第2話 王子を戒められるのは父だけ
「辺境の小国たる我が国が、生まれ変わる事を示す良い機会だ。ゴメス、実に良い働きをしてくれたな。礼をいう」
ゴメスが提案した結婚式の企画書を見て、エドワード王子は得意気な笑みを浮かべている。
「ゲヘヘ。もったないお言葉でございます。ちなみにこういったプランもございます」
気持ち悪いくらいに、へりくだりながらゴメスは、また違うプランをエドワード王子に進め始めた。
彼はこの西側地域随一の大国、ヴィヒレア連王王国の商人らしく、最近頻繁に王宮に出入りしている。色眼鏡をつけていて、頭にターバンを巻いている、見るからに下品でうさん臭い男だ。
だが、妙に口が上手く、ヴィヒレアに強い憧れを持っているエドワード王子の懐にすっかり入り込んでいた。
彼が売りに来る衣服や美術品は、田舎の小国であるグリマルディ王国では手に入らない優雅なものばかりだ。
私も見ているだけで魅了された。
だが、とても買う気にはなれない。
ゴメスという人間の言動は、とてつもなく、うさん臭く、売りつけてくる物の値段は、どれもあり得ないくらい高い。
身の丈をわきまえて、今あるもので満足することにしていた。
最もエドワード王子は、おカネに糸目をつけずにゴメスが売りに来るものをいつもたくさん買ってはいるが。
その度に、それとなくエドワード王子には無駄遣いをしないようにとたしなめていたが、機嫌を損ねないよう、強くは言ってこなかった。
「会場の装飾や招待状などは、この中から選んで頂きたいのですが、いかがでございますか?」
「ハハハ。よし! これとこれだ!」
「おお! 殿下、素晴らしいセンスでございます! ですが予算は、こんな感じでちょっとお高めなのですが」
「こんなものなのか!? よし、国庫から今すぐ払ってやる。しばらく待っていろ」
「へへー! こんな大金を私などに、ありがとうごぜえます」
だが、今回の私との結婚式だけは話しが別だ。
ゴメスが提案した式では、おカネがかかり過ぎる。
国の力を誇示するためだとしても、こんなに散財するのは、税を払ってくれている民に申し訳ない。
式の内容もヴィヒレアの文化に傾倒しすぎていて、グリマルディの伝統や文化がないがしろにされている。
国を治める立場になろうとする者がこれで良いはずがない。
私は意を決して口を開いた。
「殿下!」
「なんだラヴェンナ?」
「過剰に豪華な式など挙げては、民の心から離れてしまいます。それにグリマルディの伝統も軽視しています! 式の内容を見直すべきです!」
エドワード王子は、退屈そうな視線を私に向けてきた。
しばらく何も喋らなかったが、大きなため息をついて私を睨みつけてくる。
「お前はいつも古臭いことばかり言うな。この国を大きくするためには、ヴィヒレアのような輝かしい国を見習うことが必要なのだ。その為には、この程度の出費は許される。わかったか?」
「その通りでございます! 殿下は間違いなく素晴らしい名君になられます!」
「ハハハ。おだてるな」
「式場はナツメ大聖堂を手配いたします」
「ナツメ大聖堂!? ヴィヒレアの王都ヴェルジュにある一番豪華絢爛な教会ではないか! 凄いな!」
「それだけではございません! ラヴェンナ様のウエディングドレスは画仙に、ヴァージンロードを歩くときの音楽は楽聖に依頼する予定でございます!」
「すごいな! お前はそんなコネがあるのか!?」
「はい。ですが、その予算が……」
「構わん! カネに糸目はつけん! 聞いたかラヴェンナ! お前の結婚式は、この世に生きる女ならば誰でも憧れる素晴らしい式になるぞ!」
画仙や楽聖に依頼するなど、一国の王でも難しいはずである。この様な一介の行商が依頼など出来る訳がない。
でも王子は私の言う事など聞き耳を持ってくれないだろう。
だが、王国内で最も有力な貴族である私の父の言葉ならば聞くかもしれない。私は父に相談し、この過剰な結婚式の計画に疑問を呈してもらうことした。
「殿下、申し訳ございませんが本日は所用があるので、おいとまさせて頂きます」
「2人の大事な式の話をしていると言うのに、しょうがない奴だな。分かった。後日、使者をよこす。その時に決まった事をまとめて伝えるから登城してこい」
「かしこまりました」
私は軽く会釈をして、この場を後にした。
◇
屋敷に帰ってきた私は、父の書斎に足早に向かう。
今日は主だった職務がないので、そこにいるはずだ。
途中、妹のセリーナにすれ違った。
「あら、姉さま。もう戻ってきたの。どうしたのそんなに慌てて? たかだが田舎の国のお姫様になることが、そんなに嬉しいのかしら?」
容姿端麗で文武両道なセリーナは、国一番の才女と言われている。その才覚で去年から国費でヴィヒレアに留学していたが、2カ月前から学校の都合という事でこちらに戻ってきている。
一方の私は魔法も学問も運動も平凡以下。容姿は、いかにも田舎貴族令嬢といった芋臭い女。国外に出る経験は一度もしたことがない。
セリーナには幼いころからバカにされ続けてきた。
能力的に私が見下されるのは仕方がない事だろうが、どうしてもセリーナにはあまり良い感情は持てない。
「良いわねえ。バカでブスで無能でも先に生まれたってだけで、人生安泰なんだから」
セリーナの言葉を聞き流しながら、書斎に向かう。この程度の事は言われ慣れている。私がセリーナに全て劣るのは事実だ。それでありながら、王子に嫁ぐ私に、彼女がこの様な感情を抱くのはある意味当然だろう。
「でも私はそんなものに頼らず、大国ヴィヒレアで輝くわ! 姉さまは田舎臭いグリマルディで精々幸せな一生を過ごせば良いわ」
私を見下し、敵愾心を抱くのは仕方がない。だが、グリマルディを馬鹿にしたことにはムカッときた。確かにグリマルディは田舎の国だ。ヴィヒレアには見劣りする。だが、ここには豊かな自然と暖かい人々がいる。そもそもこの子は、どうしてここまで自分の国を侮辱することができるのだろうか。
セリーナを無視して歩き続けた。だが、自然と顔に怒りが滲み出ていることが、自分でも分かった。
「ハハハ。言い返せなくて悔しいんだ!」
セリーナは私を怒らせて満足したのか、大きな笑い声をあげながら離れていった。
◇
書斎の前にたどり着きドアをノックする。
「お父様。少し話があります。お時間をいただけますか?」
「ああ大丈夫だ」
ドアを開けると、いつ見ても凛々しい父がいた。
私の父、デューク・ヴァルティエは、元は一介の騎士に過ぎなかったという。しかし魔族との戦争で大きな功績を残し、グリマルディでは屈指の名家である、この家に婿養子として入った。
でも、民や目下のものに偉ぶるような事なんて絶対しないし、私と優秀なセリーナをどちらも分け隔てなく愛してくれる自慢のお父様だ。亡くなったお母様は、きっとお父様のそんな所に惹かれたのだろう。
「ラヴェンナ。何があったのかな?」
ヴァルディエ家とお父様個人が、我が国に残した功績はとてつもなく、私との婚姻後、王位を正式に継承する事が確定しているエドワード王子に取り代わり政治を行うだろうと、色んな人達からよく言われている。
エドワード王子に考え方を改めてもらうためには、お父様の力を借りるしかない。
先ほど王城であったこと、全てお父様に話した。
「お願いいたします。グリマルディの伝統と民の生活を守る為に、お父様からエドワード王子に、ご進言ください」
「わかった。私が直接、殿下に話してみよう」
「お父様……本当に、ありがとうございます」
ほっとしながら、父に感謝の言葉を述べる。これで結婚式の計画を見直すことができる。国と民の未来に安堵しながら私は書斎を後にした。
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