、野菜の水分を吸ってしっとりとしたパンの感触。
心地よいハーブの香りも口の中で広がり、思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう。すごく美味しくて一気に食べてしまったよ」
「勿体ないお言葉です。エッセンスを抽出して作ったハーブティーもあります。お召し上がりください」
バルダハール領に来て以来、食事は生きる為の栄養補充だと割り切って義務的にとっていた。だが、ラヴェンナが作ってくれた朝食で、久しぶりに食の喜びを思い出した。
ハーブティーを口に運びながら、アレッサンダルは感慨に浸っていた。
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