第4話 奴隷になって良かったと思えてきた
「焼けてきたな。そろそろ食えるか」
あの後、ゴメスは私を担いだまま、夜通し山の中を逃げ回った。
日が昇り始めた頃、騎士たちの追撃はなくなり、気づいたら沢山の木々が生い茂り小川がある場所にいた。
私を下ろしたゴメスは、水を飲みに来た鳥を2羽捕まえて、下処理をした後、料理をし始めた。料理といってもただ焚き木で鳥を焼いただけの簡易なものだが。
「なに暗い顔してやがる。こうなっちまったもんはしょうがねえだろう。食え」
食欲など出る訳がない。
「好き嫌いしてちゃダメだぞ。よく食って乳をもっと大きくしろ。そうしなきゃおめえを高く売ることができねえだろ」
侮辱に満ちた下品な言葉だ。しかし今の私には怒る気力も沸かなかった。
「……断食して抵抗してんのか。めんどくせえ。俺は先に食うからな」
そんなつもりはない。本当に食欲がわかないのだ。私に言葉を吐き捨てた後、ゴメスはターバンと色眼鏡をとった。
そこで初めて見る彼の目と髪の色に、私は驚きで頭が真っ白になる。
「黒目に黒髪」
私の言葉に彼は少しだけピクっと反応した後、大きなため息をついた。
「ああ、そうだよ。俺は黒目、黒髪の、この地域じゃ滅多にいねえてめえの国以上の僻地で生まれ育ったド田舎者だよ。恥ずかしいからずっと隠してたんだ。……はあ、髪また赤く染め直さなきゃいけねえな」
そうぼやいた後、私の顔色を伺いながら焼けた肉を口にほお張る。
一方、私は驚き続けながら彼を見続けた。
「……でもよ、都会暮らしは長いげえんだぜ。ヴィヒレアの王都ヴェルジュに住んで、もうすぐ10年だ」
勇気を出して私は彼に話しかけてみた。
「あの、ゴメスさん」
「誰だそれ?」
「え? アナタの名前じゃ……」
「……ああ、確かそんな適当な名前名乗ってたな。本当はヒセキ・コウスケってんだ」
名前を聞き、恐怖と驚きで鳥肌が立った。
「ゲス勇者……」
私が生まれる前にあったという魔族との戦争で、魔族の神を倒し世界を救ったという勇者パーティー。そこにいた人たちはいろんな分野で大活躍をして世界中の人々から尊敬されている。
そう。その人達の虎の威を借りて威張っていただけの弱い卑怯者だという、世界中から馬鹿にされて嫌われている、この人を除いて。
◇
「本名言ったらこんな反応するだろ。だから隠してたんだよ」
震える私をチラチラ伺いながら、彼は肉を頬張り続けている。
「お前、俺に殺されるとか、犯されるとか思ってんのか!? なんもしねえから安心しろ。ったく、そんなんじゃ娼婦になっても、いい客つかねえぞ」
彼の顔が急に青白くなった。
私の瞳の色が、黒と青のオッドアイだと気づいたのだろう。
考えている事は恐らく私と同じ。
最もこの後、彼がどういう行動をとるか想像できない。かえってこの事実のせいで、大変な事になるかも知れない。
「姉ちゃん、歳はいくつだ?」
「……17です」
私は正直に答えた。
彼は突如、凄い表情で固まってしまった。
こんなとてつもない表情は今まで見た事がない。思わず驚きの声をあげた。
良心を痛めているのだろうか。いや、この男の評判やゴメスと名乗って振る舞っていた時の言動を見る限りそれはない。だったら何故?
色んな疑問に感じたが、急にお腹が空いてきた。さっきまでは全然食欲がなかったのに……。彼の悲壮感が強く漂うが、とても滑稽な顔に安心してしまったのだろうか?
焼けている鳥の肉が目に入る。
直ぐにでも口の中に入れたい。
だが、このまま食べても味はなにもせずに生臭いだけだろう。周囲を見渡すと、小さなワイルドタイムを見つけた。
私はゆっくりと手を伸ばし、ハーブに触れてエッセンスを抽出し、指先に宿した。
そして焼けた肉にワイルドタイムのエッセンスを振りかける。
その瞬間、香ばしい香りが空気を満たした。
(もう大丈夫かな)
十分にエッセンスをかけたお肉を、口に運ぶ。
生臭さは完全に消えているようだ。
代わりにハーブの香りが口いっぱいに広がった。
「ん? なんか美味そうな匂いすんな?」
ゲス勇者が正直戻ったようだ。
「私、こうやって魔法で植物からエッセンスを取り出すことができるんです」
私は違うワイルドタイムに触れて、またエッセンスを抽出し、肉に振りかけた。
なんで彼なんかにこんな事を……そんな感情が心をよぎる。だが彼の髪と目の色を見た私は、不覚にもゲス勇者と呼ばれるこの男に親近感を感じてしまったのだ。
「うねえな。これ」
空腹を満たす為に淡々と口に運んでいた彼の表情が、明るくなる
疑問に思っていることを聞くならいまだろう。
「その……これから私はどんな所に売られてしまうんですか?」
私が売られる場所は娼館……。全く馴染みがなく、どんな所なのか考えた事もない場所だ。知る事には嫌悪感と恐怖しかない。
でも私では彼から逃げる事はできない。だから受け入れる努力をするしかない。
そう考えて出た言葉だ。
だが、口にして直ぐに後悔した。
知ったところで、不安や恐怖や嫌悪感が私の中で拭えることはない。
それに彼の性格を考えて、耳障りがいい嘘を言うに違いない。
だが、彼からは意外な言葉が返ってきた。
「あー。……18歳未満は、どこの娼館もやべえから買い取ってくんねえんだよ。だから金持ちの奴隷で良いか? 稼ぎは少なくなるけど」
人間の心は不思議なもので、まだそういった経験がないまま、生活の為にそういった事をするより、強制的になにか労働させられる方がだいぶマシに思え、少し安心してしまった。
「……どんな事をするんですか?」
「まあ買う奴にもよるだろうが……単純作業で身体が酷使されるとかは多分ねえな」
「そうなんですか!?」
「元々は貴族だから教養や礼儀作法はあるだろ?」
「はい。一応は」
「それにさっき見せた一芸魔法は珍しがられるだろうから、宴会要因みてえな奴隷になるんじゃねえか」
確かに、こんな魔法が使えるのは周りに私しかいなかった。
幼いころから知らないうちに使えてたが、趣味程度にしか役に立ったことはない。
だが、こんな形で役立つとは予想外だ。
自分にしかできない事が初めて評価されたようで、少し嬉しい気持ちになる。
いや、結局奴隷になってしまうのだから嬉しがって良いわけがない。
複雑な気持ちになりながら、私は口にお肉を運んだ。
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