奴隷堕ち令嬢の国盗り記〜婚約破棄されましたがしょぼい魔法のおかげで女王になりました〜

松本生花店

第1話 どうしてこんなことに……

 暗くてなにも見えないが、木々の生い茂った臭いが鼻をつく。

 ここは国境付近の森の中だろうか。

 両手、両足を縄でしばられて中年男の肩に担がれながら、私は体を震わせた。


「私をどうするつもりなのですか?」


 勇気を振り絞って尋ねると、中年男がにやけた笑みを浮かべた。


「さっきも言ったじゃねえか。娼館に売り飛ばすんだよ」


 その言葉に強い恐怖を感じて、続けるつもりだった言葉を飲み込んだ。


「へへへ。恨むなら婚約を破棄したゴミ王子とクソ親父を恨むんだな。てめえを売り飛ばさなきゃ採算が合わねえんだよ」


 彼の名前は確かゴメス。私とエドワード王子の結婚式の手配をしていた異国の商人だ。

 信用ならない怪しい男だとは思っていたが、まさかこの様な蛮行を平然と行うとは……。

 田舎の小国とはいえ、それなりの貴族の家で育った私には、この男が恐ろしい怪物に見えた。


「なあに心配すんな。姉ちゃんみたいに田舎くせえけど、そこそこ顔と身体が整ってる女は新鮮だからな。あっという間に売れっ子になって良い客がつくんじゃねえか」


 酷い侮辱の言葉だ。だが怒りよりもゴメスへの恐怖が勝り、言葉を発する事ができなかった。


「良い身請け人になりそうな奴がいっぱい客で来る高級店に姉ちゃんは売る予定だ。下手したらこんな田舎の王子様なんぞに嫁ぐより――」


 突如、ゴメスが足を止めた。

 足早に走っていたのに、なにがあったのだろうか?

 疑問を感じながら首を上げると、月明かりに照らされた屈強な騎士たちが目に映った。

 人数は大よそ50人。皆、私の家の紋章が描かれた盾を持っている。

 父が先回りをして待機させていたのだろう。


「ラヴェンナ様! ラヴェンナお嬢様! いらしたら、返事をしてください!」

「私はここです! 助――」


 泣きじゃくりながら、大声で叫ぼうとする私の声を、ゴメスは薄笑いを浮かべながら遮った。


「助けてってか? 俺と一緒にいる前、お前はどんな目に遭ってた? 助かったところで、てめえには、クソみてえな未来しかねえぞ」


 先ほどの事を思い出し、激しい絶望が渦巻いた。


「おい! なにをごちゃごちゃ言っている!」

「早くラヴェンナお嬢様をこちらに渡してもらおうか!」


 沢山の怒声と足音が耳に入ってきた。

 騎士たちはゴメスを取り囲んでいる。


「へへへ。そうはいかねえよ! こいつは大事な金づるだ。これから色んな男と気持ちいい事をやらせて負債を回収するのよ」

「ふざけるな!」


 騎士の1人がゴメスに斬りかかってきた。

 だが私を担いだまま、彼は難なくそれをかわす。


「丸腰の無力で非力な俺を寄ってたかっていじめて、てめえら騎士の癖に、そんな卑怯な事して恥ずかしくねえのか?」

「黙れ賊が! 早くお嬢様を放せ! そうすれば楽に殺してやる!」

「言ったな。悪りいのは、弱い者いじめをしようとしてるてめえらだぞ」


 ニヤつきながらゴメスは、私を担いでいない方の手を構えた。。


「待ってください……」


 絶望で疲れ切る中、残った力を振り絞りゴメスに話しかける。


「あ?」

「この人たちは、なにも知らずにさらわれた私を取り返しにきたんです」

「違う。俺をいじめる為に、大人数でこんな所まで押し寄せて来たんだ」

「そんな事のために騎士団は動きません。お願いです。彼らに乱暴な事をするのは、やめてください」

「あ!? なんでそんな、俺になんの得もねえことしなくちゃ……」

「あなたがおっしゃる様に娼婦になります。これで満足でしょうか?」

「へへへ。じゃあ言われた通りにするしかねえな。言っとくが後からあれは冗談でしたってのは無しだぜ」


50人程の武装した騎士。人を肩に担いだ丸腰の男。普通ならば騎士側が圧勝だと考えるだろう。

 だが、先ほどからゴメスの恐るべき身体能力を見てきた私には、騎士たちが束になっても彼に勝てるとは思えなかった。

 彼らの命を助けるには、ゴメスのいう事を聞く以外にない。私は苦渋の決断をした。


「へへへ」


 ゴメスが手の平を広げて、騎士たちに向かって突き出した。

 直後、強烈な悪臭が辺り一帯に立ち込めた。

 騎士たちは皆、鼻を塞ぎ苦しみ始めた。

 私も耐え切れず、鼻孔に力を込めて顔を背ける。

 彼は鼻を指でつまみながら、騎士達の間を走り抜けた。

 

 「ヒャハハハ」


徐々に臭いを感じなくなってきた。

高笑いを浮かべているゴメスに、私は約束が破られた怒りをぶつける。


「いったい、なにをしたんです? 約束が違うではないですか!?」


「なに言ってんだ? 言われた通り誰一人怪我なんてさせてねえぞ」

「嘘を言わないでください。あの悪臭では騎士たちの身体も――」

「あれは屁の臭いを出す魔法だ。屁の臭い嗅いだところで死ぬ奴なんていねえよ」

「そ、そんな魔法聞いたことが……」

「そっか? 俺の周りじゃ、それなりに使える奴がいたぜ。まあ、俺が一番臭せえのを出せるけどな。ギャハハハ!」

(いったいどうしてこんな事になってしまったの)


帰る場所も、頼る人も全て失い、自分に待ち受けるのは逃げ場のない過酷な未来。

昨日までは間近に迫った王子との婚姻の準備に明け暮れていたのに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

ゴメスの笑い声が否が応でも耳に入る中、私は深い絶望に打ちひしがれていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ご拝読いただききありがとうございます。

今回はざまあ有のラブロマンスになります!

初見の方も楽しんで見ていってください!

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