第14話
夜八時頃、実廉は輝夜の家へやってきた。
棚やんたちとモールで会ったから棚やんの家に泊まると親には言って出てきたらしい。
もう輝夜は食事も入浴も済ませて、新しく買った羽毛布団の上で、スマホをいじっていた。
「まさに天国。いう事なし。今幸せを満喫している」
輝夜はとても満足だった。
本当は実廉が使うはずの羽毛布団だったが、その寝心地は今まで経験したことないような素晴らしい物だった。
「気に入った?布団」
「ああ。実廉も寝てみるといい。ふわっふわだ」
「俺、シャワー借りていい?風邪ひきそうだったから風呂だけまだなんだ。んで、スマホの使い方わかる?」
「大丈夫。問題ない」
輝夜はご機嫌で答えた。実廉はその様子をみて、良かったなとほっこり笑った。
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「輝夜はいつ英語を覚えたんだ?」
「テレビがずっと英語で放送していた。最初の一か月は英語で見るしかなかったから覚えた」
なぜか衛星放送になっていたらしい。輝夜はリモコンの使い方を理解していなかった。
「お前、何でもありだな」
「実廉も棚田という友達も、英語を理解しているようだったな」
「ああ。俺らは受験のために勉強した努力の人だ。お前は特殊だ」
実廉は輝夜の寝ている羽毛布団の上にダイブした。
「いいな、新しい布団。ぐっすり眠れそう、睡眠は大事だ」
「輝夜が買ったんだから、これは輝夜が使えばいい。俺はばあさまの布団で寝るよ」
そう言うと実廉はゴロゴロと転がり、もう一組敷いてある布団の上へ乗りあげた。
「実廉は高校時代何の部活をしていたんだ?」
「俺、弓道。全国まで行ったぞ」
「やはり、弓か。あの美湖も弓道部だったんだな。二人は付き合っていたのか?」
「ははっ、んなわけなぇよ。告白はされたけど、そもそもタイプじゃない」
「実廉にも好みのタイプがあるんだな」
「普通あるだろう。俺の高校は進学校だったけど、あいつ一番頭が悪かったな。まぁ、美湖は面白いやつだったから人気はあったかな」
「棚田は?」
「あいつは頭良かったな……輝夜はどんな奴が好み?」
「そうだな。結婚は家同士が決めるもので当人の意見はあまり通らないものだ。故に、好きだとかそういうのは関係ない。個人的な感情が意味をなさなければ、好みを持つことは虚しいだけだ」
「その若さで、全てを悟っているみたいな言い方はすごいぞ」
「ここへ来たとき、記憶をなくしてこの家にたどり着いた当時だが、そこそこお金持ちの男に求婚されて結婚すれば何とか生きて行けるだろうと思っていた」
「まじかよ。それって金持ちなら誰でもいいって事?阿部さんとか六十過ぎた爺さんでもいいのか?」
「生きるか死ぬかという瀬戸際で、愛だの恋だの言っていられぬという事だ」
「なんかお前が言うと、現実味を帯びてきて恐ろしく感じるな」
「今は、自分の生活の面倒は自分で見られる。だから、誰かと結婚して養ってもらう必要はなくなった。いろんな事をやってみたいし、いろんな友を作りたい。これからの人生が楽しみだ」
「そうかやる気に満ち溢れた輝夜だな」
「そう。みんなのおかげだ。実廉にも世話になった、本当にありがとう」
輝夜は自分がいつか月に帰るだろうと思っている。
愛がある者との別れ程つらい物はない。
それならばいっそ、そういう感情を持たずに、ただ今までの生活が「幸せだった」「楽しかった」と記憶して現世から去りたいものだと思っていた。
「なんだよ、これからもいろいろ世話する予定だけど?」
「そうか、よろしく頼む」
ニコリと笑いあって二人は眠りについた。
実廉は輝夜の家に防犯対策がなされたと同時に、アルバイトがあるといい下宿へ帰ってしまった。
またすぐに春休みに入るから帰ってくるよと輝夜の頭をクシャっと撫でた。
学生というのは、暇なのか忙しいのかよく分からないなと輝夜は思った。
実廉が傍にいるのが当たり前になっていたから寂しく感じたが、そんなことは言ってられない程、輝夜の生活は忙しくなった。
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輝夜は年明け早々新春書初め大会に参加していた。
なんやかんやで、商店街の人気者になっていた輝夜に、炭と筆で字を書く大会に参加してほしいと、商工会の会長から頼まれたのだ。
『朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る』
「え、なにこれ、意味は分かんないけど、なんかオドロオドロしい」
「元気のよい紅顔の少年が、不意に死んで骨になってしまうくらい、人生は無常で人の生死は全く予想も出来ないということだ」
「いやいや、新年から縁起が悪すぎだろう。輝夜ちゃん、もうちょっと、なんかおめでたい言葉を書いてよ」
まったく注文が多い。『家内安全、大願成就、鳳鳴朝陽、勇往邁進、先手必勝、一攫千金、無病息災……千客万来』皆が喜びそうなことを、一気に書きまくった。
通行人たちが、なんかご利益がありそうだと輝夜の書をこぞって欲しがった。
輝夜は商工会の打ち上げに参加した。
商工会青年部の倉持が輝夜のグラスにバヤリスオレンジを注いでいた。
「輝夜さん、今年の書初め大会は貴方のおかげで盛り上がった。過去に類を見ない盛況ぶりでみんな喜んでるよ。本当にありがとう」
瞳を潤ませて、感謝している。そこまで有難がられるほどの事をしていないとは思うが。
初めて倉持を紹介された時に、ああ、来たなと思った。
多分こやつは
酷い男だと思うだろうが、正直今となっては、あるかどうかもわからない蓬莱山へ行くように命じた自分が悪かったと思っている。
彼はその偽装の為に三年も身を隠していたのだ。忍耐強いというか、気が長いというか。
普通は輝夜を諦めるだろうと思うほどの月日だ。
「倉持、そなたと結婚はできないが、できるだけ願いに添えるように努力する」
「け、結婚?逆プロポーズされてるの?俺」
いや、できないと言っているんだが。
「結婚とかは、まだ考えてないけど。輝夜ちゃんと一緒に、商店街を、この町をもっと活気づかせたいという、熱い思いはあるんだ」
倉持は青年部の会長で、この商店街で新しい特産品を作り出そうと試行錯誤していた。
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